福助伝説:昭和20年(1945)4月<3>(福助二世版)
グゥユンゴォグォンオングォンガタタンガタタン
ガタタンガタタンガタタン、ブオオォォオォォオオオオオォォォ
カタッカタッカタッカタ、カタ、カタ、カタカタカタカタカタカタカタ
乗客の80%が航空隊の関係者という軍事路線の駅から ごく至近にあった その
旅館は列車の起動を受けとめて 小刻みに振動した。だがその列車が走り去った後
も小刻みな振動を続ける客室があった。
「んふぅぅぅぅんん・・んうぅんふっ・・・」
現代の防音やプライバシーを重視したホテルなど、帝都の一部を除けば、まだ当時の日本には少ない。その代わり その乳児のむずがるような音・・・声は薄い障子を超えて廊下にまで漏れてくるが、それをとがめだてする者は誰もいない。
「わしは なんや嬉しいけど、ほんまに痛いコトないのんか?」
「・・・・・」
睦言にしては 色気がないが、その光景には妖艶ですらあっただろう、その寝床の布
団に横たわる燃える炎のような真っ赤な肌襦袢の女性は、何本もの麻縄で手足から
全身までを念入りに括られ、紅をさした唇には、豆絞りの手ぬぐいでしっかりと猿轡が噛まされていたのだから。。。
それが強制や監禁によるものでないのは、そうされている女性自らが男性に寄添い、その男性からの質問に、首を横に振って寄添っていることでも理解できる。そしてなにより、2人は幸せそうに見えた。
その幸せは やがて静かな寝息となって室内に充満していった。
ついっつつつつつつつつっ、、、すさっ
漆黒があたりを飲み込んだ頃、音もなく廊下側の障子が開くと 影が流れ込んだ。
「・・・綾乃さん、もしかしたら彼には説明してへんの?今やったら まだ間に合う
けれどどないする?、それほどいて薬品のシャワーを浴びたらまだ 充分間に合うんよ。どうする?そのくくられてる縄、解こか?」
鈴を転がすような可愛い声が闇に這った。寝床の中で男の腕枕で添い寝していた緊縛の女性は 黙って首を横に振って その言葉に応えた。
「彼 ぐっすり寝てはる・・・・ほな良えんやね?・・・・ホンマに それで
良えんやね?」
寝床に横たわる女性は、静かにうなづくと堅く眼を閉じた。
影はその女性の意志を確認すると 来た時と同じように音もなく廊下の闇に溶け込ん
で行った。
「・・・・なぁ?あんさん?」
「ふ!ふくうっ?」
「悪いけど聞こえてしもたんや。ちょこっと猿轡 取るで、、、」
「ふう、、、、、起きてらしたんですか、、、」
「ふむ、わしな外見はモッサリしとって、なんやトロ臭いかしれんけど これでも
軍人の端くれやからなぁ、変な気配がしたさかい こそ泥か思ったけど なんや様子が違うやろ、せやから 知らんぷりしとったんや。」
「そうでしたの、、、ごめんなさい、、、」
「そんな謝るコトはないけど、せやけど何なんや?まだ間に合うとかなんとか、
綾乃はん、、ほんまは わしなんかやのうて、もっと良い男衆はんがいてるんやったら こないな夜を過ごせただけで充分や。わし我慢するで。せやから遠慮のう 言ってくれたらええ。」
「ううん、そんな事、、私の心の中には貴方しかいません、、そんな事じゃないんです、、あっ!あ、、熱い、、うっうっうっ、、始まった、、、のね、、、あっ身体が燃えるよう、、」
「ど、、どないしたんや?具合が悪いんか、、医者呼んでもらおか?」
「良いんです、、なんでもないの、、、それよりお願いです。わたしにもう一度
何重にも堅く猿轡を嵌めて下さい、、そして抱きしめて、、、説明はその後で、、あっ、、、ああああ、早く、、、」
「ホンマに どないもないんやな!、、ほら 口くくったるけど、、」
「早く!ハヤクしてっ・・・・ふぐっふっふぐ、、うっうっうっうっうっうううううう」
室内におぼろげな光を投げ込むべき月は上弦に欠けて、その先端は獲物を噛み砕く牙のように鋭く尖っていた。そんな 頼りない光の中、タドコロは信じられないものを見た。
「あっはぅっ、はっうっうっうっうううううう、ふぅうぅぅふふうう、、
はぁうううぅぅんんんんん」
タドコロは我が眼を疑うと同時に、背筋に冷たいものが走った。皆川良一いや、
今は綾乃の全身が月光を吸収したかのように最初は女體の輪郭部が、それから次第に青白く光始めたのだ。それはまるで 綾乃の女體から魂が昇華してゆくかのように猿轡の奥から鳴咽を漏らし始めた。タドコロには そんな綾乃が天に帰らんとする かぐや姫のようにさえ見えた。
「ひ、、光ってる、、、なんちゅう こっちゃ・・・・」
「ふむん、、おっふおぉおおお、ふくううっっ、、うふん、こふぁっふ」
「あ、、、あかん!綾乃、、、死んだらあかんで、、、離さへん、お前はどこにも行かせへん、、、、?・・」
「くふううぅぅぅ、、おふぉっくうううううぅぅ」
「あ、熱い!なんでや?なんで こないに身体が熱いんや?、、、死ぬんとちゃう
やろな、、なぁ死ぬんとちゃうやろ。あかんで、わし1人残して死んだらあかん。綾乃はんでも皆川でもどっちゃでもかまへんさかい、、、死んだらあかんんんん!!!!」
タドコロは叫んだ。喉が切れて血が出そうな程、タドコロは綾乃を強く抱きしめて叫んだ。そしてタドコロは自分の腕に伝わってくる不思議な感触に気がついた。その感触は他の何からでもない綾乃から発せられていた。
きしゆゆゅゅゅゅゅゅゅ、、ひゅおううぅぅぅぅぅぅぅぅぅ
みっみっみっみっみっみりみりみりみりみり、きしゅゅゅゅゆゆゅゅゅ、、、、、
「あふっ、うっくっふうううぅぅぅぅぅぅ、、、、、、、」
タドコロの腕に伝わるその感触はいったい何に例えたら良いのだろう、縮むでもな
い、しぼむというのでもない。ただ発熱を伴なった不思議な感触がタドコロに伝わる度に、猿轡に封印された綾乃の口から呻き声が漏れた。何かが、何かの変化が、綾乃の女體に起こっているのだが、タドコロにはそれが何なのか知る術もなかった。
「おいっ!どないなっとんのや?、、、おい、あ や の、、、、」
「・・・始まっているのです。化学代謝による光合成反応が・・・」
「だ!誰や?あんさん、、、何時の間に!、、、」
「しっ、どうかお静かに。タドコロさん、、あんたさんの敵ではおまへんよって。あえて言うなら 少し前までは タドコロはんや皆川はん、、いや今は綾乃さんでしたわな。お2人と同じ立場でしたんや・・・・ただし靖国神社に奉られる資格はおまへんげどな・・・」
「?ん、、、わしらと同じ立場・・・そない言うたら・・・・」
「しっ!くわしい話は後にしまひょ。今は見守って抱きしめてやっとくなはれ。
綾乃さんはタドコロはんの為に命をかけてはるんやさかい・・・・その化学反応の発光と発熱に耐えられるんは かなりの精神力が必要なんです・・・例えば殿方への愛とか・・・・」
みりみりみりみりみり、きしゅゅゅゅゆゆゅゅゅ、、、、、
ふうううぅぅぅんんんんん、あっあああああああああああああああぁぁぁぁぁんん
んん
時に その白く細い喉をそらせて のけぞり、時に電流でも身体に流されたかのように痙攣する綾乃は、まるで姿なき暴漢に陵辱されつづけているようにもタドコロには見えた。タドコロは一瞬 姿なき暴漢に嫉妬を感じる自分と直面してとまどって
さえいた。
きしゅゅゅゅ、、、みりみりみりみりみり、ぎぎゆゆゅゅゅ、、、、、
あっあああああああああああああああぁぁぁぁぁんんんん
身体中の骨がきしむような音とともに、綾乃の全身が妖しく光った直後、綾乃は獣の雄たけびのような 叫び声をあげてタドコロの腕に全身をあずけた・・・失神したのか・・・タドコロは慌てて綾乃の猿轡を取り去り、全身をいましめていた荒縄を解いた。その全身は不思議な事にあれほどの高熱を発したというのに汗ひとつかいていない。
やがて発光が弱まるにつれて、熱が下がり始めたのをタドコロは感じた。綾乃の口からの吐息を確認して、タドコロは大きく安堵の溜め息をついていた。
「おふっ、、タ・・・タドコロさん、、、」
「おお、気ぃついたんか。そのまんまで寝ていたらええ、、気ぃついてくれたか、、うんうん」
「タドコロさん、、、私、、、」
「あせって今すぐ、何言うコトないて、ゆっくりと休んだらええがな。冷たいサイ
ダーでももらおか。そや、そないしよ、なぁ!さっきから そこにいてはるお人、冷えたサイダー持って来てくれへんやろか。色々聞きたいコトもあるよって」
「ぷっ、ふふふふふ 腹の据わった お人ですなぁ、綾乃さん、人を見る眼は間違いないようで安心しました。」
「ん?その声はどこかで聞いたような、、、なんや あんさん ここの旅館の女将やんか。そないな忍者みたいな黒装束 あつらえて こら一体 どういうこっちゃのん?」
「そうですなぁ、綾乃さんがそこまで信じたお方やさかい、何もかも お話しましょ
か。実は・・・・」
ここから先の話はすでに、二代目がしてくれたものと一部 重複するかも知れない事
をお許し願いたい。女将はタドコロに洗いざらい 告白してくれたのだ。
「最初、この計画は無能な軍上層部の大量虐殺に近い 特攻作戦を食い止める目的で
始められたのです。ドイツの科学者と日本の科学者の協力によって、男性の肉体を外観上は女性に変える、それは一時的なつもりでいました。」
「ふむ、それで 皆川も・・・・なるほど」
「そうです。出撃前の外出、と言うギリギリの時しか この計画は発動できなかっ
た。不慮の事故によって死亡してもらった 彼らは一時的に女性として この世界に溶け込んで 軍令部が あの特攻の無意味さに気がついてくれたら 原隊に復帰する予定でいたのですが・・・・」
「上は諦めるどころか意固地になったちゅう訳やな。せやけど ようも都合よく女性
の戸籍があったもんやな。」
「役場によっては町長自身が この計画に理解を示してくれていましたし、この戦乱
の渦中、死亡届を受理し忘れたところで何の疑問もありはしませんでしたので・・
・」
「なるほど、つまり 完全に入れ替わったっちゅうコトやな・・・せやけど、そした
ら女将も、そこに ちんまりと座ってはる女中はんも そうなんかい。やっぱり さっ
きみたいにピカーっと光って、身体が熱うなったんか?」
「いえ、あれは・・・・」
「綾乃さんが言いにくいなら うちが説明しまひょ。綾乃さんはタドコロはんの負担
になったらアカン思って何も言わへんかったんやろけどな・・・・さっきも少し話しましたけど あれは特別な場合なんです。あの発光と発熱は この特種フィルムの女性を着ているだけではおきません。でも・・・」
「でも?」
「この特種フィルムは一定時間以上、肌に着けているとその人間の皮膚と同化し、計算外のホルモン作用も手伝って・・・」
「手伝って・・・どないなんねん?、、ま、、まさか皮膚呼吸が出来んようになって死ぬなんちゅう事は・・・」
「安心して下さい。生死への影響は心配ないのです。ですが その代わり、表面の女
性の皮膚はそのまま着ている男性の皮膚となり、胸や性器などにも大きく影響するのです。つまり 男性に戻りたかったら、さっきの発光と発熱をする前に この特種フィルムを脱がないと・・・」
「なんやて・・・・・それじゃ あの発光や熱は・・・・」
「皆川良一が この世の中から完全に消え去った瞬間なのです。彼がタドコロはんに
前もって相談せんかったのは、相談したら その瞬間から あなたの重荷になってしまうと、そう判断しての事なのだと思います。そうなんやろ 綾乃はん?」
「・・・・・はい・・・こんなハンディキャップだけを持った怪物、、このような戦時下であるからまだしも、平和が帰って来たら ・・・・」
「あほ、、何 水臭い事 言うてんねん。何が 怪物やねん。こんな わしの為に、、こんな わしみたいなもんの為に、、、勝手言わしてもらうけど、かえって こないな事でもなかったらこんなペッピンはん 堂々と嫁はんに出来へん。わしにしたら 好都合やないかい。」
「え?・・・あっ、、今 なんて・・・・」
綾乃は発熱の後遺症で自分の耳が どうかなったのかと そう思った。だが!嫁はん・・・・今タドコロは たしかに そう言ったのだ。
「やかまし!ええか おまはん 今になって こんなどん臭い男 イヤヤなんて言うたらアカンよ。ええか綾乃はん、こんなしょうもない男やけど 我慢してや。ええな!約束やで!明日あんさんを わしの難波の実家に連れて行く。あんさんは何も心配せんと そこにいて わしの帰りを待っていてくれたらええ。」
無表情で その会話を聞いていた 旅館の女将はそっと横を向いて目頭を押さえた。
彼方から最終列車の汽笛が響いて来た。
ブオオオォォォォォオオオォォォ、、ピーーーーーーーー
カタッカタッカタッカタ、カタ、カタ、カタカタカタカタカタカタカタ
グゥユンゴォグォンオングォンガタタンガタタン
ガタタンガタタンガタタン、ブオオォォオォォオオオオオォォォ
ガルンン、カルルルル、カラッカロッパラパラパラパラ
ブロロロロロッ、ブロブロブロブロロロロロロロ
車輪留 はずせーーーー
沖縄に集結中の敵機動部隊に向けて発進する特別攻撃隊に対し敬礼ぃぃぃぃい!、
帽ふれぃ!!!!
タドコロ小隊長 ばんざあぁぁぁいいいいい
ガルルルルルっゴゥ゛ゥゥゥウウン、バルバルゥ゛ヴヴヴーーーーーーン
ブロロロロロッ、ブロブロブロブロロロロロロロ
ガルンン、カルルルル、カラッカロッパラパラパラパラ
ブロロロロロッ、ブロブロブロブロロロロロロロ
ガルルルルルっゴゥ゛ゥゥゥウウン、バルバルゥ゛ヴヴヴーーーーーーン
片道分だけの燃料、軽量化の為、台座からザックリと取り払らわれた翼内の
20mm機銃、もはや「戦闘機」ではない、不思議な空を飛ぶだけの棺・・・
それですら たった数機しかない その一機の機上にタドコロの姿があった。
ぐうおうぅぅぅううううぅぅぅうんんんんん
クオオオォォォォオオオォォォオオォォォン、、、、、、、
カヴオ゛オ゛オ゛オォォォォオオォォォォンンンンンン、、、、、
「敵機来襲〜敵機来襲〜、敵艦載機、数機、湾岸より進入中」
≪離陸中止、離陸戦中止、敵艦載機、数機、湾岸より進入、、、
特別攻撃機はただちに着陸して 空中退避せよ。くりかえす!・・・・・≫
≪我、神風の支援を得て、ただちに敵機の迎撃に向う。以上≫
「よせ!やめろ やめるんだ、タドコロッ!貴様の零戦に機銃は・・・・」
≪どうせ特攻、体当たりも覚悟っ!≫
ぐうおうぅぅぅううううぅぅぅうんんんんん
海上に出ようとする数機の零戦、、だが彼らの機体に20mm機銃はおろか7,7mm機銃すら装備されていない。すでに爆弾を捨てた4機の零戦に襲いかかるのは、バリバリに整備された アメリカ海軍を示す「ブルーの戦闘機群」だった。それは もはや戦闘などと呼べるシロモノではなく、ただ一方的な殺戮でしかない。
それでもタドコロ達は、必死で舞い上がろうとした、理屈や命令ではない 守る者の
為に・・・
ギュワヴウオオオォォォォォォンンンン
ラタタタ、、、ラタタタタタタタタ、バリバリバリバリバリバリ、
グゥワルロオォォォ、、ヴヴヴヴゥゥゥゥン、ズシュン、ボワァッ
カユゥウウゥゥゥゥゥゥウウウンン
ドドッドドドドドドドドド
バリバリバリバリバリバリバリバリバリ
ワックスが利いてピカピカのブルーのアメリカ軍艦載機は、それが意識的な迷彩ではない、ただ薄汚れただけの日本軍機を 一機、又一機と次々に餌食にしていった。
グワオオオォォォォオオンンンンンン
「タドコロ機 被弾!!!・・・」
≪ザザッ、、、各搭乗員は速やかに発進せよ ・・・・ザザザザザ特攻機を直援せよ
上空に今だ敵影あり・・・ザザザザザ≫
通じの悪い空中無線からの声に急かせされるまでもなく、パイロット達はスロットルをひいた。
≪ザ、各搭乗員は、各個にすみやかに離陸、特攻機を直援し、敵を迎撃せよ。≫
「被弾機一機、こっちに向かってくるぞ、犬死はさせるな!胴体着陸でも不時着でもかまわん。被弾機を助けるんだぁ!!!」
”飛ぶ”・・・かつての傑作機「零戦」は、飛行機として当然の機能をはたす為に、必要最低限の要素すら放棄しようとしていた。すでに機体のあちこちに被弾した「零戦」の一機は ゆらゆらと 滑走路に墜ちた・・・・・
クオオオォォォォオオオォォォオオォォォン、、、、、、、
カヴオ゛オ゛オ゛オォォォォオオォォォォンンンンンン、、、、、
「くそっ!我が物顔で 俺達の基地の上を飛びまわりやがって・・・おい!
迎え撃てんのか!」
「報告!敵機が引き上げていきます!・・・・しかし・・・・なんだありゃ?馬鹿にしやがって・・・くそ」
「何か!」
「は、はぁ司令、、奴等 その、、、塗装は 青く塗ってこそいますが、全部が全部、海軍の機体ではないのであります。陸軍のP−40、P−39、海軍機はバッファローと・・」
「そんな事はどうでもよい!鬼畜米英も苦戦している何よりの証拠であろう。だが現実にこちらの零戦は全滅ではないか!そんな事よりも特攻の搭乗員は?パイロットは無事なのか?」
「飛行場に胴体着陸した一機の搭乗員は骨折しておりますが、命に別状なし。タドコロ小隊長以下の3機は、いずれも 洋上にて 会敵撃墜された模様、至急 救援を
出します。」
「く、くうううう、、、こ、、これではタドコロ達は、まったくの犬死にではないか・・・」
滑走路脇の柵の外で寄添うようにして数人の女性達がいた。その光景の一部始終を彼女達は最初から見ていたのだ。地味な白ブラウスにモンペ、頭には防空頭巾と言う当時の一般的なスタイルの少女達は小声でそう語り合いながら まだ 米軍機の飛び去った方角をながめていた。
「・・・・・済んだわね、、、これで、、、」
「そうですね、これで、この戦争も・・・・」
「10中89間違いなく 間もなく終わると思うわ。独逸もヒットラーはベルリンで
行方不明のようだし、イタリアのムッソリーニも失脚したしね。。。」
「でもタドコロさんと部下の人達、、、綾乃さん、、可哀相、、、に」
=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-
その日、血のような夕焼けが西の空から夕闇をいざなう紫に変わり、やがて雨雲も手伝っての漆黒に変わる頃になって、彼女達の姿は闇に飲まれていった。だが、いぜんとしてタドコロ達の消息は解らなかった。
シトシトシトシト、、パラパラパラパラパラ
ザッザアァァァァァァ、、、
「報告っ!沿岸警戒中の漁船から滑走路 西側より 識別不明の航空機、数機 こちらに向かって飛行中と、・・・・」
「何?!識別不明とはどう言う事か!第一、いくら雨だと言っても何の音もせんぞ・・・」
ドカドカドカドカ
「当直士官殿 歩哨が妙な事を言ってきましたので報告します。滑走路西方の方角より、航空機3機、こちらに向かって無音で飛来中、、、、タドコロ達の零戦の亡霊だとわめいております・・・・・」
「なに・・・タドコロの零戦の亡霊だ、、、と、、、な、、何を」
「当直士官殿、、あ、、あれを!窓の外を、、ああああうぅ、、」
「ええい、なにをそんなに、、窓の外が、、、、おおおお!!!!」
NNNNNNN,,,,FuSSSSSSaaaasssaaaa
それは なんとも不思議な光景だった、、、その航空隊でそれを目撃した者は、
どんな豪胆な者も、いちおうにして あれは 特攻隊員達の魂によるものだと証言
している。
FuSSSSSSaaaasssaaaa、、
漆黒の空間に、降り注ぐ涙雨が にわかに鮮明になったのには理由があった。暗闇に落ちる涙雨は、漆黒をバックに 何千本もの銀線がキラキラと輝きながら舞い落ちる その中を音もなく、見事な3点姿勢で滑走路に舞い下りたのは 何と例えたら良いのだろう 淡く輝く、、嗚呼、、まさに 亡霊、まさに霊魂の化身、、3機の零戦だった。
NNNNNNN,,,,FuSSSSSSaaaasssaaaa
「む、、むう、、おい!、、、こ、、こんな事があって良いのか、、、」
「不思議だ・・・恐ろしいと言うより、、なぜ こんなに暖かく そして もの哀しい気持ちになるんだ・・・」
「あっ!、当直司令殿、、機が、、零戦が燃え上がります。、、、」
「いや違う!落ち着け、良く見ろ、、あれは、、、信じられん、、、まさか、、あれはホタルの大群・・・」
ふわああぁぁぁぁぁぁぁぁ、、むううううぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅん
うおおぉぉぉぉおおおぉぉぉぉぅぅぅぅうううううぅぅんんんんんんんんん
蛍 ホタル、、、まだ桜の似合う こんな時期に活動するホタルなどいるのだろうか?しかも こんな 零戦3機分に 見合う大量なホタルなど、、、だが その夜、
当直勤務に就いていた彼らは、それを現実に見た。しかも・・・・・
「当直士官殿に報告っ!村の消防団から航空隊から 大きな火の玉が 立ち昇るのが見えたが火災か?との問い合わせが 入っておりますが、いかがしましょう?」
「すべて訓練!、、以後どんな問い合わせにも それで押し通すんだ。帝国海軍に亡霊や霊魂など ない!いいな!」
「は、、はい、、復唱いたしま、、」「復唱などいらん!早く電話を切れ!」
大量のホタルの飛翔は 近隣から火災のようにも見えたのであろうか、だがそんな事は些細な問題でしかない、、そんな事件がすぐに・・・・
「おーーーーい!!!滑走路に誰かが倒れているぞぉぉぉ!、、あ、ああああ、、
タ、、タドコロ、、、タドコロじゃないか、、おい、、そっちも誰か倒れてるのか・・・おーーい衛生兵!!!!タドコロ達が帰還したぞー!!衛生兵っ!!」
=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-
「それにしても よくあれだけの米軍機がそろったものですね。どこにあったん
ですか?まさか米軍の空母から・・・・」
「まさか、いくら私達の機関がなんでもありだからって それは無理よ。あのね教
えてあげるけど、あれはね、日本の陸海軍の調査実験部に保管されていた鹵獲機なのよ。だから もう機種なんて めちゃめちゃだったんで 青色の塗料で誤魔化したんですけどね。」
「じゃ もしかして あの米軍機を操縦してたのも・・・・」
「そう、みんな うちの機関の仲間達よ。まぁ操縦性能は ほとんど変わらなかったらしいけど、馬力が違い過ぎるわよね。零戦の操縦席には撃たないように訓練はしていたけれど、タドコロさんだけは、憲兵隊に眼を付けられていたから、ああして海に落として逃がすしかなかったしね。」
「苦労しましたよね、タドコロさんだけは、本人として生き残ってもらわなくちゃいけなかったんですものね。でも、あのホタルの大群には ビックリしちゃいました。」
「ほんとよね、あれだけのホタル、だれが集めてきたんですか?」
「・・・・・解らないの、、、」
「?????はぁ、、、?」
「あんな計画なんか 誰も考えてもいなかったし、正直言ってしまうと 撃墜した
海域の潮の流れが こちらの調査よりも早過ぎて・・・見失ってしまっていたの・・
・・・実は それが本当のところなのよ。」
「・・・・・じゃ、、じゃあ、、、あれは、、、、」
・・・なんと言うことか、、彼女達は特攻隊員救出の為に 恐るべき方法を編み出
していたのだ。事もあろうに戦場で鹵獲し調査の為に保管してあった敵機をぶんどって味方の軍隊の特攻機を襲ったのだから・・・・・
だが ホタルは・・・・あの季節外れのホタルと、そのホタルの零戦に乗って帰還
したタドコロ達の事は いったいどう説明したら良いのであろうか。
昭和20年8月20日、、
診断の結果、軍医長シキシマの下した それがタドコロ達、特攻隊員の退院
予定日と診断され 彼らは二度と再び出撃することはなかった。
終戦のドサクサにまぎれ、それから彼女達がどのような運命をたどったのか、又、特種フィルム等の器材が どこにどのように流失したのか、今、私達にそれらを詳細に知る術はない。
ただ 先日 今回の取材の為、タドコロ家を訪問したところ、戦後になって、子宝に恵まれないタドコロ夫妻が施設から引き取った子供達の中に、総合病院を経営する カシワギ家に嫁いだ者や、「福の助」とか「福助」と命名された孫がいたらしい事をお報せして筆をおきたい。
帰り際、未亡人となられたタドコロ婦人から頂戴したデパートの商品券だが、残念ながら作者の住む生活圏には まだ このデパートの支店もコンビニもないので、読者の方にプレゼント申し上げたいと思う。
貴方の生活圏に≪WAVE−2≫と言う名の百貨店がある方、ご遠慮なく申し出てほしい。タドコロ婦人の お孫さん、、、たしか ホンダとか言う女性の名前を出せば さらに買い物の金額を割り引いてくれるそうだ。
福助伝説:昭和20年(1945)4月<3>
<完>
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