1997年10月12日(日曜日)
「雑誌の記事の翻訳は比喩とかが多い」と以前に日記に書いたが、今回のA社からの原稿はこういう書き出しからはじまった。
「Joining the upgrade parade on a different note, XXX Corp. and YYY Inc. last week took the wraps off PowerPC 604e-based cards.」
なんのこっちゃ??というのが最初の私の感想。
「いろいろな音を鳴らしているアップグレード・パレードに参加しながら、XXX Corp.とYYY Inc.は先週...」
これは、いったいどういう意味? と思ったが、「PowerPC 604eベースのカード」とあるので「the upgrade parade」は「アップグレードが続いていること」を意味するのかな、で「on a different note」は、「いろいろな種類がある」ぐらいかな、と考えた。
結局、
「さまざまな機種に対する数々のアップグレードが行われる中,XXXとYYYは先週,PowerPC 604eを搭載したカードを発表した。」
ということにした。
危ない危ない、もう2,3回文章をひねられていれば、永久に謎が解明せず迷宮入りしてしまうところだった。
こういう文章は私の場合すぐ誤訳につながるので要注意。
ちょっと前に、アップルのCEOアメリオ氏が更迭されるという出来事があって大騒ぎだったが、そのときの記事で「golden parachute(金のパラシュート)」というのが出てきた。文脈からいうと「ジョブズ氏がアップル内の改革を計画しており、有給休暇の制度を見直したり「golden parachute」を排除する」というもの。従業員のコメントで「「golden parachute」がなくなってよかった」というのがあるのだが、私は完全に「golden parachute」の意味を取り違えていた。
「金のパラシュート」はなんぞや、と思い辞書(ランダムハウス英和大事典)を引くと「退職金」とある。そうかそうか「退職金」か、と思ったが、「従業員が退職金がなくなってよかった」というのはどう考えても変だ。かなり考えたが何か裏があるのかと思い、そのままにしてしまった。
で、やはり後でA社に指摘され、完全に意味を取違えていたことに気が付いた。さらにそこで意味を取違えたので後の訳にも影響してしまっていた。
結局これは、CEOや幹部役員が引退する際の高額な退職金の制度をなくすという意味。そう補足する必要もあったわけだ。言い訳をすれば、文章中に全く説明がなかったので、誤訳してしまったが、「ジョブズ氏が、アメリオ氏の引退時の高額な退職金に激怒したこと」はかなり有名な話なので、それを考慮すれば訳出できたはず。
かなり後悔した。実はそれもあってソフトバンクの「MacWEEK」の定期講読を始めた。
日頃の情報収集はとても重要。「コンピュータ関係の翻訳者はコンピュータ技術者よりも幅広い知識が必要」と何か(アルクの実務翻訳ガイドだったかな?)に書いてあったが、しみじみ「そのとおり」と思う。
1997年10月11日(土曜日)
最近、日本語が気になる。新聞などを読んでいると、こうしたほうがよいのでは、とか、ああしたほうがよいのでは、と頭の中で考えてしまう。どういうことかというと例えば今日の新聞のテレビ欄、
「長瀬の好きなものは、トキオのリーダー、城島茂とソフトクリーム、ギターだと語る。」
さて彼が好きなものはいくつあるでしょう?
はたしてこの文章はこれでよいのだろうか。城島茂がトキオのリーダーであることを知らない人はトキオのリーダーと城島茂は別人だと思わないだろうか。つまり好きなものは4つだと考えないだろうか。
彼が好きなものの正解は「トキオのリーダーの城島茂」「ソフトクリーム」「ギター」の3つなのだろうが、こう理解するのに私は2回読み直した。
新聞はほとんどの場合1回読めば何を書いているのか理解できる。ほとんどの人は記事をかなりの速度で読んでいるはずなので1回読んで理解できないと困るだろう。が、たまに2回以上読み直すことがある。もちろん私の理解が足りないだけ、という場合もあると思うが、読むのに引っ掛かるとこれをこうしたほうがよい、ああしたほうがよい、と主語を並べ替えたり、助詞を代えたりといろいろ考える。
しかし、困るのはどちらがよいか客観的には評価できない点。たとえば上の文章を私が直せば、
「長瀬の好きなものは、トキオのリーダーの城島茂とソフトクリーム、そしてギターだと語る。」
にするかもしれないが、「の」「の」がつづいてぎこちない、という評価になるかもしれない。
「長瀬の好きなものは、トキオのリーダーである城島茂、ソフトクリーム、ギターだと語る。」
だと、「、」「、」が続いて文章の流れが妨げられているという感じがするかもしれない。
結局、どちらがよいのか、なぜよいのか、を現時点では客観的に評価できないので、自分の殻のなかでしか考えることができない。が、新聞のようなプロが書いた文章を「文章はどうあるべきか」という視点で読むことで、自分の日本語力も上がるのではないかと思っている。現時点ではうまく評価できなくても、積み重ねることで客観的な説明を付けて文章の良し悪しを語ることができるようにはならないものかと思う。
1997年10月7日(火曜日)
みなさま、ゲストブックの方にいろいろとコメントをお寄せ頂きましてありがと うございます。
ゲストブックの方に UOTAS さんよりご質問を頂きましたので、それにお答えさせていただきます。ゲストブックの方に書こうかと思ったのですが、かなり長く なったので日記の方に書かせていただきます。
それと私は翻訳初心者ですので、ここに書いた内容は、私はこうしている... と いうだけで、決してお手本ではない、ということをご理解ください。 それとコンピュータ分野だけのお話です。(コンピュータ以外は全然知らないのです。)
専門知識の習得方法ですが、専門知識の中でも深い内容を習得したのは会社です。 自分でソフトウェアを作るといろいろ詳しく分かるので、そういう意味での専門知識は会社で習得しています。
幅広い知識と言う意味では、習得源はほとんど雑誌、インターネット、 メール配信のニュース、JUNET などです。趣味で、かなりこのようなものを読んでいます。 会社の資料室とか、本屋で立ち読みとか、定期講読とか、メールで配信される記事とかで。
「翻訳で通用する専門知識を身につけられるかアドバイス...」ということですが、 なにぶん私は翻訳初心者なので、どういうのが効率が良いのか良く分からないのですが、 まずは、雑誌を良く読む、分からないことはインターネットで調べる... というのが技術屋としての我々がよくやる方法です。新人が会社に入ってきたときなどには良く勧められる方法です。
わからないことは、結構調べます。日記にも書きましたが、ISDN関係を訳したときは本を2冊読んで、技術的な内容と、どういう用語を使うべきかというのを調べました。NTTのホームページもかなり読みました。このときには、少し納期に余裕があったので助かりました。
「マニュアルを一気に翻訳するには... 」ということですが、 一気に翻訳できるのは、 何かの取り扱いマニュアルで「ダイアログボックスを開いて OK ボタンをクリックすると... 」というような取り扱い方法を淡々と書いてあるマニュアルです。例えば、Windows 95 のヘルプのようなものです。これらは、構文も単純であまり悩むところはないので、すらすら訳せるように思います。私はある翻訳会社の機械翻訳の修正をしたことがあるのですが、この手のマニュアルは機械翻訳でもそこそこ訳します。 残念ながら特に秘訣のようなものは思い当たりません。 でもたぶんこれは誰が訳しても簡単なのだと思います。
用語集の参照の仕方ですが、私の場合は、まず最初にざっと目を通して違和感のあるものはメモしておきます。あと、語尾をのばす「コンピュータ」か「コンピュー ター」かなども指定されているので覚えておきます。 そして訳している途中で、どうや訳すか疑問がある言葉は、用語集を引きますが、それ以外は淡々と訳します。訳が全部終わったあと、 もう一度用語集を最初から見ます。そうすると、原文で使われていた単語も覚えていますし、自分の訳と違っている単語も分かるので、エディタで一括変換します。私がいただいく翻訳のお仕事は、だいたいひとかたまりで 200 ページぐらいまでなので、登場した用語は覚えられる程度ではないかと思います。 それと、B 社からいただくお仕事では、私の担当はある程度決まっているので、そのお客さん特有の言葉はだいたい覚えています。
しかし、お客さんによっては用語集が膨大でとても全部に目を通すことはできないものもあります。このような場合は、「この用語にはいろいろな言い方がある」と思うもの以外は用語集は引かないです。コンピュータ用語で言い方が分かれる用語は全体からみると少ないと思います。例えば、ネットワークの分野を例にとると、「bandwidth」は、「バンド幅」とも言いますし「帯域幅」ともいいますので意見は分かれると思います。逆にいうとこの2種類以外の訳はないと思います。「integrate」には多くの言い方があると思います。「組み込みの」とか「オンボードの」とか「統合...」という様々な指定もありました。が、「イーサネット(Ethernet)」「ハブ(hub)」「スイッチ(switch)」「ルータ(router)」「ゲートウェイ(gateway)」.... などはこの言い方しかないと思いますので用語集は引きません。注)お客さんによっては「ルータ」は「ルータ─」の場合はあります。また「switch」は電話屋さんの場合は「交換機」の場合はあります。
私の場合はまだまだなのですが、翻訳を数多くこなしていくと、どういう用語に複数の解釈がある、というのがピンと来るようになるのではないでしょうか。そうすると用語集を参照するべき用語が、経験を積むごとに限定されてくるような気がします。
ところで、A 社の場合は、言葉の指定(表現上のルール)は、ちょっとだけなのですが、用語の問題よりも「言い回し」の問題の方に苦労しています。 「言い回し」は特に指定されているわけではないのですが、難しいです。例えば「Bill Gates, Microsoft Corp. Chairman and CEO, ....」を、「Microsoftの会長兼CEOであるBill Gates氏は...」と訳す場合、「会長兼CEO」とするのか「会長およびCEO」とするのかというレベルで悩んでいました。今はこのパターンだと「会長兼CEO」としています。 そしてもし、「Bill Gates, Microsoft Corp. Chairman, ...」であれば、「Microsoftの会長であるBill Gates氏」とするのか「Microsoftの会長Bill Gates氏」とするのかも悩むところです。 これは今では両者使い分けています。 もう一つ例を挙げると「...., said Bill Gates.」という「said」を、「言った」「言う」「話した」「話す」「話している」「語った」「語る」..... というのもケースバイケースで使い分けていますが、 どういうケースでどの言い方を使うのかは今でも悩みます。経験を積むのにつれて徐々にですが悩むものが少なくなっているようには思います。A 社からはコメントで「XXX は YYY と訳した方が良い」と指摘されることも多く、勉強になります。また、同じ雑誌記事で他の人が訳 したものを見て「なるほど、こういうふうな言い方をするのね」と参考にしてい ます。
専門分野の勉強方法や用語集の参照方法などで「こういう方法のほうがいいよ」 とか、他にも御意見や私へのアドバイスなどありましたら是非ゲストブックの方にお寄せください。
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