||: La Corda Agrodolce :||

奏でていけない音色 - by M.


金色のコルダに基づいて創作したBL小説です。
同性愛という題材を取り上げたことをご了承お願いします。
土浦X月森。この物語は4章構成予定です。

1. 動き出す間奏曲

「おい〜レンちゃん、おはよう。」
「あ、リョウタくん、おはよう〜」

 星奏学園の正門前。ここは音楽の祝福に恵まれている名門校で、普通科のほかに音楽科も設立され、有数の音楽家を育っていた場所なのだ。蝉の声が夏休みの終わりを告げ、新学期は今日から始まった。音楽科と普通科を関わらず、生徒達が登校のところ久しぶりに見えたクラスメートとあいさつし、学校はあっという間にまたにぎやかに戻った。

「どいてくれないか。通れないんだが。」
  無垢の白い制服が空色の短髪によく似合い、ヴァイオリンケースを持っている一人の少年が相変わらず冷徹な声を出した。

「あっ、ごめんなさい、月森先輩。」
  先ほどあいさつしていた二人の生徒が慌てて下がった。
 
  音楽一家に生まれた月森蓮はこの学園の音楽科2年生。今春、彼は学内コンクールにつき参加者一員に選ばれ、他6名の参加者と競った。4回のセレクションを通してコンクールが無事に終了し、彼はようやく日常を取り戻した。

 とはいえ、心当たりのない何かが生活のリズムを微妙に乱されたような気がした。

「金澤先生、ちょっとお時間はいいですか。あの、ご相談したいことがあるんですが。」

 月森はいつもの通りに教室へ進んでいた。音楽科と普通科は、校舎が離れていて接点も少なく、なぜか目の前に音楽科と普通科の生徒が混じって、白衣を着ている教師に追いついた。

「すまないが、廊下をふさがないでもらえないか。」
  相変わらずの発言だった。

「あっ、月森くん、おはよう。」
「つ…月森先輩、おはようございます。」
「よう〜月森くん、おっはよう〜」

 日野に冬海に天羽。コンクールで知り合った彼女達が金澤先生に、近くにある教会のバザーのためミニ・コンサートに協力することを説明するそうだ。だが、彼はただ、俺には関係ないと、思いながら人ごみを通した。この間から進路の準備でますます忙しくなっていくのでなおさらだ。

 (あいつ、いなかったな。日野がここにいたのに…いや、俺、何を思ったんだ…)

 同じく普通科のせいか、日野のことを思うと、コンクールの最初に波乱のまま登場したあの人物を思い出してしまう。

(…はやり暫く会わない方が無難だ。)

 何かの感情を抑えているように、月森は教室に着き、着席した。

***

 昼休み。

「よう〜月森くんを発見!月森くん、ちょっと待ってよ〜」
  担任先生から進路関係の資料をもらい、月森はどこかへ気分転換でもしようかと思ったら、また例のコンクール女子三人組に絡まれた。朝の件につき、アンサンブルの勧誘だった。

「悪いが、断る。他を当たってもらえないか。」

「えぇ〜だめ?何で何で?お願いだからさ。日野も一緒に説得しようよ〜」
  月森は、天羽ははやりしつこいタイプの人だと思い、眉を少しひそめた。

「他にすべきことがある。余計なことに関わっている時間はない。用がそれだけなら、失礼する。」

(何故かというなら…あいつは余計に世話焼きで誘われたら参加しそうだ。しばらくあいつと接しない方が良いと思うと…)

 彼は彼女達を捨て置き、何も考えず行方を体に委ねて屋上へ。

 ベンチに落ち着き、彼は青空を眺めていた。夏が既に終わったものの、昼は案外と蒸し暑かった。気づいたら、遥かな記憶に残されたメロディが勝手に脳内再生していた。

「別れの曲か。」
  コンクールの第一セレクションで日野が弾いたショパンの曲。悲しさより寂しさの漂う旋律、やむを得ぬ事情であいつが困った日野の伴奏立候補になってそれほど合わせできるとは思わなかった…

「出会いに別れの曲なんて縁起が悪かったが。」一人ぼっちの屋上で、月森は苦笑いのような顔でつぶやいた。

 あいつとは、普通科2年の土浦梁太郎だった。コンクール期間にピアノの追加参加者だった彼と知り合った。初対面の時は音楽に対する姿勢が若干歪んでいると感じたが、表現力の面だけなら指摘すべきところはあまりなかった。ただ、曲への解釈に対して二人の考えはかなり異なり、結局コンクールが終わって土浦と気が合わないまま夏休みに入った。

(全てがこの夏のせいで変わった…)

 眩しい太陽の下で、月森は手でずっと持っていた資料に目をやった。今更迷う場合ではないと自分を説得し、彼は音楽の極みを求める決心を確認した。屋上の静かさで腕時計の針がリズムに乗せた音が聞こえ、彼はそろそろ授業の時間になると気付き、ベンチから立ち上がった。屋上のドアを開け、階段を降りようとしたとたん、大きな黒い影が凄い勢いで上り、一瞬、ぶつかってしまうかと思った。

 ドアのところで、二人がそのまま凝っていた。

「どいてくれないか。邪魔だ。」
  月森が先に気を取り直し、無表情で相手に聞いた。

「…見つけてよかった。あ、悪い。なんていうか…あれ以来、なかなか連絡が取れなくて…」
  目が逸らしながら普通科の黒い制服を着ている少年が謝った。彼は背が高く、体育会系の体を持っている。比べると、月森は一層繊細に見えた。

「わざわざ会おうというつもりはない。それに、どくって意味がご存知だろうか。つまり、通させてもらえないか、土浦。」

「どくわけないだろう、月森。」
  体格の優勢を利用して、土浦は片腕で月森の腰を掴み、屋上に押し込んでドアを閉めた。月森は抵抗しようとしても無駄で、近くの壁に押し当てられていた。両手が痛むほどぐっと握りられ、彼は間もなく降参した。

 ヴァイオリンを弾く手だから…

 おとなしくなった彼は顔を横に向け、目を合わせないと必死した。

「逃げんなよ。自分のやったことに向き合わなくてエリート様の品性じゃねぇだろう。」
  土浦は月森の横顔を直視し、彼の本心に迫った。

「逃げるなんて思えないが…」
  不本意だが、何故か月森の言葉から無力感が示唆された。

「意地を張るな。あのさ…こういうのは、俺にだって初めてでさ…戸惑うなんで、当然だろうな。男同士の間にこんな感情が生み出せるって正直、俺も驚いたんだ。まー、うまく言えないけど、えっと…つまり、あの…、確かめたいんだ、お前の気持ち…」
  土浦は無抵抗の月森に応じ、腕の力を抜いたが、体が無意識で前に傾いた。

「俺の…気持ちか。」
  土浦が近すぎたせいで月森は音が聞こえた。火のように、生き生きと、コンフオーコしている息、そして力強くエネルジコと演奏している心臓の鼓動。それは土浦が操った自身の音色だった。気づけば、いつの間にか自分も導かれたようで、呼吸はプレスト、心臓の鼓動はクレッシェンドになっていた。二つのリズムが一つの旋律になった瞬間、月森は視線を相手に戻り、崩れそうな表情をしていた。顔を向けた拍子に、目と目で合ってしまった。いつも理解できない土浦の解釈が、なんとなく分かってきたような気がした。

(眼差しを交わしたら最後、叶わない夢に溺れていくしかないとわかってるくせに…)

「月森…もし答えがまだ分かってないなら、一緒に確かめないか。」

「つッ、土浦…」
(彼の視線、まっすぐだ。彼の目は底のないように深く、太陽のような熱さが湧いてくる。彼の存在は確か、眩しいんだ…)

「…俺、この気持ちを、大切にしたい。」
  頬が相応しくない薔薇色になった土浦は、月森の耳元に囁いた。

「……。」
(情けない…目を瞑って、俺は一体何を望んでいるだろうか。)

 あの日のように、唇がまた奪われちゃうだろうか。それとも…吐息の熱が伝わってきたのは確かだが。

 もし君も望むのなら…

 ……

 予鈴が警報機のように鳴っていた。
  何かが起こりそうな雰囲気が静まった。

「残念ながら、ここまでだ。」
  月森は、一瞬の夢から目が覚めた。先ほど抵抗の際に落ちた資料を拾い、彼は土浦から離れ、再び音楽科棟へのドアを開けた。
(たしかに、俺は変わったかもしれない。これは良い変化と言えるかどうか…それは、…まだわからない。)

「前から思っていたんだ。情熱的な表現力は君の性に合っているようだが、いかに感情を乗せても、それを伝えるだけの技術が必要だと思うんだ。今の君じゃ、ライバル以上の存在としてはまだ認められない。」
  階段の陰に消える前に、月森は一貫した口調で理性に基づきそうな答えを出した。

 奏でていけない協奏曲を一緒に紡いでいくのは、この頃の彼らはまだ何も見えなかった。

つづく

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