八反田の村の中央に八坂神社という小さな氏神がある。もともとこの地区には藤田神社という氏神があったが、徳川中期、延宝年間の雲津川の氾濫で、川下の長目地区の、まだ少し先の小高い処まで流れ着いてしまって、社屋もそこで建て替えたまま今日に至っていて、日常のお参りには不便であった。 そこで大正になって、京の「祇園さん」を新たに勧請して地区の中央に祭ったのが今の八坂神社である。 したがって由緒も謂れもない無格社である。その勧請の首謀者は若き日の父だったよしで、私の子供の頃わが家にはその上棟式の折の幣木が保存されていた。   なぜ特に「八坂神社」を勧請してきたのかということについては、はっきりとした動機がないようである。 ただ、その当時、全国的に「祇園」信仰がすこぶる盛んであったのは事実らしい。 そして「祇園さん」は、即ち八坂神社である。
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