キキモカきりんはテキーラがのめない
CBreathe

『ヒカル』
その日、一日中なんだかおかしかった。
特に体調が悪いわけでもないんだけど、体がだるくて、何もする気が起きない。
最近もこんなことがあったな、と思う。
そしてはっと思い当たった。一ヶ月前に、ネモ(いや、わたしは『ヒカル』と名づけ、わたしにとって
あの子はずっと『ヒカル』だったので、
あえてそう呼ぶ)がいなくなった時もそうだった。
子犬が新しい飼い主さんのところに行くときは、大抵2〜3ヶ月のとき、それからは機会があれば
会ったり写真を見せてもらったりするけれど、渡してしまったら、基本的にはそれっきり、その子は
わたしの子ではないので、思い切りがつく。でも、今回は一週間離れてから、飼い主さんの一時帰国の
ためうちで預かり、そしてまた別れるということになった。
前日に、ヒカルと別れたばかりだった。
だからわたしは、一ヶ月前、あの子がいなくなったときと同じような疲労感を覚えているのだと気付いた。
子犬が新しい家を見つけて幸せになるのは、わたしにとってこの上ない喜びだ。
うちで生まれた子犬はうちの犬と同じように扱う。いけないことはいけないと叱るし、
いい子なら思い切り抱きしめてやる。そうやって、人間のことを信頼して愛し、いけないことはやらない
いい子になれば、新しい飼い主さんにもよりかわいがってもらえて、子犬はより幸せになれるだろう。
わたしと夫はどう考えるから、子犬をうちの犬たちとわけへだてなく扱う。結果、情がうつる。
でも、それでいいのだと思う。別れはいつもつらいけれど、それは子犬にとって、幸せへの
一歩であるのだから。
ヒカルがいなくなって、何もやる気が起きず、でもなんとか夕飯の支度を終えたわたしは、テレビを見ながら
ボーっとしていた。
どんな音楽も心に響いてこない。
でも、わたしにはキキモカきりんがいる。
3匹を抱きしめる。
犬のにおい。くさいかもしれないけれど、わたしはこれをいいにおいだと思う。
そしてこの手触り。気持ちいい。
どの犬もそれぞれ違って、絶対誰の代わりにもならない。わたしは自分の3匹のチワワがすごく
いとおしいけれど、それでもこの子たちはヒカルではない。
その時、テレビからMichelle Branchの「Breathe」が流れた。
伸びやかなボーカルを聞いていたら、体の中を風が駆け抜けるような気がした。
少し楽に息が出来るようになった。
そしたら、自然に涙がこぼれた。
自分の理性では認識できなかった喪失感。体は素直だと思った。
涙を流しているわたしを犬たちは不思議そうにながめ、きりんが涙をなめてくれた。
キキモカきりんはテキーラがのめない。
でも、のんでいたビールを少しずつあげたら、おいしそうになめた。
2003年10月
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