6.聡美、美恵子、遙香 聡美は友人、美恵子から電話を受けた。 「おめでとう。病院に行けなくてごめんね。留守電は聞いていたんだけど、  仕事が忙しくて・・」   遙香も入院中、一度も聡美を見舞いに来なかった。 8月初旬に海外へ行くと聞いていたから、仕方がないと思っていた。 でも、荻窪の美恵子のマンションからは自転車で5分もあれば来れるのだ。 ・・彼女らしい。 大学時代から彼女は、 「頭が痛くて」と直前に約束を断ることもしばしばだった。   映画同好会に、聡美は2年から入り、同時期に入会してきたのが遙香だった。 彼女とは、波長が合いすぐにうちとけた。 よく聡美の家に遊びにきて泊まっては、翌日聡美の服を着て一緒に 通学したものだ。二人とも身長は158センチで体格が似ている。 誕生日も1週間違いで、遙香が8月23日、聡美が30日。  ところが、3年から入会してきた美恵子が、何かと間に割り込んで くるようになり、遙香だけを自宅へ誘うようになる。 美恵子の家は歯科医院を営んでいて、たいそう大きな家だったが、 遙香は、部屋の様子から食事のメニューまで得意そうに報告するのだった。 その頃の遙香は、金の工面に困っていて、 「美恵子が快くお金を貸してくれる」と彼女に恩を感じていたようだ。 「女同士3人の友情って難しくない? なんだか面倒そう」 他の部員が漏らす。 「・・ふたりとも良い子だし、友達は多いほうがいいよ」 そう? わかんない・・そんな表情でみつめられる。 確かに、最初は少し難しかったかもしれない。 美恵子の一言で、きまずい空気が流れたことも何度かある。 3年の夏。デパートの屋上で3人でパフェを食べていたときのことだ。 その日、遙香は聡美の洋服で通学した。 友人に似合うと褒められて嬉しそうにしている彼女に美恵子が、 「後ろ姿なら聡美と間違うかも」と皮肉った。 でも振り返ったら洒落にならない、とあまり笑うものだから、 ふだん美恵子に頭の上がらない遙香もさすがに黙り込んで帰ってしまったのだ。 「本当の事だもん、ねえ、聡美?」 「美恵子ったら」 聡美はむっとした。 美恵子は、笑いながらパフェを食べつづける。 「遙香は、素敵な子だよ、もっと良いところを褒めてよ・・」 「良いところを褒めてあげるって・・」 美恵子は、ほくそえんだ。 「遠回しに言ってるじゃん、自分は綺麗だけど、彼女はそうじゃないって」 「どうして外見にばかりにこだわるの?」首をかしげる聡美。 呆れて舌を鳴らす美恵子。 「同好会の男の子たちの聡美に向けられる視線、いいよねぇ」 美恵子は、外見から受ける第一印象はあまりよくないかもしれない。 切れ長の目だが、上瞼は一重で皮膚が薄く、黒目に少しかぶさって、 一瞬怒っているように見えるからだ。 たいてい不機嫌なものだから、尚更怖い感じがする。 ただ、肉体的には魅力にあふれていた。  首が長く、体もスラリとしているわりに胸が豊かだった。 身長も165センチはあるだろう。 パンツ姿で素足にサンダル・・が似合いそうだ。  「もしかして自分のルックス、悪いと思ってる?」 じっとみつめる聡美。美恵子の一瞬の目の動きを見のがさなかった。 「私こそスタイルのいい美恵子が羨ましい」 意外なコメントに落ち着かない美恵子。 「・・いいよ、私が褒めたからってそんな・・」 聡美が続ける。 「私は骨が華奢でしょ、胸も小さいの・・。美恵子はグラマーで背も高いし、  モデルみたいじゃない? 私は身長が足りないから無理だもん・・」 「・・心にも無いこと」 聡美は、彼女の腕を引いて鏡を探そうと階段を降りていく。 婦人服売場の姿見の前。 「ほらね」 美恵子は、恐る恐る自分の姿を写してみる。  自分のひょろ長い体が嫌いだった。 「ナイスプロポーション!」 「・・うそよ」 聡美がそばを通る太った主婦を指しながら、 「あの体格ならあの胸の大きさは当たり前だけど・・」 美恵子の耳元でささやく。 「美恵子みたいにスリムでこのサイズって凄いと思うよ」 「知らないの?もったいない」 「・・・・」 駅へと歩きながら、しばらくどちらも黙っていた。  美恵子は、ショーウィンドーに映る自分の姿を気にしている。 聡美も一緒に見ていたが、 「小顔なのに、どうして大きく見せるの?」 と思い切って訊いてみる。 なんだか彼女を変身させてみたくなった。 「何が悪いの?」美恵子もだんだん積極的になってきた。  「美恵子は、癖毛でしょ。サラサラの髪のつもりでロングに  しちゃだめ・・。 アップにするとか、思い切ってカットすると  いいかもしれないよ・・」 「え、そうなの?」 興味深く自分の髪を掻き上げる。 「そうかなあ」照れを隠しながら、マジマジ眺める。 「そうだよ」 「ふーん」  中央線に乗り、美恵子は、3つ目の荻窪でおりた。 締まったドアの中から聡美が手を振る。 美恵子はホームに立ったまま暫く聡美を見送っていた。                   ☆ それから、暫く美恵子が同好会に出てこなかった。 ギクシャクしていた遙香と聡美の仲が少しずつ穏やかになる。 映写室で古い映画を2本ほど見終わって、ふたりで後かたづけをしていた午後の こと。 遙香の話だと、あの日、聡美と別れた後、美恵子は、美容室へ駆け込んで 髪をカットしたらしい。それからモデルクラブに入会したという。 「美恵子って負けず嫌いの一人っ子でしょ? 自分が一番になれないとダメ なんだよ。 同好会じゃ、周囲は、聡美に注目してるでしょ。 面白くないん じゃないかと思っていたんだ」 「負けず嫌いって・・」 「美恵子はそういう子だから」 遙香は最後のリールを箱に収めて立ち上がった。 8ミリを全部収めた段ボール箱の端を二人で持って整理棚へ運んだ。 「美恵子は、素敵なモデルになれるよ」聡美が頷く。 「私だって」と遙香。 「何かで一番になりたいとおもうことあるよ」ふとつぶやく。 箱を所定の棚にしまい終えた。 「でも、悔しいけど、私には何も無いんだ、今のところね・・」 遙香の表情は淋しげだった。  「これから行かない? バーゲンやってるよ」聡美が誘った。 二人はよく吉祥寺をぶらついたものだった。 「うん。行こうか」遙香がほほえんだ。 店を数軒回って歩いた。小物屋で遙香は藍染のハンカチを、聡美はウサギの キーホルダーを買ってお互いにプレゼントした。その後はいつものマックで おしゃべりにふける、いつもの二人の定番だった。 (つづく)



(話の続きへ)


メニューへ