マレーシアで妊娠・出産A
名前
K
出産時の年齢
32歳
出産した年
2003年
産院
Pantai Medical Centre(Bangsar, KL)
回答年月
2004年5月
次は、友達のKさんに書いてもらいました。無痛分娩で出産したそうです。
アンケート
妊娠・出産のちょっと気になるいろいろなこと、アンケートに答えてもらいました。
妊娠中に、食べ続けた食べ物はありますか。それは何ですか。
つわりの時は、酸っぱい物、レモンキャンディーとかをよく口にしていました。
妊娠中にダメになった食べ物・におい・物などありましたか。それは何ですか。
つわりは軽い方だったので、気持ち悪いと言いながらも、なんでも食べていましたが、調理のにおいが 嫌で、だんなの母が料理を作りに来ていた時は、作り終わるまで二階の部屋に避難していました。
病院の対応に不満を感じたことがありますか。
特にないです。医師・看護婦もとても親切でした。
次に子供を生むとしたら、同じ病院で生みたいですか。
はい。
退院したのは、出産後どれくらい経ってからでしたか。
産後は2日してから退院しました。
出産・入院費用は、どれくらいかかりましたか。
RM3600。
出産前教室に通いましたか。通った人は、どこに行きましたか。 また、一人での参加ですか、それとも夫婦参加ですか。
いいえ。
だんなさんは、いつからいつまでつきそってくれましたか。立ちあい出産でしたか。
チェックインしてから最後まで。
立会い出産でした。夫は血が苦手なので、私は「いいよ」と言ってたけど、本人の強い希望で 立会い出産でした。後になって、一人ではとてものりきれる状態ではなかったので、やはり夫が ずっと側にいてくれてよかったと思います。
だんなさんの家族、自分の家族は、どのくらいつきそい、世話などしてくれましたか。
だんなの家族は、産後、わたしと夫の為に食事を持ってきてくれました。
これだけは日本から持ってきた方がいい!(送ってもらった方がいい!)というアイテムは。
特に思いあたりません。
反対に、マレーシア製でも、充分使えると思ったアイテムは。
切開後、いすに座る時、痛いのでドーナツ型クッションの代わりに、U字型の首あてクッションを 使っていました。
マレーシアだからこそ、妊娠・出産が大変だと思った点は。
妊娠中、食事の面で不便かな。日本にいたら、たぶんずっと自分の実家でごはんを食べていたと思う。 こちらでは、作るのもしんどくて、一時はずっと外食でした。
逆に、マレーシアの方が楽・よかったと思えることは。
マレーシアだと、夫が毎回の診察につきそうのもわりと普通だし、同じ医師に診てもらえるのも よいと思います。
もし次に子供を生むとしたら、そして選べるとしたら、日本とマレーシアどっちで生みたい? (あるいは別の国?)理由は?
ちゃんとした病院ならどこでもいいけれど、夫と赤ちゃん誕生の感動を分かち合えるという点で、 またマレーシアかな。
妊娠中・出産における、マレーシア独特の習慣や迷信みたいなものを聞いたことはありましたか。
パパイヤ、パイナップルを食べてはいけない。冷たい飲み物をひかえるなど。 (パパイヤには、植物ホルモンが含まれているので、よくないときいたが、食べ過ぎなければ よいらしい・・・?)
覚えておくと役立つ、妊娠/出産用の英単語/フレーズをいくつか教えてください。
省略
これからマレーシアで出産を迎える人たちに、アドバイスをお願いします。
医療もしっかりしているし、口コミなどで良いお医者さんを探せば、安心して出産できると 思います。
陣痛から生まれるまで
陣痛が起きてから、実際に赤ちゃんが生まれるまでにかかる時間、分娩方法、 病院の対応などは、人それぞれです。マレーシアでの出産はどんな感じだったのでしょう? 体験談を書いてもらいました。
「3200gの女の子、無事出産までのいたくて長ーい道のり・・・」
予定日をすぎて、3日後の夜11時、自宅で破水して、病院へ行き、モニターをつけると 自分では感じていなかったけれど、微弱な陣痛が始まっていると言われる。
そのまま入院手続きをし、明日の朝くらいに産まれるだろうという事で分娩室にいることになる。 翌朝から徐々にお腹に痛みを感じるようになるが、最初は呼吸法や歩き回ることでまだのりきれる。
子宮口が少ししか開いてないので開ける薬を挿入される。一瞬だけど痛みで足が震える。あとはひたすら 待つのみ。いつしか夜になり、痛みはさらにひどくなり、ベッドの上でのたうちまわる私を看護婦二人が 押さえつける。
医師とのプランでは、極力、麻酔等には頼らずに自然な出産と決めていたけれど、助産婦のすすめもあり、 おしりに痛み止め注射を打つが、まったく効き目なし。呼吸法も続けるが、耐えがたい痛みがおそい、 私の体力も尽きてきたのか、熱が出てきたので点滴を始める。赤ちゃんの心拍数も上がり、酸素吸入の マスクをはめる。看護婦が横から「これにガスを入れると少し楽になるけど」と言うのでその通りにする。 頭がぼーっとなり、意識を失いそうな感じで、気持ち悪くなるだけで痛み自体は軽減しない。 胎児の心拍数も正常値に戻らず、エピデュラル(無痛分娩)をすることに決める。
午前1時、麻酔の医師が到着、腰に麻酔の点滴薬を入れるとすぐ、うそのように痛みは消え、地獄から 救われた思いになる。この時、麻酔の医師が天使のように見えたほど、感謝の気持ちでいっぱいに なりました。
しばらくしてわたしの容体も落ち着いて、赤ちゃんの心拍数も元に戻り、一安心し、やっと眠ることが できる。
朝がきて、のどが渇き、水を飲むと麻酔の副作用で吐いてしまう。
子宮がやっと10cm全開になったので、分娩の準備をする。
エピデュラルでは下半身がマヒし感覚がないので、助産婦が代わりに陣痛を感じ、合図に従って いきむが、「はい、今いきんで」と言われても、どこに力を入れていいのかわからずうまくいきめない。 途中、もうどうしていいのかわからず弱気になるが、夫や医師、まわりの人達に励まされ、Push! Push! のすごい声援の中、とにかく全身の力をこめて、がんばる。医師が切開し、チェックインから34時間後の 午前10時、ついに誕生!赤ちゃんは産まれると同時に大きな声で泣き、医師が私のお腹の上にぽんと 置くとずっしりとした重みを感じる。この瞬間は、とても感動!夫と共に涙
でした。
Jun 21, 2004
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