利休とキリスト教

 東京教育大学名誉教授の西山松之助氏は、茶杓(ちゃしゃく=抹茶を茶碗に入れる時に使うスプーン)の研究家として茶道界でも有名じゃ。氏は常々、なぜ千利休が白竹の中でも実竹を使って、それまでのものとは違う節と樋のある茶杓をつくったのか不思議に思っておられた。節と樋がなければ、もっとスムーズな物のはずだと思ったからじゃ。しかし、利休の茶杓の模造品を作り、眺めておったとき、節の横線と、それを縦に貫通しておる樋の陰が交わり、十字架に見えたのじゃ。氏はその時、利休が茶杓に十字架を削り込むために実竹を使ったと確信したと言っておる。
 たしかに千利休の後妻や娘の一人はクリスチャンじゃったし、弟子の中にもクリスチャンが多かったのじゃから、利休にも何らかの影響はあったじゃろう。
 茶の湯の袱紗さばきは、教会のミサにおける聖餐式で神父がぶどう酒の器を拭く動作と非常に似ておる。回し飲みの風習も、実際に当時の宣教師たちが行なっておった。これらを、利休が取り入れたようなのじゃ。
 また、利休は、茶室を誰もが平等の場とするため入り口をたいへん低くし、へりくだってその場に入るようにしたのじゃが、これは「狭い門から入りなさい」という新約聖書のことばをを思い起こさせるのお。
 小説「千利休とその妻たち」の著者・三浦綾子氏は、利休の子孫・千宗室氏を訪ね、利休切腹の原因を質問したとき、宗室氏が「それは利休がキリシタンだったからです。」とためらいもなく答えたと、そのエッセイの中に記しておる。
 日本文化を代表する茶道の思想や形式も、聖書や教会から大きな影響を受けておるというわけじゃ。日本とキリスト教は無関係と主張せんのりきょう(利口)じゃな。...ちと、苦しすぎたかのお?

参考:黒田 禎一郎「世界の日時計」(一粒社)
   三浦 綾子「千利休とその妻たち」(主婦の友社)
   三浦 綾子「それでも明日は来る」(主婦の友社)


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