©Sompote Saengduenchai already reseved

円谷裁判について

 この裁判は日本発のヒーローの著作権、利用権が海外の会社にあるということで
 日本でも話題になりました。。。
 (その割には判決の記事はちいさかったですが(汗))
 発端になったのは円谷皐社長がソンポーッ氏と交わした1976年3月4日付け
 の契約書
でした。。。
 
この契約書はウルトラQ・ウルトラマン・ウルトラセブン・帰ってきたウルトラ
 マン・ウルトラマンA・ウルトラマンタロウ、そしてジャンボーグAの全話につ
 いて「日本以外」で、タイ人ソンポーッ氏の1)配給権、2)制作権、3)複製
 権、4)著作権、5)商標、6)広告権、7)キャラクターの複製権、8)以上の
 権利を第3者に譲渡する権利を無期限に認めるものです。。。

 (この契約書の正当性については日本の最高裁で確定しています)

 なぜ円谷皐社長がこのような契約を結んだのか?

 一言で言えば経営危機を脱するためにソンポーッ氏の力を借りて得た資金の代
 償、ということです。。。
 (実際はさらなる裏話があるんですが、その点については書けませんね(^^A)

 円谷皐社長が社長についた1971年ごろには円谷の経営はかなり厳しくなって
 ました。。。費用のかかる特撮番組の制作、円谷英二氏以来の放漫(というか過
 剰)投資等で当時でかなりの負債を抱えていたようです。。。

 そんな折にタイを家族旅行で訪れた皐社長はソンポーッ氏に会社売却の意思を
 もらしますが、それを聞いたソンポーッ氏は円谷再建には作品を作ることが一番
 肝心だと考え、タイから映画制作を依頼しました。。。

 それが1973年の『ジャンボーグA&ジャイアント』で、この作品の制作のため
 ソンポーッ氏は4万5千ドル(当時の邦貨で約1350万円)を拠出、さらに翌年に
 は『ウルトラ6兄弟VS怪獣軍団』の制作に対して9万ドル(同約2700万円)を支
 払ったのです。。。
 これらの映画はタイでかなりのヒットをし、タイだけでも300万バーツ(当時の邦貨
 で約4400万円?)の収益をあげました。。。

 もっともこうしたソンポーッ氏の親心にもかかわらず円谷皐社長はタイ側に無断で
 これらの映画のアジアでの放映権を台湾の会社に与えたり、許可を得ているとは
 いえ香港の会社にやはり独占的上映権を与えて、しかしその代金はタイ側に支払
 わないということをしていました。

 ソンポーッ氏からこういった収益の支払いを迫られた皐社長は1年間の借金とする
 ことを提案しましたが結局1年後にも支払いが出来ず、その代わりとしてウルトラ
 シリーズの海外での権利をソンポーッ氏に与えることで合意したのです。。。
 この契約書が交わされたのは1976年3月4日なのです。。。

 しかしその後も円谷側はアメリカに作った合弁会社ウルトラコム社などに海外の
 利用権を与えるなど、はたから見ると権利の乱発とも見えることをしていました。。。

 結局ウルトラコムから権利を受けたタイの会社がタイでジャンボーグAやウルトラ
 マンのビデオをチャイヨーに無断で販売したことからこうした権利の乱発がソンポー
 ッ氏の知るところとなり、その抗議に対して当時の円谷一夫社長は陳謝する手紙
 (公証人役場で認証を受けたもの)をソンポーッ氏に送付してその権利を守ることを
 約束(1996年7月3日付の書簡)、ウルトラコムは解散しました。。。
 この時点で皐社長のあとを継いだ円谷一夫社長も契約が真なることを認めたわけ
 です。。。

 しかし、その後もチャイヨーと円谷で最初の契約の更新などを話をしていたものの
 結局決裂。。。
 決裂直後に(!)円谷が海外での商品化権を玩具メーカーバンダイに与える契約
 をしたためにチャイヨー側はバンダイの現地法人さらにはバンダイ本社に香港の
 法律事務所を通して抗議したため話はとうとう訴訟沙汰になるに至りました。。。

 もっともチャイヨーとのライセンス契約更新交渉が決裂した(1996年8月末)数日
 以内にバンダイと契約締結(同年9月1日)ってのは円谷も両天秤にかけるあこぎ
 なことをしてたわけだ。。。(苦笑)


 さて、こうして円谷側が「ソンポーッ氏と交わした契約書は偽造による無効」で

  「ソンポーッ氏の海外でのウルトラマンの各種の利用権は求められない」

 と訴えて日本さらにはタイで裁判を起こしたのですが結果は・・・

 日本側では、

 1999年01月 東京地裁判決 →円谷の訴えは門前払い(本案件は日本で審理
           するものではない)
 2000年03月 東京高裁判決 →一審支持
 2001年06月 最高裁判決  →差し戻し(本案件は日本で審理可能)
 2003年02月 東京地裁差し戻し新判決 →円谷敗訴(円谷の国内・国外の
           著作権のみ認める)
 2003年12月 東京高裁差し戻し新判決 →一審支持
 2004年04月 最高裁判決 →一審支持、円谷敗訴確定、海外での
           ウルトラマンの利用権はソンポーッ氏に認められる。


 タイ側では、

 2000年04月 第一審(知的所有権・貿易裁判所)判決 →円谷敗訴、1200万
           バーツの賠償支払命令
 2003年02月 最高裁判決 →円谷敗訴、約1億3400万バーツの賠償金に支
          払い命令

 こうしてすべての裁判に円谷は敗訴、契約書の正当性を認めざるを得なくなって
 います。



 なお本文章の事実関係については2003年2月28日付けの差し戻し第1審の
 判決文を参照しています。。。

 *事実経過については差し戻し審地裁判決に非常に詳しく書かれています。*
    (興味のある方はこちらへ→差し戻し審判決