福助伝説:昭和20年(1945)4月<2>(福助二世版)
荒れ狂う戦争の狂気の渦中、光なき暗黒の深い闇の中、壊れた筈の時計が時間を刻み始めたのは、開花した一輪の花のぬくもりが、固まりきっていた時計のオイルを解かしたのかも知れない。だが その花は けして あでやかでもなければ 人目をひく事も許されない隠花植物の開花だったのかも知れない・・・・・
怪人”福助”伝説秘話 第二幕
Mrナグモの率いるジャパニーズNAVYのタスクフォースが宝石の名前のついた島を黒煙につつんでから早3年が過ぎ、東洋の島国と その島国を取り巻く環境は、大きく変化していた。
戦争という行為に人々が翻弄されていた時代、人々の価値観は、ある目標に
集約され、その目標を現実にする為に、個人としての生き方はその存在を縮小、
制約され、あるいは滅殺されていた。
=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*
舞台:某海軍航空隊の近くにある旅館
ウウゥウゥゥゥゥウウウゥゥゥゥゥゥ
、、、、、、ウウウウゥウウゥゥゥゥゥゥウウウウゥゥゥゥ
<警戒警報 解除・・警戒警報解除・・・・・・>
「B公も ようやっと飽きたらしいわ、、、せやけど あんさん、、、ほんまに、、」
「しっ!私の話、聞いていただけますか、、、私の「兄」が あなたとお話したい
そ
うなので、、、どうか、、お願い、、、」
「え、「兄」、、、て、、かめへんけど、、ここにいてるんか?」
「ありがとう・・・・・///すまんな、、貴様には心配かけてしまって、、、」
「そ、、その声は!綾乃はん?」
「わはははは、おい。そんなに大声をだすなよ。別に幽霊じゃない、、いや、、
もう幽霊なのかもしれんな、、、俺は今、ある人物達から「女性」と言う容器に入れられて、こうして新しい「生」を受けてはみたんだ、、、、、」
「な、、なんや、、、て、、、」
それは不思議な光景だった。旅館の二階の奥座敷に対峙して座す一組の男女、、
だが その濡れたような黒髪と輝く瞳の女性の口から出る言葉は 女性の物ではなく
まぎれもなくタドコロの知る戦友の声だったのだ。
「タドコロ 聞いてくれ。あまり時間がない、、俺も こ難しい理屈など わからん。
だが生きると言う意味の前には、男とか女とかの性で、根本的な「性的違和感」は感じていないんだ。こうして「男性」から「女性」へと、外観は変化したが、魂の
尊厳を賭けて、人生の乗り換えを真摯に決断した事だけはわかってほしい。。。」
「水臭いコト、言いないな。あんさんが生きていてくれはるんやったら、わし応援もしたいし理解する努力は惜しまへんで。」
「貴様がそう言ってくれて嬉しいぜ。俺にとって、こうして「女を装って生きる事」などは本当なら一生涯、思いもつかなかっただろう。この戦時下に幾多の困難も克服して、国を守る為に、生き、そして死ぬ決心をしていたのだからな。だが ・・・」
「だが?どないしたんや?」
「だが こんな生き方に切り替える為のスイッチは、突然何の前触れもなく、起動す
るって事がわかったんだ。、ましてや強制によって発動するものでもないって事も。」
「あんさんのスイッチ入れたんは誰や?わし 難しい事は いっこもわからんけど、
そのお人に心から感謝するで。天神様でも帝釈天でもなんでもええ。ホンマに心
から感謝する。いったい誰や?」
「貴様に決まってるじゃないか。こいつ、もう忘れたのか?あの警戒警報が鳴り
響いた夜の事を?、、、」
「え!お、、覚えとる、、わし あんさんの身体がどない不自由になってたかて、生
きていてほしい、、そない言うた。誰が忘れるもんかいな、、せ、、せやけど、、あんさん、、それでかめへんのか?」
「俺はどうせ天涯孤独さ、先日の大空襲で、俺の家族は疎開の準備が遅れていてな・・・」
「、、、、、そ、、そうやったんかい、、わし、、なんも知らんと、、、」
「誰にもいってないんだ。というより部隊の誰にも秘密にするようにと、そう口止めされている。軍上層部はあの帝都爆撃を闇に葬るつもりさ、、だが、本当はその知らせを聞いた時、俺はどうでもよくなっていた・・・自分の家族すら守る事が出来なくて何が皇軍兵士だ?何が神州不滅だ?・・・」
「・・・・・・・・・」
「俺が俺でいられる時間は残り少ない。こうして来たのは 貴様にお願いしたい事が
あったからだ。」
「なんや なんや 水臭いコト言うたらシバクぞ、わしで出来る事やったらなんでもきいたるさかい 遠慮のう言うてんか!」
「・・・・そうか、、、まず貴様に 一晩こいつの、、この妹の世話を頼みたい。」
「妹はんの・世話・・・・」
「そう、、貴様///あなたなりの愛し方で、、、」
「わし なりの、、、、て、、、まさか・・・」
今までの戦友の、男の声が霧の中に消えると入れ替わりに、あの鈴を転がすような
綾乃の声がタドコロの耳に聞こえてきた。だが不思議な事にタドコロの心の中に
寂しさはなかった。
「はい、、、そこの荷物の中に・・・・どうぞ ごらんになって・・・」
「ん、、、荷物て、これの事かいな、、、ほな、、、」
「え!これ、、、ほな、、、」
「覚えていたんです・ずっと・・・前に外出日に、私、、いいえ兄と浅草六区に
いかれましたわね、、その時、、たしか ある本を・・・」
「買うた!たしかに買うた、、あの黒表紙のウスッペラな発禁本の事やろ。いうと
?、、あんさんも、、、ほんまは、、、」
「兄の・・・いいえ・・・私の答えがそれです。、、、ご迷惑でしょうか?」
「迷惑なことなんて、、、、迷惑なコトなんて おますかいな。けど、、 ホンマによろしいんか?」
「私をあの発禁本の挿し絵にあった女性のようにしていただいてから、これをお読みになって下さい、、、、もし、本当は ご迷惑なのでしたら、今から私が眼を閉じている間に お帰りになってください。。。」
それだけ伝えると 綾乃は何通かの封書をタドコロの前において、両の眼を堅く
閉じて、静かにうつむいた。
ごく、、
シャジュ、スリュ、、ずしっ、、スリュ、、ずしっ
タドコロの畳を踏みしめる音だけが室内に聞こえてくる・・・このまま部屋から
去るのか、それとも、、、、
ウウゥウゥゥゥゥウウウゥゥゥゥゥゥ
、、、、、、ウウウウゥウウゥゥゥゥゥゥウウウウゥゥゥゥ
「敵機来襲〜敵機来襲〜、双発機、単機、湾岸より進入中」
偵察飛行であろうか 何回目かの空襲警報にその足音は掻き消された。
綾乃の方に何かが触れたのを合図のように、その両腕が自然に背後に回った。
自ら創り出した漆黒のベルベットの奥から突き出した「暖かい手」によって綾乃は
次第に上半身の動きを封じられていくが、けしてそれを振りほどこうとはしない。
「うううぅぅぅ、、」
漆黒のベルベットの中から現れた「暖かい手」が操る布が、綾乃 の口に噛まされた
瞬間も彼女は堅く眼を閉じて ただ軽い甘えたような呻きを短く発しただけだった。
やがてその整った鼻をスッポリと蔽う 被せ猿轡を嵌められた時は目元にウッスラと
涙さえ浮かべているように見えた。
上半身から腰、そして膝から足首へと、今、綾乃の全身は 屈強な力で縛められて
いった。それがたとえ邪恋と罵られようと 2人にとっては愛の交情であり愛のカタ
チだった。
カヴオ゛オ゛オ゛オォォォォオオォォォォンンンンンン、、、、、
薄れ行く意識のなすがまま 綾乃は雷鳴のような敵機の爆音が自分に対して
開かれていくパンドラの蓋の音に感じていた。涙など流すはずがない・・・・・
今、その意志は、暖かい手の存在によって、霧のように掻き消されていた。
目隠しをしてもらうべきだった・・・綾乃は思った、そうすれば この涙の防波堤に
なってくれたかも知れないのに・・・・けして自分がミジメで泣くのではない。
強制された訳でもない・・・今、自分のすべてを知った上でなお、自分を愛し
守ってくれる存在が出来た事で綾乃の中で張り詰めていた なにかがフッと解き放たれたのだろう。
・・・・・恐らくは それが綾乃の涙の理由だった・・・・・・・
綾乃は それをタドコロに見られたくなくて そっとタドコロの胸に顔を埋めた。
その綾乃を抱きしめる たくましい腕と心臓の高鳴りが綾乃には 嬉しくも 照れ
くさくもあった。
「あ、、あやの、、さん、、わい、、読んでよろしいんか?、、、ええのやな
、、、この わいで?」
返事するかわりに無言でうなずく綾乃に、タドコロは決心して一通目の封筒を開け
た。
そこには タドコロと六区で買い求めた発禁本のカストリ雑誌、、、今ならば他愛の
無いSM雑誌を見た時の事が書かれいてた。
女性が緊縛され猿轡を嵌められ転がされている稚拙な「挿し絵」を2人で見た瞬間
恐らくタドコロは純粋なサジスチンの血が、そして自分はマゾッホの血が身体に流れているであろう事・・・
だが自分は男性としてではなく、1人の女性として サジスチンの洗礼を受けたいと
いうメンタル面での願望があった事・・・・
だが、時節も時代も、そんな綾乃、、当時は帝国軍人であった皆川良一上飛曹
としては口が裂けても告白する事は出来なかった事・・・
だがタドコロのなりふりかまわぬ自分への思慕に、それまでは頑なに拒否していた
ある機関からの提案を自ら受け入れた事・・・
今の自分はその機関の助言により未だ行方知れずの妹の戸籍と入れ替わった事
など、当時からの気持ちと経緯が綴られていた・・・・
そして、皆川良一と綾乃の願いとして、今夜、この一時を共にしてほしいと言う
願いで その手紙は結ばれていた。読み終えたタドコロの行動は早かった。
「綾乃さん、わし今から許可証、発行してもろてくるさかいな。でも、理由が戦友の妹さんと一泊します。では許可してくれへんやろから、わしの婚約者と一泊するいう事にしますさかい覚悟してや。ええか?今更、、今更、、迷惑やなんて 言わんで、この わしで辛抱してや、、、な、あんさんの気が変わったら嫌やさかい、あんさん 括った縄はそのままでええか?。。。ええな?」
半べそでクシャクシャになりながら、綾乃を抱きしめてそう言うタドコロに綾乃は、ただ何度も何度も大きく頷いて応えた。
=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-
外泊許可証
右の者、下記理由により、本日
4月○日 14:00より
4月◇日 22:00まで
営外外出を認める。
理由
婚約者の面会とその家族に伴ない市中の海軍指定
「吉岡屋旅館」に宿泊の為。
許可者氏名
タドコロ リョウキチ海軍一等兵
帝国海軍○○航空隊 司令長官
○○○ ○○○○
(こんなんで 良いのか?誰か本物を
見た事ある人は教えて下さい。作者)
=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-
タドコロは 面会に来た戦友の妹を撃沈したとかなんとか、散々冷やかされながら
許可証を手にすると、あらかじめ予約しておいたハイヤーに乗ると、吉岡屋旅館に
急いだ。
キキキキィィィィ、、、、
「えらい急かして難儀やったな。釣り銭は いらんさかいな」
そのタドコロの言葉に 我が耳を疑ったのは誰でもない、ハイヤーの運転手だった
ろう。日頃は何人かで乗り合わせてもワリカンか、チャッカリ料金を値切る事で
有名なこの男が、こともあろうに釣り銭はいらない、などとぬかしたのだ・・・
「タドコロさん 毎度どうも。奥様が待ちくたびれておいでですよ。お疲れのご様子
でしたので お床を支度してお休みいただいてますわ。」
「おおき、、、に、、うげ!女将、、、今なんて言うた?」
「ふふふふふ、どうぞ ご安心を。万事心得てます、、、わたし達 ここで働くものも奥様と同じくふふふふふ、、後は言わぬが花とか、、、、さあさあ 花婿さんの お床入りですよー」
タドコロはアッケに取られて女将の顔、、いや眼を見た。その眼の奥には綾乃と
同じ 否、綾乃にはない 静かな哀しみの輝きを宿していた。
「綾乃さんがうらやましいですわ。あなたのような理解者に巡り合えて・・・
どうか大切にしてあげて下さいね。」
「おおきに、、、あんさんも そない器量よしなんやから すぐに わしなんぞより ええ男が行列作りまっせ。おおきに、ほなカミサン待ってるさかい。」
ドタドタドタドタ、ズデッドダ゛゛゛
「あらあら、階段壊すのだけはカンベンしてくださいよ、、、、、
優しいお人、、綾乃さんの男を見る眼は 間違いないわね、、、これからの日本にはあなた達みたいな人が必要になるのよ・・・・・・」
福助伝説:昭和20年(1945)4月<2>
とりあえず<完>っ!
【前へ】
【戻る】