ビブレ博士の クリスマス豆知識

も く じ 

クリスマス・ツリーの起源
西暦722年、今から約1200年以上も前の12月24日のことじゃ。ドイツのザクセン地方で伝道しておったボニファチウス(言いにくいのお)は、森の中で人々が冬至祭をしておるのに出会うた。村人たちは、大きな樫の木をかこみ、この木に宿る霊と戦いの神トールにいけにえをささげようとしておったのじゃ。その年は、不作とはやり病いに見舞われたので、彼らは、神トールの怒りを鎮めようと、酋長のひとり息子をいけにえとしてささげることに決めておった。その子がいけにえとされそうになるところをとどめたボニファチウスに、神官は怒り狂い、このよそ者を罰してくれるように樫の木に祈ったのじゃが、ボニファチウスはそんなことは気にせず、斧でこの樫の木を切り倒してしもうた。そして、聖書を取り出して、福音を語り始めたのじゃ。そして、彼がふと倒された樫の大木のかたわらを見ると、小さなもみの木が、まわりは冬枯れの死んだような木ばかりじゃのに、青々と茂っておるのを見つけたのじゃな。ボニファチウスは「このもみの木は生きている、これこそあなた方の新しい信仰のあかしだ。」と言ったのじゃ。村人たちは、次第に心動かされて、酋長の家にそのもみの木を運び、居間に美しく飾って、イエス・キリストの降誕の話を聞き、クリスマスを祝ったのじゃった。
その後、もみの木をクリスマスに飾る習慣は、ドイツ、そして世界中へと広まっていったのじゃ。いつも青々としている常緑樹のもみの木は、イエス・キリストが与えてくださる「永遠のいのち」を象徴しておるのじゃ。じゃから、クリスマスツリーはクリスマスというまつりー(祭)に、つりー合っておるとういうことじゃ。

サンタクロースのモデル
サンタクロースとは、サンタ・ニコラス(聖ニコラス)がなまったものと言われておる。
ニコラスは小アジアのパタラという町に生まれた。彼は幼い時に両親をなくし、莫大な遺産を受け継いだのじゃが、両親から聖書の話を聞いて育っておったので、自分の一生を神にささげようと思ったのじゃ。彼は。神学校へ行き、伝道者となり、若くして司教、そして大司教にまでなったのじゃ。しかし、彼が有名になったのは、そのキリストの愛を実践したからじゃ。彼にまつわるエピソードはたくさんあるのじゃが、彼はいつも財産を貧しい人々に施し、薬代に困っている病人に代わって払ってやり、恵まれない子どもたちにおもちゃや本を与えておった。このようなことをモデルとして、サンタクロースが生まれたのじゃ。ところで、なぜ煙突から入ることになったんじゃろうなあ。すすで汚れて、「洗濯苦労す」になってしまうのにのお。

キリストの誕生日は12月25日じゃない!?
クリスマスはイエス・キリストの誕生を記念する日じゃが、誕生日ではないのお。12月25日がキリスト降誕日と定められたのは、西暦4世紀、ローマ皇帝コンスタンティヌスによって開かれたニカイア会議でのことじゃ。つまり、その当時キリストがいつ生まれたかは、はっきりわかっておらんかったということじゃな。12月25日には、もともとローマの太陽神の冬至祭が行なわれておったのじゃが、この日から日照時間が長くなる冬至の時期は、義の太陽であるキリストの降誕を記念するにふさわしいとして、異教の祭をすたれさせたいという意図もあり、この日に決められたようじゃ。
そうすると、イエス・キリストは本当はいつ生まれたのじゃろう。12月25日ではないことは確かじゃ。この時期は、聖書が言うような羊飼いが野宿をできる時期ではないからのお。最近、イエス・キリストを信じるユダヤ人が増えたことによって、ユダヤ人の間に伝えられてきた神殿の事情などが分かり、それらのことから、イエス・キリストの誕生は「仮庵(かりいお)の祭」の時であったろうと言われるようになった。(詳しくは、こちらじゃ)仮庵の祭は、ユダヤ暦第7月の15日から一週間(太陽暦では9〜10月頃)に行なわれる。つまり、この節によると、キリストが生まれたのは、ちょうど日本の「十五夜」の頃ということになるのお。しかし、いくら仮庵の時に生まれたからと言って、お産もかりいよ(軽いよ)なんてことはなかったじゃろうな。オホン、失礼!

馬小屋に三人の博士?
しばしばキリスト誕生の物語が語られる時、キリストは馬小屋に生まれたと言われるのお。しかし、聖書は「馬小屋」とは言っておらん。イエスが「飼葉おけ」に寝かされたとあるので(ルカ 2:7)、たぶん家畜小屋であったじゃろうが、それもはっきりとは書いておらん。ましてや、それが馬小屋じゃったか、牛小屋じゃったか、羊小屋じゃったかは分からんのじゃ。
また、よく、東から三人の博士たちがキリストを拝みに来たと言われるのじゃが、聖書には人数は書いておらんのじゃ。博士たちとあるので、二人以上なのは確かじゃが、何人だったかは分からん。彼らの贈り物が、「黄金、乳香(にゅうこう)、没薬(もつやく)」の三つじゃったので(マタイ 2:11)、三人とされたのじゃろう。「パスカル、メルキオール、バルサザール」という名前まで決められておるのじゃが、根拠は不明じゃ。ある人たちは、東から砂漠を越えてやって来たのであれば、三人などという少数ではなく、ある程度の集団じゃったはずじゃと言っておる。
キリスト誕生を描いた絵には、ときどき、馬小屋でキリストを礼拝している三人の博士たちの絵があるが、実際に彼らがキリストを訪ねたときには、ヨセフとマリヤ、そして赤ちゃんのイエスはすでにどこかの家に住んでおったじゃろうな。聖書は、博士たちが来たのが、イエスの誕生直後ではないことを示唆しておるし(マタイ 2:16)。また、すでに一度ナザレに戻り(ルカ 2:39)、それから再びベツレヘムに来ておった可能性もあるので、誕生からはある程度たっておったじゃろう。
頭に描いておるイメージと、実際のことが、食い違っておるときがあるのう。(もちろんキリスト誕生時は「ホワイトクリスマス」ではなかったのじゃぞ。博士たちに、あまりにも違ったイメージを履かせんようにせんとな。なんちゃって。
もう一度、聖書の語るキリストの誕生について読んでみてはいかがじゃろう。(『世界で最初のクリスマス』を読む)

クリスマスの植物と色
クリスマスには、いくつかの植物を飾る習慣があるのお。その一つは、クリスマス・ツリーなどに代表されるモミの木や松などの常緑樹じゃ。冬の時期でも青々としている常緑樹が、いのちの象徴、イエス・キリストによって与えられる永遠のいのちをあらわすものとして用いられるようになったんじゃな。
また、12月頃に、大きな花のようにも見える葉っぱが真っ赤に色づくポインセチアも、クリスマスには欠かせないものとなっておるのお。赤い色がキリストの十字架の血潮を象徴することからも、好んで使われたのじゃろう。
また、この時期に赤い実をならせるヒイラギも同じじゃな。また、とげとげした葉っぱは、キリストのイバラの冠をも思い起こさせるじゃろう。日本のヒイラギは、実も黒く、葉もこの時期には茶色くなってしまうのじゃが、セイヨウヒイラギは、葉が年中青々としておる。キリストにある救いと永遠のいのちを表わすには、ぴったりの植物と言えるじゃろうな。
この時期に花を咲かせる数少ない植物(北半球での話じゃぞ)の一つとして、シクラメンも好んで飾られるのお。葉がハートの形をしておるので、クリスマスの愛を表わすのにもぴったりというわけじゃ。植物(プラント)じゃからといって、プラ (ン) トニック・ラブではないぞよ。
いのちを表わす緑と、十字架の愛を表わす赤、これに、きよさを表わす白や、気高さを表わす金(東方の博士が贈った黄金の色でもあるのお)の飾りが付けられて、クリスマスが祝われるのじゃ。
「クリスマス・カラー」には、ちゃんと意味があるんじゃからぁ、今年もこれらの色でクリスマスを祝うとまいろうかのお。

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