25.巡りゆく時  1990年2月、梅のつぼみの膨らむころ、 和彦は、母の退院に合わせ、休みをとった。 「毎年、梅や桜の咲くのは楽しみだわ。 ただ、月日の  たつのが早くて、叶わない。 今年、50よ」 2ヶ月近い入院生活で、めっきり愚痴っぽくなっていた。 静香は、乳房の切除手術だけでなく、血圧がずっと下がらず、 入院が長引いていた。  自宅に戻ると、静香は、畳の上に思い切り手足を伸ばして寝ころんだ。 「これよ、これー。 やっぱり畳よねー、気持ちいい」 静香の声はまだまだ続く。 「病院って、消灯時間が早いでしょ。 9時には真っ暗。  なのに、隣の病室に見舞いに来る旦那さんときたら・・11時  ちかくまで話をしてるの。 男の人の低い声っていやねえ。  自分の体中に響かせてからじゃないと、声が外に出ていかないのよー。  気色悪いわね、あれ」 食事中も、話は続く。 「あの病院ね、まだ看護学校卒業してないような子が注射を打ちに  来るのよ・・。若い看護婦だけになると、遅くまでよく喋ること・・。   ナースステーションの隣だから、うるさくて眠れなかったわよー   翌朝、血圧があがって、まったく誰のせいだと思ってるのかしら。   なのに、婦長さんったら、“ちゃんと夜寝てるんですかー” だって。   頭来るわよねえ・・ま、長居をすると、もっと病気になりそうだ  ったから、最後の2〜3日は良い子にして退院させてもらったけど」 心休まらない病院生活を送ったようだった。 ところが、晩酌の酒が一杯入ると、ころっと手のひらを 返したように言うことが変わってしまい、 「若い看護婦さんに、どんな着物が着たいか訊いてみたの。   それが、みんな、矢絣の着物に袴が可愛いっていうの。 それから、  映画に出てくるようなお女郎の格好・・。 赤い襦袢の裾から見える  白い足が色っぽいなんていうの。 あとは、定番の花嫁衣装ね。  角隠しよりも、綿帽子を被ってみたい・・って。   若いのに、よく見てるわね。 着物に憧れるなんて、やっぱり日本人ね」 と言うのだから、勝手に言わせるしかない。 「そう言えば、私が入院する前に、貴方・・言ってたわね」 「何のことですか?」  「ほら、お見合いは任せるっていう話よ・・・」 「・・そんな事、言わないですよ」  だって、あの時は、あー言うしか無かったじゃないですか・・。 お見合いだ、結婚だ、と焦るなんて、今時ほんとうに・・・。 「いつだったか、好きな人がいるって言ってたけど、つき合ってる  人でもいるの?」  「んん・・・いいえ」 言葉尻がひきつった。 「貴方の結婚式ぐらいは出たいから・・。 楽しみにしてるわよ」 「はい・・」  和彦は、母の言葉にうなづく度に腑抜けになるような気がした。 放っておいてくれるのが一番いい。弱々しいマザコン男なんて 冴えないし、モテやしない。 男で、一人っ子というのは、 重度の障害だなあ、とため息をついた。 静香は、しゃべるだけしゃべって、「疲れちゃったわ」と言い、 8時半前に、布団に入ってしまった。 和彦は、でがらしの茶をもう 一杯飲んでから、帰途についた。 翌日学院に戻ると、その朝から姉の花代が講師陣に名を連ねていた。 小さな頃から、父親から「お前はしゃくれ顔、寸胴、5等身で洋服 は似合わない」と言われてきた花代も、着物姿は、それなりに様に なっていた。 気の強い花代は、背筋をシャンと伸ばし、和彦と廊下 ですれ違いざまに、「魚住家の男どもはダラしがないし、静香先生は 優柔不断だから、誰かビシッと物の言える人間がいないとだめよ」と 言った。               ☆ (1992年 28歳の夏) その年の夏、また那須へ出かける。 今度は、キャンプ道具は一切持たず、トゥリアンダに一泊した。 「あ、3年前に・・。 はいはい、覚えてます。 あの着付けの」 電話に出た主人は、和彦を覚えていた。 「じゃ、またあのブナ林の見える突き当たりの部屋がいいでしょうね」 と言ってくれた。 着くと、奥さんの姿がなかった。 代わりにもう少し 若い女性が出迎える。 もしや、と思っていると、主人は、 それを見透かすように、「よく言われますよ、女房に逃げられた んじゃないかって。 今、うちのカミさん、ギリシャに行ってるんです。  交替で休みを取ることになって。今いるあの娘は、私の姪なんですよ。  予算の関係もあるので、私が行くのは、来年の春になりますけどね」 と言った。 「最近、よくギリシャ料理を出すんですよ。 でも、今一つ、  本場の味と違うなんて言われるお客さんがいるもんだから。  カミさん、意地になって修行に出てるんです」 「それは、是非食べてみたいですね」 「今度いらっしゃる時には、本場の味をご期待ください」 その夜の料理は、ご主人のつくったギリシャ料理だった。 「これは、何という料理ですか?」 「ムサカ・・です」 “カ”にアクセントが置かれている。 「 ム・サ・カ?」 「ギリシャで人気料理の一つです。ナス、チーズ、挽肉を交互に重ねて  オーブンで焼きます。日本で言う“おふくろの味”です」  「いただきます」  「ギリシャのワインやビールもありますけど、どうですか?」 「じゃ、ビールを」 料理の後、残ったソースがもったいなくて、付け合わせの パンでふき取るようにして食べた。 サラダもおいしかった。 今まで見た目が虫みたいだ、と残してきたブラックオリーブも、 食べてみたら美味しかった。 ビールを美味しそうに飲んでいると、 主人が奥から、小さなコップに、透明の飲み物を注いで持ってきた。 「これ、飲んでみませんか?」 と笑いながら勧めるので、怖々のんでみると、口の中がかーっと熱くなった。 「わあ、随分と強いお酒ですね。 変わった味がしませんか」 「これは、ウゾというお酒です。 一般には男性の飲むお酒とされて  います。 女性が好んで飲むのは、こちらのレツィーナという  お酒です、どうぞ」 そう言って、柄のついた小さなグラスに入った もう一つの酒を勧める。 一口飲んでみると、ワインのようなフルーティ な香りがした。  「僕は、どちらかというとこっちですね」  料理の紹介番組にでも出ているような、おもいがけない体験だった。   (1993年 29歳の夏) 昨年のようにトゥリアンダを訪れる。 その夏は2泊だった。 奥さんはペンションにいて、旦那さんのほうが旅に出ていた。 「うちの主人、今日帰ってくるんですよ、お客さんを連れて」 「お客さん?」 「ギリシャ人の男性ですよ。 32歳ですって。 趣味は合気道だ  とか。 日本の武道って、世界中で流行ってるんですね」 宿泊2日目の夜に、主人は、ギリシャ人の客を連れて帰宅する。  食事を終えて、和彦が、コーヒーを飲んでいると、まだ鞄を抱えた ギリシャ人が、食堂に入ってきた。 隣のテーブルに腰掛けて、彼はにっこり微笑んだ。 おぼつかない日本語で、 「ここのギリシャ料理は、おいしいですか?」と訊いてくる。 「ええ、他は知らないですけれども、僕は好きです」と答えた。  主人の飯村は、和彦に挨拶をした後、厨房に入り、ギリシャ人の テーブルに、コーヒーを運んでいったが、  「魚住さんも、どうですか、一杯。 ギリシャコーヒーですが」 と言って、彼にも出してくれた。 一口すすってみる。 飲み付けたコーヒーと違い、少し粉っぽかったが、 けっして嫌な味ではなかった。 ところが、ギリシャ人は、和彦が全部飲み 終えて殻になったカップをいきなりソーサーの上でひっくり返す。 「いったい、何を・・」和彦が驚いていると、 「少し、置いておきます」と言って、人差し指を自分の唇にあてて、 しーっという。 その後、にっこり笑って、また自分の席へ戻っていく。  5分くらいして、彼は、戻ってくるなり、乾いたカップを手にとって じっと中を覗きこんだ。 5本の指を魔術師のように動かしてから、再び微笑むと、 「貴方には、これから素敵な女性との出会いがあります」と言った。 ・・なるほど、占いなのか。 「どうもありがとう」 にっこり笑って礼を言った。 部屋で読書をしていると、ノックの音がする。 廊下には、主人の飯村が立っていて、後ろにあのギリシャ人を 連れていた。 「あの、お休み中申し訳ないんですが、よろしいですか?」 「ええ、どうぞ」 部屋へ飯村とギリシャ人を通した。 飯村は、彼を和彦に紹介する。姓名の方なのか、パパンドレウさんと 名乗った。  「こちらは、魚住さん」飯村が彼に紹介する。 「うおずみさん」ギリシャ人が反復した。 「それで、パパンドレウさんは、日本の文化を学びにこちらへ  来たんですが、なにぶん、この辺りだと、日本語の勉強も就職も  難しいので、東京へ出るように勧めたんです。  ご面倒なお願いなんですけど、魚住さんに何かと手助け願えないかと  思いまして・・・」 いきなり、外国人の世話を頼まれるとは・・。 「私は、だいじょうぶです。 日本語、すこしできます。 日本の料理、  寿司、てんぷら、大好きです。 日本の文化や地下鉄の乗り方も  本で読みました。 お友達になってください」 パパンドレウは、手を合わせて、和彦に拝みこんだ。 「僕は、つきあいが狭いし、人とのつき合いは苦手なほうなので、  世話というほどの事はできませんが、困ったときに助言するくらいの  ことはできると思います」 主人の飯村にも親切にしてもらっているので、断りきれず、オーケー してしまった。 翌日、トゥリアンダを後にしたが、何かスッキリしなか った。 ギリシャ人のパパンドレウが、9月に東京へ出てくることになった。 (つづく)



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