13. 戦友 10月に入っても、聡美は、両親の家にいた。  いっそのこと、アパートを引き払って家賃を浮かそうか。 働くよりも、その方がいいかもしれない。 けれども、ストラティス が帰郷してしまったことを知らない外国の友人たちから、時折、 郵便物が届くのだった。  土曜日、買い物に出たついでに、駅前の求人広告に目を通す。 花屋の求人が一番、聡美の関心をそそった。 50歳くらいの 女主人と聡美くらいの年の店員が花を売っている。感じの良い 店で、店頭の花も生き生きしている。 「土日働いてくださる方」条件も合う仕事だった。 「じゃ、第二土曜から来てくださる?」 女主人が歓迎して くれた。 奥にいた女子店員も、手を休めて挨拶した。 「浅川といいます。 私は平日の9時から1時、それと 土曜日に出てます。 よろしくお願いします」 新宿に足を延ばしデパートを周って、家に帰ろうと、電車を 待っているといると、聞き覚えの有る声に呼び止められた。 「元気か?」 振り返ると、かつての恋人、大野が立っていた。 「こんにちは」  大野は、聡美とは、20センチ以上の身長差があって、一緒に歩くときに だいぶ上目遣いに話すことになってしまう。 スリムで、何を着てもさまになっていた大学時代の彼。 あの頃の面影はあるが、少し肉が付いてがっしりしていた。 「お茶飲む時間ぐらいあるのか?」 聡美は、今買ったばかりの切符を回収機に戻して、駅の外に出た。 以前よく待ち合わせに使った東口の喫茶店に、自然に足が向いていた。 テーブルについて、ウエイトレスが水を持ってくる。 以前の癖で、聡美は、アイスレモンティを注文し、 「こちらは、アイスミルクティーのガム白抜き」 というメニューも、自然に口をついて出てしまった。 「あ、今は、違う?」 「ううん、今もよく飲むよ。でも、ガム白抜きって、今は、あんまり  言わないんだよね。 ガムシロップとミルクが別についてきて、  入れるかどうかは、自分で選ぶだろう?」 「そうだっけ」 「俺、太ったろう?」  聡美は否定しなかった。 丸い大きな目と、少し肉厚の唇は、以前と 変わらずインパクトがあった。  「聡美、ギリシャ人男性と結婚したそうじゃないか」 「美恵子が言ったの?」 「女の子が生まれたんだってね、おめでとう」 「隆士・・・は、誰かいるの?」 大野が大きくうなづく。 「はっきり言って、聡美に振られたときは、最高にいい女を逃した  と思ってショックで夜も眠れなかったよ。あの頃、まだ若くて  外見ばかりで相手を選んでいたからなあ」 「何、外見ばかりって」 ちょっとむかついた。 「聡美は、確かに可愛いかった。譬えると、クリーム色のお菓子の回りに  パステルカラーの花をあしらったって感じかな。 子猫のような小さな顔、  細い首、華奢な体で『だめよ、隆士』なんて説教されるとたまらなかった  よ。 今までつき合った女の中では、容姿は最高だと思う。」 「ありがとう」一応礼を言った。 「でも、綺麗なお菓子ってどこから手をつけていいのか分からないだろう」 「上げたり、下げたりなのね」 「そういう意味で、今つきあってる女は、いい女だな」 隆士は、窓の外に目をやった。 「不思議なんだ、とびきりの美人っていうのじゃ無いけど、彼女みたい  な女をそう呼ぶんだと思うよ。」 そう言ってにやけた。 「なんていう名前なの?」 「佐和子・・だ」 少し照れて赤くなった。 「さわこさん・・か」 ウエイトレスが、注文した飲み物を置いていく。 「あんまりかまってくれないけどね」 隆士が苦笑する。 「かまってくれない“いい女”」 興味深い。 「他の女の話をしても、町で回りの女に目を向けてもヤキモチを妬く  でもない」 「私と正反対で良かったわ」 皮肉を交えて言った。 「俺の事に無関心なのかと思っていると、食卓に今食べたいと思って  いたものが突然出てきたりする。約束に遅れても怒らないし、  いつ行っても、ありのままで迎えてくれる、今はそういうのが  居心地良いの。」 「ごちそうさま」 聡美はため息をついた。 「主体性っていうの? 媚びない女だ」 大野のノロケは続く。 「聡美を嫁さんにして、玄関で“いってらっしゃい”なんてキスされ  たら、一日仕事に励めるだろうな。でもー」 「でも?」 「夜の方が淡泊だから、聡美は・・」  “すまない”とでも言いたげに手の平をこちらに広げながら  笑い出す隆士。  回りの客が振り向いた。 「たぶん、十代で出逢っていたらつき合わなかったタイプだった  かもしれない。 人って原石みたいに磨かないと光らないらしい。  佐和子は、なんかゆっくり時間を掛けていろんな場所で磨かれてきた  感じがするから、見ていて飽きないんだ。ダイアモンドもいいけど、  原石のままじゃ美しくないだろう。 でも、トパーズやトルコ石  でも、綺麗に磨けば、価値が出る、人間もそんなものかなあ」 「随分と哲学ぶるようになったのね」 「自分の美貌と口先だけで女を振り向かせる事ができない年になったよ」 そう言って、アイスミルクティーを、一気に半分ぐらい開けてしまった。 「聡美、男に振り回されるなよ。 お前って・・」 そう言い掛けて、  咳払いした。 「ごめん」 「いいよ、お前で。なに?」 「聡美は、普段、財布の紐は堅いし、口も堅いけど。  しっかり屋のように見えて、ここぞという時には、抜けてたなあ。  人には厳しいこと言っておいて、自分は見かけほど強くなかったり、  情にほだされやすかったりするだろう」 聡美は、真剣な目つきで、隆士の話を聞いている。 隆士も、それに気づき、 「大学時代は、そうだった、今は知らない」 と付け足した。  「隆士の観察力は鋭いと思うよ。 私ってそうかもしれない・・ありが  とう」  大野の言葉をしっかり胸に受けとめた。 「まあ、そんなに真剣になられても困るけどね」 少し戸惑い、笑った。 「それよりお前さ・・・」 目を伏せて前に突き出した鼻をひくひくさせる。 「相変わらずラベンダーつけてるんだ・・」 目を開ける。 「・・うん」 「この匂い嗅ぐと反射的に聡美の顔が浮かぶんだよなぁ」 「隆士、今、何をしてるの?」 「うん、俺、実は刑事なんだ」 「意外だわ。 でも、なんだか隆士らしい」 「だろう? 自分でも結構はまってるんだ」 そう言って、渋い顔つきをした。 「馬鹿・・」 「あのね、隆士」 刑事が知人にいるなら頼もしい。 「遙香さんが失踪してるんだって?」 「うん」 聡美が視線を落とした。 ・・ 実は、私の夫も失踪してるの・・そう言いたかった。 「美恵子からも頼まれた。 何日か前に、碑文谷署の方に  彼女が来たんだ」 「そう」 知らなかった。 「あの、一緒に居た男。 恋人のように見えたんだけど、彼が一枚  かんでそうだな。 会ったことないの?」 聡美が首を横に振る。「名前も知らない」  「実家が多額の借金を抱えてるから、それで姿をくらましてるのかも  しれないな」 「せめて、無事が確認されればいいけど」 大野は、腕時計に目をやる。 アイスティーを飲み干して 「何か分かったら、ここに電話してくれ」と言って、 名刺を出すと、自宅の電話番号を書き入れた。 「そっちの方にはあんまり電話しないようにするわね」 聡美が遠慮がちに言うと、 「どうして?」と大野が訊き返す。 「誰といても、平気な彼女だから大丈夫だよ」 「そう、きっと、貴方を信用してるのね。 よかったわね、心から  和める女の人で」  「いつでも連絡してくれ。 これから捜査だ、聡美もがんばれよ」  そう言うと、伝票を手に席を立った。  (つづく)



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