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漢字と聖書
日本の文化に欠くことのできない「漢字」じゃが、実はそのつくり(字の構成)が、聖書の記述とよく符合しているものがたくさんあるのじゃよ。
「造」という字は丿+土+口+「しんにょう」じゃ。丿(のかんむり)は生命を表し、「しんにょう」は歩行を表す。神が人を造ったとき、「土」に神の「口」から命(丿)の息が吹き込まれると歩くように(生きるものと)なったという聖書の記述を思い起こさせるのお。
神は人間を造りエデンの園に置かれた。その園の中央には「命の木」と「善悪を知る木」があったのじゃ。神は「善悪を知る木からは取って食べてはならない。」と言われたのお。つまり、二本の木を示してその一つを食べることを「禁」じたのじゃ。また「婪(らん)」という字は「欲深くほしがる」という意味じゃ。二本の木について、禁じたのが神(「示」はそれだけでも「神」を表す)で、ほしがったのが女じゃったというのは聖書の記述とよく合うのお。
悪魔の「魔」という字は二つの「木」と「鬼」が覆いを意味する「まだれ」に覆われておるのお。二本の木に隠れておった鬼ということなら、エバを誘惑した悪魔を表すにはピッタリの字じゃのお。
食べることを禁じられていた果実を取って食べたとき、彼らは自分たちが裸であることを恥ずかしいと思うようになった。それ以後、人間は衣服を来るようになったのじゃ。「裸」という字は、果実を食べ、衣を着るようになる以前の状態をさしておるのかのお。
「はじまり」を表す漢字が三つある。「元」は「二」と人を表す「儿」から出来ておる。人間のはじまりは二人の人からじゃった。「始」という字は「女」がこっそり(厶)「口」にするという意味じゃ。最初の女性エバが、禁じられていた果実を食べたことが罪のはじまりじゃったのお。「初」という字は衣に刀じゃな。神様は人間の裸の恥をおおうために皮の衣をくださった。皮を得るためには動物が殺されたのじゃな。何か刃物が使われたじゃろうか。これは、神様のあがないの計画のはじまりじゃったんじゃ。
「船」という漢字は「舟、八、口」の三つの部分からできておる。「口」は「人口」ということばにも見られるように人数を現わす字じゃ。つまり「船」は八人の乗った舟ということじゃろう。聖書は、その昔ノアとその家族計八人が、箱船に乗り込み世界規模の洪水から救われたと記しておる。
創世記の記事を思い起こさせる字だけでも、もっとあるんじゃぞ。漢字が統一された体系となったのは秦の始皇帝の時代じゃ。この頃、多くのユダヤ人が中国に住んでおったことも知られておる。また秦の始皇帝の父・呂不韋もユダヤ人じゃったらしいのじゃ。関係があるのかのお。単なる偶然という感じはせんのじゃがのお。
参考:「漢字は聖書の真理を表す」(月刊『レムナント』第108号) ティモシー・ボイル著「漢字に秘められた聖書物語」(マルコーシュ・パブリケーション)
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