妖魔界の変身美女集団≪WAVE−2≫ (1)
開店時間を半日遅らせてまでの緊急朝礼が召集されたその朝、朝礼会場に使われてい
る「9階展望大食堂」には、むっとする大多数の女子社員の甘い香りにオプラートさ
れてはいたが、得体の知れない不安と緊張に包まれていた。
「それでは、緊急朝礼を行います。みなさんおはようございます。」
いつもなら総務部長の司会進行でスタートする筈の朝礼が、社長自身が司会役となっ
て、口火をきる事それ自体、異質で何か特別な事ではないか。
「突然ではありますが、当デパートは、この1日より外資系総合百貨店「WAVE−2」に合併吸収される事になりました。ついては一般社員の中で希望者は現状のまま雇用されますが、チーフ以上の役職者におかれてはっ・・・・・・くっ、、、
(社長はここで一度言葉を切って何かを振り払うかのように頭を振ってから)、
現状の役職で一度、、、、一度「退職願い」を提出していただき、面接の上、再雇用する方向で・・・・・・・」
社長の最後の言葉は、会場からの社員の怒号でかき消された。
「・・・・・お静かに!、、どうか、、、詳細については、これから配布する資料
と、掲示ボートで確認して下さい。くわしい事は≪WAVE−2≫の方にお願いいた
します。」
前日まで、まさに前日の夜半まで、何の予兆も余震もなく、突然の合併、それもほとんど一方的な外資系企業への吸収と言う出来事に、その日一日、店内は動揺に包まれた。そこで起こった大小数々の出来事は、それだけでも一本のドラマが作れる事だろう。
この春、チーフに昇格したばかりの結城聖(まこと)は、朝礼が終わると、自分の担当である「外商部」に戻ってから総務部に電話を入れた。
「外商の結城です。退職届けは誰に提出したらいいんでしょうか。」
「はい、お待ち下さい。ええと、、、」
受話器の向こう側でパラパラと書類かなにかをめくる音がして、すぐに
「お待たせしました。、、、ええと、、おめでとうございます、、、結城チーフには辞令が交付されていますわ。本社に転勤になります。正式辞令の発表は、タイムカードの横にある「掲示ボード」で発令してあるかと思います。ご覧になって下さい。」
「なんだって?本社勤務・・・・・」
信じられない総務からの説明にポカンとしながら、結城が電話を切るか切らないうちに、外商部のパートがカウンター越しに、
「まことクン、おめでとう。凄い出世じゃない。マネェジャア〜、あー、あたしが後10歳若かったら放っとかないんだけどね」
(お願い。あと100歳くらい若返って高杉晋作でも山本五十六でも好きな人、
相手して)
結城は表面では笑いながらも、内心そう思っていた。それどころじゃないよぅ。
今このおばちゃん何、言った?「マネージャー・・・・・」マネージャーって確かよう言っていたぞ、おい。
結城が、椅子が倒れるほどの勢いで立ち上がった時には、外商部だけでなく、そのフロアーの大半の社員は、タイムカードの横にある掲示ボードに駆け出していた。
* * * * *
「辞 令」
・・・・・・・
・・・・・・・
・・・・・・・
味気ないタイトルを頭に、壁一面に張り出された用紙を前に演じられる悲喜こもごものドラマ、よくもここまで調べていたものだと感心する程、全部の部署に対して行われた「新人事」は、今回の合併と吸収のプロジェクトがかなり以前から周到に計画されていた事を証明していた。それは、ある種の狂気すら感じる程・・・。
[結城 聖]
旧職 外商部チーフ 新規配属 本社海外商務部マネージャー
間違いなく彼の氏名と新旧の職制がそこにはあった。自分の名前を発見した時、
「やったー」と思わず叫びそうになるのを、彼はやっとの思いで堪えた。
それが、結城聖に出来る周囲に対しての精一杯の配慮だった。なぜなら、彼以外に
名前が掲げられた約100名の中には降格、または左遷に近い配置転換という、まさに
「クビにはしないが、いやなら辞めろ。」
のメッセージがむき出しになった、まさに「最後通告」を受けた者の方が多い事に気づいたからだった。ただ、・・・・・こんな救いもあった。
[希望者には在職年数・性別に関わらず本社研修の上、役職者としての資格が与えられます。]
【対象の売場】
□婦人衣料 □婦人肌着・寝装品 □ 貴金属
□それ以外のすべての部署
* * * * *
新人事を前にして、殺到した研修希望者への対応に、トレーニングスタッフとして結城聖も、かり出されていた。その受付業務に何の不服もない結城だったが、ただ一点、かっての上司に対しての対応だけが唯一の苦手だった。
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何か、おかしいな?結城がそう思ったのはある事がきっかけだった。
「すみません<1番>、行って来ます。売り場 お願いします。」
「紳士服売場で<4番>発生。緊急です。」
デパートの最前線は「売場」。そこに買い物に来る お客様を前にして店員は「トイ
レ」とか「食事」、あるいは「万引き」などの犯罪を直接 言葉に出さない為に、たいていは「隠語」または「暗号」が用意されている。
今、結城が改めて勤務するデパート≪WAVE−2≫でも、トイレは<1番>、万引
きは<4番>というように数字に置き換えた「暗号」が使われていた。
≪WAVE−2≫での研修以後、その研修に参加した女子社員の一日の「1番(トイ
レ)」の利用回数が極端に減りはじめている。それが解ったのは、売り場での稼働率アップがヒントだった。
(便秘ならわかるけど、尿秘なんて聞いた事ないしな・・・・・)
売場の稼働率が向上するのはマネージャーにとって本来は歓迎すべき事なのだが、それが人間生理現象でとなると、どうも釈然としない。この事だった。
それから数日後、彼自身も忘れかけていたその疑問は、再びパワーアップして彼のもとに返ってきた。「第2女子寮」と「第5女子寮」から退寮希望が大発生したのだ。
40人中、なんと一度に27名もの退寮書類が出ていることを発見した女子事務員が、結城聖に、このことを報告した。
(第2と第5って言うと研修希望者が一番多かった女子寮じゃないか!)そう思った結城は売場管理簿を取り出して、退寮者の勤務報告に眼を通してポカンとした。
あくまでも女子寮を出て、暮らしたい・・・それだけの事であり「退職」ではないし・・・
「第2」と「第5」の寮生は、「1番」(トイレ)の利用回数が激減している。
しかも利用回数も、この一ヶ月間、まるで判を押したように同じなんて。
(そんな事あるか?)
結城聖の疑問は頂点に達していた。こんな事、絶対にありえない。彼がそう断言する理由は極めて簡単。「女性の身体」のシステムには、男性にはない定期的な「生理」現象があり、その為に「生理休暇」まで用意されているというのに・・・。
だが、あの研修以後、その「生理有給」や、それが原因と思われる遅刻と早退までが少しずつだが減っているのだ。結城聖は「勤務評価報告書」を開いてみた。
研修参加者6名
第2寮寮生3
第5寮寮生2
通勤者1
◇月度勤務月例報告
【3階 婦人服売場】
勤怠状況
有給2日 葬祭によるもの。
欠勤3日 短期入院によるもの。
遅刻・早退 0日
対時間売り上げ91%
研修参加者なし
◇月度勤務月例報告
【3階 スポーツ売場】
勤怠状況
有給9日 うち葬祭によるもの2日。
当日の電話による有給7日
欠勤5日体調不良4日 短期入院によるもの1日。
遅刻・早退11日
対時間売り上げ67%
(何だよこれ?研修会ってサイボーグ手術でもやってんのかよ。)
そのデーター結果は経営者にとって理想的なテキストでも読んでいるようだった。
結城聖はさらに、今度は1日ごとの「売り場日報」を調べてうなり声をあげた。
研修参加者2名
第2寮・第5寮寮生
◇月○日木曜日(晴れ)勤務日報報告
【3階 婦人服売場】
勤怠状況 2番(昼食)3交代定時内
1番(トイレ)短10
3番(休憩)遅延なし、
6番(バックヤードでの商品管理業務)
売場待機・接客効率95%
研修参加者なし
◇月○日木曜日(晴れ)勤務日報報告
【3階 スポーツ売場】
勤怠状況 2番(昼食)3交代遅延ロスの為2番終了15時
1番(トイレ)65
3番(休憩)遅延ロス3番終了17時
6番(商品管理)棚だし65%
売場待機・接客効率49%
実際の「生理現象」だけで、こんなに差が出る事は考えられないにせよ、「生理」を口実にトイレを井戸端会議の場にする事すら、研修参加者の配置された売場から消えている。
結城は思った。もしデパート全館でこれと同じデーターが証明されたら、その利益は計り知れない。が、何か変だ。そう直感した彼は、定休日前の火曜、とんでもない行動にでた。
深夜、会社の資材センターで愛車のトランクから出した黒いビニールのごみ袋を取り出した結城聖は、焼却炉の脇で中身を調べた。彼は女子寮のゴミ置き場に出されたゴミ袋をかき集めて来ていた。手袋を填めているとはいえ、人が捨てたゴミ袋を引っかき回すのはあまりいい気持ちではない。
しばらくかかって持ってきたごみ袋をすべて調べた結城聖は、そのいくつかのゴミ袋から何かを見つけると、やっと満足したように残りを焼却炉にほうりこんで、愛車のエンジンをスタートさせた。
「やっばり。でも、どうして・・・・・こんな」
「今晩は、マネージャー、こんな時間にお一人で何してるんですか、あっわかった。彼女に振られて、やけ酒ならぬヤケドライブか・しら・っ。うふっ冗談ですよ。」
彼の独り言は、突然そう話しかけれられた事で途切れた。(だれだっけ?この娘)いずれにせよ、ボクをマネージャーって呼ぶくらいだから会社の娘だろうけど、名前が出てこない。
「車が動かなくなっちゃって困ってたんです。マネージャー、ちょっと診ていただけませんかぁ。」
結城聖はそう頼まれて、どうしても名前を思い出せない女性について行くと、路肩に白いワゴンが止まっていた。
「これっ、車って。ボク、ワゴンってよく解らないん・・・・・あむっ!おひっ
ひ、、ひみゅ」
結城聖はそれ以上の事を彼女に伝える事は出来なかった。結城聖の口には、彼がどうしても名前を思い出せない女性によって、薬品を染み込ませた布が強い力で押し付けられ、やがて意識が薄れていった。
* * * * *
「んっもう、ヨシエってどうしてそんなにせっかちなのよ。彼の動向を調べてって頼んだのに、本人連れて来てどうするの。」
「すみません。だけど、、彼に、こんな物まで見つけられていたんで、つい、」
ヨシエと呼ばれた女性がそう言って見せた物はプニャプニャしたゼリー状の薄い皮膜だった。
「そう・・・、そこまでやっちゃったのね、この人・・・・じゃ仕方ないわね、怒ってごめんなさいね。それにしても、これの後始末の方こそ、もっと徹底しなきゃダメだわね。だれのマスクか解るかしら。」
「解ると思います。このタイプは新型だし、使ってる化粧品と、それにかなり原型もとどめているから。」
「うーん、調べる方としたら好都合かも知れないけど、本当はそれじゃまずいんだけどね。複雑だわ。とにかく、このマスクを安易に捨てたオバカサンも大至急探して連れてきて頂戴。今夜中にお願いね。」
「・・・・・原型・・・・・マスク・・・・なに・・・・・」
結城聖は途中から、この二人の女性のやりとりが耳に入ってきた。いったい何の事を話しているんだろぅ。次第にハッキリしてくる意識の中でそう話しかけようとして、
「うごぅふぉう、かふぉくっ」
全身を縛り上げられて、目隠しと猿轡をされているのに、やっと気が付いた結城聖
は呻き声をあげながら周囲に眼をやった。
彼は、そこがさっきのワゴン車の車内であり、その視界に裾のまくれ上がったブルーのスリップと、その下に見える黒いパンティとパンティストッキングを身に付けて、一本の棒のようにまっすぐな姿勢を強要され、足首、膝、ふとももをボンレスハムのように縛り上げられている女體が見えた。
誰だ?助けてあげなくては・・・
だが彼自身も、背中に回された両手、腕、に何重にも縄が巻かれ動きを封じられていた。その口と鼻は、きつく猿轡によって覆われ、しかもそれは頬に食い込むほどの覆い猿轡で、ご丁寧な事には、口腔にも、何か詰め込入れられているのか、結城はかすかな、うめき声を立てるのが精一杯だった。
そんな厳重な猿轡に覆われた顔を必死に振る結城を、見つめている者がいた。
「・・お目覚めのようですわね・・・・」
「ううーむーむんんんっっ!!」
呻く結城に、声の主はむき出しになった女性のパンティストッキングのふとももをなでた。
「はむん???んんんん?」
「あら、マネージヤーって、敏感なんですね。それじゃここは私達に任せてヨシエは今の事お願いします。」
(この下半身・!?・・このパンティとパンティストッキングに包まれた女體はボク・・・・)
そんな姿にされて縛られている自分を想像して、結城は愕然とした。
「うふっ今晩は、マネージャー、いいえ今夜から女になっていたたくんだから、マ
コ、で良いわね。よろしくね、マコちゃん。もう少し休んでいてちょうだいね。突然だったから、まだおもてなしの準備、何もできてないの。ごめんなさいね。」
「ふううっーふむーむんんんっっ!!」
ツンとする刺激臭を含んだ空気が結城聖の鼻を通ると、また彼は昏睡の世界に再び閉じ込められていきながら、それをどうする事も出来なかった。
【続く】
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