福助伝説:昭和20年(1945)4月<2>(二代目編 完結) 作:硬派 二代目福助
思いもかけない展開にタドコロは、戸惑ってしまった。空襲警報が、警戒警報に変わり、ホッと一安心した時には、すでに彼女の姿はなかった。あの、柔らかな唇の感触と何時の間に入れられたものか一通のメモを残して・・・
そんなことがあってから数日後、タドコロは、外出許可をもらった。まだ、傷は完全には治っていなかったが、何とか飛び立てられるようであれば、腕だろうが、足だろうがなくてもかまわないというところまで戦局は悪化していた。そのため、タドコロにもついに、命令がおりたのだ。
タドコロは、いつの間にか彼の左のポケットに入っていた紙切れの事が気になり、最後の外出になるであろうこの時をその事に使うことにしたのだ。その紙切れに書かれた筆跡は、確かに戦友の皆川のものだった。
『今の戦局からすると貴様への特攻指令は近いうちに出るだろう。そのときは、
必ず最後の外出許可をもらい須崎の遊郭・のぞみ楼の綾乃を名指せ。妹の綾乃だ。決して悪いようにはならない筈だ。』
夢も望みも たたれた男が最後に行く先が『のぞみ楼』とは、神様もきつい洒落がお好きなようだ。それにあの綾乃さんが遊郭にいるとは、タドコロにはどうしても信じられなかった。
タドコロは部隊より 列車で1時間ほどのところにある須崎遊郭の『のぞみ楼』に入った。そして、中年の おしろいののりの悪い女に案内された部屋には、一人の女が待っていた。
薄い肌襦袢姿で布団の上に正座している姿は、夫を静かに待つ初夜の新妻のようであった。
「あ、ああ 綾乃はん。」
「どうぞ綾乃とお呼びください。どちらにしても、これが あなたに抱かれる最後の夜ですもの。どうか、あなたの思い出をこの身体に刻み込んでください。」
「あ、あ、あやの。」
タドコロは、優しく綾乃を抱きしめるとその愛らしい唇に口づけをした。そして、そっと布団の上に横たえると、着ていた服を脱ぎ、ふんどし姿になると、綾乃とともに布団の中へと入っていった。綾乃はタドコロに抱かれながら涙を流した。
「どないしたんや。やっぱり わしとじゃ、いやなんか。」
「いいえ、、、、ずっと ずっと前からこうなりたかったの。だからうれしくって。
でもコレが最後かと思うと・・・」
「綾乃。」
タドコロは、か細い綾乃の身体を強く抱きしめた。そして、二人は静かに結ばれた。
そんな逢瀬がくりひろげられている「のぞみ楼」の入り口を無言でにらみ付ける人影があった。それはかなりの時間そこに立っていたが、ついに痺れを切らせたのか、のぞみ楼の中へと入って来た。腰に下げた軍刀を これみよがしに がちゃつかせる高慢ちきな男は そのままの態度で、いきなり 怒鳴り上げた。
「誰かある。ワシは、○○派遣所の武田憲兵上等兵である。先ほどここに入った海軍の兵は何処にいる。」
「はあ はあ、おいでやす。はあ 海軍さんでっか。その方でしたら、なんや表が物騒そうだから ゆわはりまして、店を通り抜けて裏から出て行かれました。」
応対に出た女将らしい中年のこざっぱりした女が答えた。
「何!出ていっただと。くそっ それはいつの事だ。」
「へえ、もう2時間ほど前とちゃうやろか。ねえ、民ちゃん。」
女将は たまたま通りすがった まだ乳臭そうな真っ赤のほっぺたをした絣姿の少女に聞いた。
「へえ、そうだす。それくらいなります。おらが、女将さんに仕事を言い付かって・・・・」
「そういや、あんた。いつけたことは終わったんか。」
「いえ、、あの、、まだ。」
「ほんま愚図な子やなあ。さっさとしいや。おてんとうさんが、沈んで まいますがな。」
「へえ、すみません。」
そんな二人の会話にあきれた憲兵は血相を変えて裏口から外へと飛び出していったが、すぐに戻ってくると女将に聞いた。
「そいつはどっちに行った。」
「へえ、右の方に行きはりました。」
「そうか。」
それだけ言うとまた飛び出していった。
「まあ、なんだいありゃ。最近の憲兵の質の悪い事。礼ぐらい言っていけってえの。ふん胸糞悪い。ちょいと民ちゃん。塩撒いとくれ、塩!それと、3階の二人に20分立ったら例のところに行くように そういっとくれ。」
「ぷっ、それにしても民ちゃん。あんたのお芝居 うまかったよ。」
「ありがとうございます。」
二人は顔を見合わせると 意味ありげに にやりと笑った。
それから30分後、夕闇に隠れて のぞみ楼の裏口から二つの人影が出て行った。二つの影はどちらとも少女だったが、一つはかなりの大柄だった。だが間違い
なく幼い顔をした少女だった。その人影は沈み行く夕日の中に消えていった。
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4月未明
帝国海軍○○航空隊所属 タドコロリョウキチ海軍一等兵ハ、□□地区ヘノ突然ノ敵機ノ爆撃ニヨリ多大ナル被害ヲ出シタル爆心地ニオイテ目撃サレタノヲ最後ニ ソノ消息ヲタチ、現在ニイタルモ原隊ヘノ帰還ヲ確認シテイナイ。同人及ビ当時同伴イタシタル婦女子トモドモ 同爆撃ニヨリ死亡イタシタルモノト思ワレル。
○○憲兵隊派遣所所属 武田勘吉上等兵報告。
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「どう、新しい姿に少しは慣れた?」
「はぁ慣れたか言われても、なんや風呂使っても照れくさくて・・・これやったら変わりとちゃいますんか・・・」
今2人のいる場所は とりあえが地図の上では学校である。先の空襲で兵舎と間違われたのか、かなりの空爆を受け 生徒や教員に半数以上の死傷者の出た女学校の医務室に長い髪を束ねる事もなく たらし、白衣を着たメガネの美人女医と髪を三つ網にして両肩にたらした大人しそうな女学生が向かい合って坐っていた。
「さあ、その寝台の上に横になって、上着は脱いでね。」
その少女は言われるままに上に着ていたセーラー服を脱ぐと、肌着姿で寝台の上に横になった。
「先生。」
「なあに。」
「先生には ほんまに感謝してますけどな。これは ないんとちゃいますの。」
「まあ、なぁに女の子なのに ひどい言葉遣い。すぐに直しなさいね。もうあなたは
女の子なのですよ。」
「せやけど・・・」
「せやけど じゃありません。なおしなさい。さあ、もんぺを脱いで、下着はその
ままでいいわよ。」
女医は、手際良く 少女の もんぺを脱がせると しみしみと少女の姿を見つめた。
「どう見ても女の子ね。これで安心だわ。」
そういいながら、女医は、少女の身体を下着の上から撫で回した。膨らみかけた
胸や、うっすらと隠れ始めた花園をなぞられた少女は その白い頬を羞恥で赤らめ
ていた。
「先生のいけず、もうやめ・やめて・・・」
「あら感じるの。ふーん、思った以上の性能ね。これなら大丈夫でしょうね。
さあ、服を着てもいいわよ。」
少女は起き出すと、今脱いだもんぺやセーラー服を着ながら女医をにらんでいた。
「先生の淫乱。」
「あら失礼ね、あなたの身体を調べただけなのに淫乱ですって、あなたもとの姿に
戻りたいの。」
少女は、女医をにらみながらも、首を横に振った。
「一度捨てた命を拾ったのだから、また捨てられはしません。もう、先生のいけづ。」
「ほほほ、すっかり同化しているからもう戻す事はできないけどね。さてと、田所絵美子さん。あなたはもういいわ。
つぎは・・・あなたのお兄様の婚約者、、だった皆川綾乃さん・・・(おしい人を無くしたわね)の妹さんの亜紀美さんを呼んで頂戴。おねがいね。」
少女は頷くと医務室を出て行った。そして、入替りに別の少女が部屋に入って来た。
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「またも特攻の者が事故死した。調査の方はどうなっておる。」
「は、今回は憲兵の目撃者もおり、間違いはないかと思われます。」
「思われます?そうではなくて、なぜこう事故が多いかと聞いておるのだ。敵国の
我が軍への撹乱作戦ではないのか。」
「それはありえないかと・・・」
「なにを言う。奴らは我が軍の特攻を恐れておるのだぞ。」
「はい、ただし、超重量の爆弾を抱えての特攻ですので、俊敏性に欠け、敵に狙い
撃ちにされ、思うような効果は見られておりません。」
「ふん、そんな事がなんだ。いいか!この作戦は続けることに意味があるのだ。日本人は命をも捨てて戦ってくる恐ろしい民族だということが敵国兵士に浸透すれば、日本兵を見ただけで恐れ、戦意を喪失するに違いない。そのときこそが、我が軍の報復の時である。」
「はあ。」
力説する将校を尻目に士官はため息をついた。資源が欠乏しているこの国で、
なぜに特攻などという資源の損失を加速させる作戦を立てなければならないのか。彼にはどうしてもわからなかった。そして、それが、この戦局の打開に繋がるとも思えなかった。
この作戦の真意を知るものはごく少数だった。この作戦の本当に意味を知ることなく散っていった者達は 不謹慎な言い方だが むしろ幸せだったというべきかもしれない。
赤坂・梅香亭。
大本営の士官及び軍需企業の御用達の料亭で、米もなく、芋さえも手に入りにくくなったこの時期に銀シャリはおろか、いかなる食材も代用品ではなく、本物が食べられるのは軍閥の力というものだろう。
(実際、国民が食料に困窮し 飢え死にする者さえ出そうな状況下で、余った食べ物を捨てるようなところがあったそうだ。)
その高級料亭の一室で三人の人物が密会をしていた。
「今回の事を陸軍の方はどう見ているのだ。」
濃紺の海軍の将校の制服を着た恰幅のいい男が 向かいのカーキ色の陸軍の将校の制服を着た男に聞いた。
「誰かの策謀とも考えられるから情報部に秘密裏に調査させておる。海軍の方はどうなのだ。」
「我が方も同じだ。それよりも今回の事は外部にはばれておらぬだろうな。」
「そのへんはだいじょうぶ。軍令部でもこの作戦の本質を知る物はおらん。」
私服の男がそう答えた。
「我が陸軍もそうだ。」
「海軍もだ。ところで状況はどうだ。」
「持って、あと数ヶ月というところだろう。こちらから条件をつけてというのは無理だろう。」
「となると、無条件降伏か。そうなると我らは・・・」
「戦争犯罪人として裁かれるな。」
「我等が、生き残るためには、我らの存在価値を上げるしかない。」
「そのためには、若者が邪魔だ。」
「それに、まだまだワシらがこの国を引っ張っていかねば崩壊してしまう。」
「まったく、まだまだ死ぬに死ねんわ。」
「わははははは。」
彼らは、声を合わせて笑い出した。
この料亭の奥にある一室で、50余名の少女達が息を殺してスピーカーから聞こえてくる声に聞き入っていた。
「どう、あなた方の特攻に真の意味がおわかりになった。こんな老人達の権力と生命維持のための人身御供なのよ。」
密会に使われた部屋に仕掛けられた盗聴マイクから入ってくる彼らの会話を聞きながら、そこに集まった50余名の少女達は互いに顔を見合わせて、何かを決意した目に変わっていった。
密談もひと段落つくと、彼らは女将を呼んで、華を咲かせるように言った。だがもしここに、あの憲兵隊の上等兵がいたなら 心底驚いたであろう。その女将の顔は、あるところの女将にそっくりな事に・・・
「こんばんは。」
「おこんばんは。」
「こんばんは。」
五〜六人の若い芸者と三味線の姐さんに、続いて軽佻浮薄を丸出しにした たいこ持ちが入ってきたが、哀れ 男など不要と言う事か、たいこ持ちだけは追い返えされてしまった。へらへら顔で 戻って行く たいこ持ちの表情は廊下に出ると別人のように変わり、聞こえぬ程度の小声で 捨てセリフをつぶやいていった。
「ふん、せいぜいケツのあなのけをむしられるがいいや。お前達が殺そうとした
奴らにな。」
彼が出て行くと同時に その場は酒池肉林と化した。厚顔無恥を丸出しにして、娘ほどの年齢の若い芸者の胸を掴んだり、はげた頭を叩かれて、顔を真っ赤にしてテレ笑いするこんなじじいたちの姿を見て、誰が この連中が大日本帝国軍の中枢をになっている将校たちだと思うだろう。
やがて、彼らは思い思いに芸者をつれて、各自の準備された寝室へと消えていった。
おや?さっきの たいこ持ちが何か言っているぞ。
ふう・・・こいつらのバカさ加減、いいたかねえんだけどよ、これを読んでいる人には大体の察しは着いているとは思うけどよ。まあ聞きねえ。
海軍のボケ親父は、芸者達に身体を縛らせ、鞭を打たせていた。亀甲縛りをしてもらって、ひざを尽き、背を向けて彼女達の鞭を哀願するのだ。
「お姉さま、どうぞ、悪いぼくを折檻してください。ぼくは悪い子です。おねがい。」
けっ、胸くその悪い。尋常小学校の幼年生の様な声を上げて叫ぶその姿は、かわいいというよりもかなり不気味なものだった。
陸軍のすけべも負けちゃいねえぜ。こいつは、ふんどし一つになると四つんばいになり、自分の尻の穴に軍刀の鞘を突っ込ませては、出したり引いたりの前後運動をさせて、快感の悲鳴をあげていた。
ただ1人だけは違った。私服の男、軍令部の奴は、芸者に酌をさせて、ただ飲んでいるだけなんだ。何もいわずただ黙々と飲んでいる その男の姿は無気味なものがあった。
「あらぁ、こちらの大佐様。ただ飲んでいるだけでよろしいのですか。」
「ああ、わたしは得体の知れない者と寝るほど愚かではないからね。」
「でも、そうして お酒を飲まれて・・・。」
「そう、ここで こうしていればお前の動きがおかしい時にはすぐにわかるからな。」
そう言われ、芸者の顔色が変わった。この男には気づかれていたのだ。
「いいか 女!貴様が何者かは知らないが、こうしている間にも、わたしの手配した
者が すでに ここを囲んでいるとは思わないのかい。ふっ、、」
軍令部の大佐はその冷たい目に笑いを浮かべた。作戦は失敗していたのだ。すでに彼女達は 建物ごと取り囲まれてしまったのだ。
「錨と星のバカどもにはここで消えていただく。これ以上いられたらこっちの身が
危ないからな。お前達は実にいい時にきてくれたものだよ。」
彼は完全に彼女達を利用する自分の計画に溺れていた。だがもし彼が もっと冷静に状況を把握していたら、彼の手配した者達がいまだに店にあがってこない事に気づいただろうに。だが、「策士策におぼれる」の言葉どおり、彼も自分の策に溺れていた。
彼の背後にあった掛け軸が音もなく そっと上がって、吹き矢が飛び出し、この男につぼに刺さった。男は、声も立てずにその場に倒れてしまった。
「おそかったじゃない。心配したのだから。」
「ごめんごめん。真打はいいところで登場するものよ。さあ、始めましょう。」
掛け軸の後には いつの間に空いたのか ぽっかりと穴があいていた。そこから、黒装束の者が数人出てくると、気を失った軍令部の大佐を担いで、またその穴の中に消えていった。そして それは他の部屋でも同じように起こっていた。海軍は、縛られたままに連れ去られ、陸軍は、軍刀の鞘を決の穴に尻尾に様にさしたまま連れ去られた。彼らを連れ去る一群の胸は 水蜜桃のように膨らんでいた。
こうして、三人は何処ともなく闇の中を連れ去られていった。
翌朝、ある航空隊に 突然の特攻命令がおりた。飛び立つのは零戦4機のみで、その一機は 残り3機の道案内を兼ねた戦果確認機だった。急な出撃を示すように その零戦の垂直尾翼の所属番号も塗装もまちまちだったが 最悪な戦時下のでもあり
そんな事を気にする余裕など誰にもなかった。
かなり早朝より準備していたのか特攻する3機のパイロットはすでに機乗していた。死を恐れないのか、彼らは一様に無口で顔色一つ変えていなかった。午前8時過ぎに4機の零戦は 航空隊を飛び立ち、正午過ぎには、案内役の一機だけが戻ってきた。
それを、柵の外から見ている者たちがいた。それはうら若き女学生の集団だった。
「これで彼らも英霊ね。」
「自分達の作戦で死ねたのだから本望でしょうね。」
「さあ、帰りましょうか。」
彼女達はぞろぞろと その場を去っていった。
ここで、少し説明を加える野暮をお許しいただきたい。
若い芸者達に連れ去られた将校たちはあれから いったいどうなったのか。
その事である。彼らはその手を後ろ手に縛られ、その上から「偽の腕」の付いた
飛行服に着せられていた。(手を焼いたのは 醜く出ていた腹だったが 数人がかりで
さらしできつく締め付ける事でなんとかした。
「偽の手」はしっかりと操縦桿を握りしめていたのだが、彼らの口の中には彼ら
自身の愛用していた ふんどしを突っ込まれ、その上に蝋細工の精巧な仮面を被せ
た上から飛行帽と白いマフラーで隠られ、話すことが出来ないようにさせられていたのだ。
彼らが乗座させられたのは けして遊覧飛行の為の民間機などではなかった。
それは遠隔操作の可能なように改造された特攻機であり、彼らの意志とは無関係に出撃を待っていたのだ。もちろん、案内役の零戦は 彼女達の仲間が乗っていたのだ。
こうして、将校たちは自分達の立てた作戦を体験する事となった。
だが、この無意味な作戦は、8月15日の最後の出撃まで続けられた。
「これからどうするの。」
50余名の女学生を前にして、女医が聞いた。
「しきしま先生やDr.ハインリッヒがわたしたちの為にしてくださったことは
わかっています。でも、私たちは こうして女性に生まれ変わってしまいました。
これからどうするかは、よく考えたつもりです。」
「ワタシタチハ、方法ヲ間違ッテイタノカモシレマセン。アナタタチニ未来ヲ託シタツモリデ 新シイ困難ヲ与エテシマッタノデスカラ。」
どう見ても日本人としか見えない女医の助手らしき若い女性が 片言の日本語で言った。
「いいえ、死から救っていただいたことは感謝しています。」
「でも、まさか、これが それ程強力なものとは思わなかったのは完全に わたしたちのミスよ。あなたたちの男としての未来を摘み取ってしまったのだから。」
「ですが、人間としての未来は救っていただきました。」
別の女学生がそう答えた。
読者の諸君は もうお気づきであろう。
彼女達こそ特攻で若い命を失うはずであった若者達の今の姿だった。特攻を良しとしない軍の仲間たちの協力で彼らの命を救うことはできた。しかし、男のままの姿では怪しまれるので、仮の姿として、今の姿に一時的にするはずであったのだが、第一次世界大戦で培われた義眼、義鼻、義顔などの形成術をすすめたのが、彼らを女性の姿にした身体形成術であった。
Uボートによって持ち込まれた新生ドイツで培われた医学によって造られた代用細胞により作られた人工容姿。これによって一時的に彼らの姿を変えるともりだった。それに女の姿にすれば怪しまれる事もないと考えたのだが、この細胞はよくできすぎて、彼らの体と一体化してしまい、彼らの容姿を女性に変えてしまった。そのうえ、彼らの体内もそれに作り変えてしまった。
こうして、彼らは女性として生まれ変わってしまったのだ。シキシマ博士やDr.ハインリッヒは、彼らを元に戻そうと必死で努力したが、時すでに遅く、彼らも
偽装のためにつけていた姿に変わってしまっていた。彼らは、これからの時代を
異性として生きていく事になってしまったのだ。
「先生、これからの人たちも私たちと同じになってしまうのですか。」
「いえ、なんとか同化を防ぐ薬を作ったし、性能を落としたからそんなことはないはずよ。」
「それで安心しました。それでは皆さん。仕事に掛かりましょう。」
彼女達はそう言うと元気よく医務室を出て行った。
「ハインリッヒ・・・これで本当によかったのかしら。」
「ソレコソ神ノミゾ知ルヨ。シキシマ。」
「あら、わたしは、柏木よ。柏木睦美。忘れないでね、ハインリッヒ。」
「アナタコソ、ワタシハ怪人福美(カイト・フクミ)ヨ。」
「ぷっふふふふふふふふ」
「はははははははははははは」
二人は、おかしくなり腹のそこから笑った。それは久しぶりの笑いであった。
余談だが、その後 彼らがどんな生活を送ったか一部分だが お知らせしておこう。
これからどうするか話し合った結果、普通の幸せを求めて、一人の女として生きるものや、女としての可能性に挑戦するものを除き、田所絵美子と、皆川亜紀美は、残った仲間を誘って東京と、大阪、広島、長崎に孤児院を設立した。
そこで、特攻していった仲間の遺児や戦争によって肉親を無くした子供達の母になることにした。小高い丘の上に洋風の赤い屋根の孤児院を立て、仲間たちと色んな仕事をしながら子供達を育てていった。だが無理がたたり、仲間たちは次々に亡くなっていった。しかし朝鮮戦争の後、発展を続けてきた日本は、オリンピックでその花を咲かせた。そして、それはだが、新たな戦争の幕開けでもあった。交通戦争という日本人同士の殺し合いの・・・
孤児院は、新たな戦争の孤児たちを受け入れた。そして、彼女達が育てていった子供達があとを継ぎ、孤児院は存続していった。
昭和45年、変貌を続ける日本を見ながら田所絵美子は、この世を去った。
いまわのきわ、彼女は 枕元に皆川亜紀美葉を呼びこう言った。
「どんな姿になろうともあなたと一緒に暮らせて幸せだったわ。ありがとう。
子供達をよろしくね。」
それが、最後の言葉だった。
それからさらに19年の歳月が流れ、皆川亜紀美葉も その生涯を閉じようとしていた。それは、あのめまぐるしい昭和の終わりでもあった。
彼女の枕もとに集まった孤児院出身の者たちや ここにいる子供達を見廻しながら、彼女はこう言った。
「ゴメンナサイ。私たちの力が及ばなかったためにあなたたちを孤児にし、死んでいった戦友たちに託されたのに、こんな国にしかできなかったわたしを許して・・・」
そう言うと、彼女は涙をためながら息を引き取った。誰もみな、自分が生きるだけで精一杯だった時代に、自分達だけが生き残った罪悪感からか自らを犠牲にしてきた最後の一人の心からの叫びだった。
その日、以前からの懸案だった基金が発足した。決して誉められようとも尊敬
され様ともせず、ただひたすらに遺児たちの育成だけを願ってきた母たちへの思い
を込めて その基金に 名は特につけられなかった。
そして、それは今では世界中に広がっていた。名もない雑草のように・・・・
さて、これでこの物語のペンを置こうと思う。この物語の中で筆者は 先代との関係を明確に知ることはできなかった。ただ、彼(もしくは彼女)が、日本人だとはまだ断定できない。なぜなら、誰も怪人福助の素顔を見たことがないからだ。そして
怪人 福助が1人だけだと断定する事も出来ない。
彼は もしかしたら、あなたの近くの誰か かもしれませんよ。
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