キキモカきりんはテキーラがのめない

BPerfect Simple Planの「Perfect」という曲を最近MTVなどでよく聞く。好きな曲だ。
彼らの曲はどれも、まさに「ティーンネイジャーの苦悩」って感じの歌詞がほとんどで、現在のわたしは共感 できないことばかりだ。でも、それらは、過去のわたしの痛みだ。だから、すごくよく分かる。
この「Perfect」という曲は、親との確執を歌っている。

−−−僕はただ誇りに思ってもらいたいだけだけど
   どうがんばったって決して満足してもらえない
   ごめん 完璧にはなれない

人間は誰だって完璧ではない。
でも、親というものは、自分が手塩にかけて育てた子供に対して、どうしても多くのことを望んでしまう ようだ。

キキキキ モカモカ きりんきりん
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わたしにはまだ子供はいないけれど、3匹の犬がいる。
人間が完璧でないのと同じように、彼ら犬たちも完璧ではない。
キキは、おとなしいけれど、警戒心が強くて、悪くいえば、「かわいげがない」。うちに来てからも、 半年ぐらいはわたしたちに心を開かなかった。
モカは頭がよくて人間のいうことをよく聞くけれど、他の犬に対しては、吠えて脅せば何でも思い通りになる と思っている。
きりんは、すごく人懐っこく、かわいげのある犬だが、人間のいうことを聞かないことがたまにある。
そんなふうに欠点があるにもかかわらず、どうしようもなくかわいいのだ、いや、欠点があるからこそ かわいいのかもしれない。
犬は、絶対に、すべて思い通りに動いてくれない。噛んではいけないものを噛むし、してはいけない ところにおしっこをするし、吠えて欲しくない時に吠える。犬には犬の事情というものがあって、 わたしたちには知り得ない基準で判断して行動する。それから、犬にももちろん 感情というものがあって、うれしいとか悲しいとか楽しいとかいやだとかいろいろ感じている。 どんなに言うことをよく聞く犬にも、こう感じろ、と命令できない、感情。
だからだと思う。 だからこそ、愛情を示してくれる時は愛しく感じるのだ。彼らがわたしを愛しているのは、 自由な意思なんだ、と思う。
犬の愛情は条件なしだ。わたしが風邪をひいてても、元気いっぱいでも、ボロボロの服を着ていても、 着飾っていても、仕事で大失敗をしても、何もかもうまくいってても、わたしがわたしである限り、 まん丸のビー玉のような目でこちらを見つめ、しっぽを振る。体をすり寄せる。しっぽ発電だ、とわたしは思う。 彼らがしっぽを振り続ける限り、わたしの中のエネルギーが涸れることはない。こんなに小さくて、 ふわふわした毛玉のどこにこんな力が宿っているのかと不思議に思う。

犬と子供の違いは、犬は選べるということだろう。
でも、とわたしは思う。同じことかもしれない。結局はめぐり合わせ、とか縁、のようなものによって 引き合わされている気がする。
犬がどうしようもなく飼いたくなった。ダックスフントかチワワが欲しいと思ってペットショップに行ったら、 キキがいた。吠えまくるパグの横のケージの中で、おびえた顔をしていた。抱いて下におろしたら、 よほどこわかったのだろう、すぐにおしっこをした。もっと明るい性格の子がいいと思ったし、 2〜3ヶ月の子犬がよかったのに、キキはすでに6ヶ月になっていた。でも、 チワワが欲しいと思ったらキキがいたのだ。こういうのが縁だと思う。わたしと夫はキキを連れて帰った。

先に書いたように、キキはかわいげがない犬だったけど、わたしはキキを愛そうと思った。
はじめは意志だった。
その後、長い時間をかけてお互いに対しての愛情が芽生えてきたのだけれど、わたしはその後も2匹の犬を 迎え、育てていくうちに、思った。
犬を育てるということは、人間の子供を育てることの、簡単バージョンではないだろうかと。
これは、自分で実際に子供を育ててみるまで、本当かわからない。しかし、わたしは教師として、親とは別の 形で子供を育てることに携わっていたから、少しは想像がつく。
例えば、怒ってばっかりでは、言うことを聞かないこと。
ふだんから、どれだけ愛しているか伝えていれば、いざ叱っても素直にいうことを聞いてくれるけど、 ふだん冷たくしていれば、叱ったって反抗されるばかりだ。
すると、ある日、わたしのウェブサイトを読んだ友達がメールをくれた。彼女は、1歳数ヶ月の女の子を 育てているお母さんだ。次のように書かれていた。

マユミちゃんのウェブサイトを見ていて思い出したのは、 犬と子どもってそっくりだなぁってこと。
『自分の「欲求」や「快楽」にものすごく素直で、忠実』
『ただ楽しければ、気持ちよければ、それで幸せ』
って書いていたけど、これはそのままうちの子にも当てはまります。
好奇心が旺盛でいたずらばかりするところや、
こっちが思う以上にこちらの言葉を理解してるところも。
毎日子供と過ごしていて、「うちの犬とそっくり!」ってしょっちゅう思ってます。
雨の日によく寝るところや、私が着替え始めると散歩だと思って、
そわそわしだすところ、私が寝転がるとおなかの上に乗っかってくるところ、
新聞を床に広げて読んでるとその上にお座りするところ、
よその子を見るとほえる(娘の場合は叫ぶ)ところ・・・などなど
数え上げたらキリがないほどです。
犬を育てるのに経験したことが、今の子育てに役立ってるのかもしれません(?)


わたしはコレを読んでやっぱりね!と思った。それからうれしくなった。
彼女の書くディーテイルのなんて素敵なこと!

もちろん子供を育てることは、犬を育てるようなたやすいことじゃない。それはわかっている。
でもわたしは、犬を育てることで、基本となるすごく大事なことを学んだと思う。
完璧なものなんてない。でも、完璧じゃないからこそ、完璧であるとも言える。
不思議なめぐり合わせで自分のところに来てくれるものを、大切にしたいと思う。何をしてくれるから、 いい子だから、という条件なしで、そのものを愛することが第一歩だと思う。
そして、いつか子供ができたら、こういう大事なことを忘れずに接していきたい。犬と違って、子供は話せるので (言葉を持っている!なんて素敵なことだろう!)、犬には聞けなかった「気持ち」を聞きたいと思う。
そんな日を楽しみにしつつ、 わたしはこれからも、完璧じゃない犬たちと、完璧に甘美な時間を過ごしていくと思う。

2003年
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