小説の最後にあるように,「Adonis
Blue」は青色の美しい実在する蝶の名前(英名)である。
「Adonis」とはギリシア神話に登場する女神たちに寵愛される美少年の名前で,
彼はゼウスが姿を変えた猪の牙にかかり亡くなった後アネモネ(=「風の花」)になったとされている。
また「Adonis」という語は「思春期」を意味するadolescenceの語源ともなっている。
「Jeanne
d'Arc」は言わずと知れた,フランスの危機を救いながらも
当時のキリスト教権力者に悪魔とみなされ永遠の未成年のまま無実の罪で処刑された
オルレアンの少女・ジャンヌ=ダルクだが,この小説ではこの聖処女の名を,
少女のような顔立ちで自分を愛した多くの女性を次々と破滅に追いやる魔性と罪の意識に苛まれながら放浪する,
永遠の未成年のまま命を落とした美少年の「仮名」に用いている。
「deracine」とは「放浪者」または「破滅」を意味する語で
「透明な存在」という表現が登場する「シンプルライフ・シンドローム」を書いた
荒木スミシ氏の青春トリコロール3部作最終部「ホワイト・チョコレート・ヘヴン」
に登場するバンドが演奏する曲名でもある。
小説「Adonis
Blue」は1998年秋から1999年春にかけて日本語で書かれたものを基に
雑誌「メランジュ」創刊にあたり再度書き下ろし,著者自身の手で英訳したものである。
英訳にあたり,英語版が日本語の小説から訳されたものという認識を取り除くため
登場人物の名前は発音などを似せた別のものに変えられているものが多い。
ひとつだけ註を入れるとすれば,第4章に登場する少年の名「Tane(テイン)」は
著者が大学時代を過ごし,雑誌「メランジュ」が発行されていたニュージーランドの
原住民マオリ族の神話に登場する,国を治める代表的な英雄の名である。
その章に英語版で登場しているティー・ツリーの木とは,この国に原生し,
マオリ族の間でも象徴的な存在となっているマヌカの木のことである
(この花の蜜から取られたマヌカ・ハニーはこの国有数の名産品となっている)。
この小説を書く動機は,当時長編小説を書いていた息抜きとして
詩のような短編小説が書きたかったという意図と
ある人々への感謝の気持ちを表すことだった。
虹の名前を持つそのバンドの存在は,著者のつらい時期を共に分かち合った
著者にとっての心のcompanion(道連れ)だった。
作品に登場する5人の少年は,そのバンドのメンバー各人がモチーフになっている。
私が公立進学校を退めた16歳の3月,時を同じくして
そのバンドのメンバーの一人が法に触れて逮捕され,彼らは活動休止に陥り
人気番組のタイアップが決まっていた新曲は発売中止となり世間から抹殺された。
それまで挫折というものを何ひとつ知らなかった私は
一般社会から見捨てられたという疎外感と,
誰にも認めてもらえていないという絶望感で暗闇の底に突き落とされた思いで,
時代の寵児ともてはやされていたのに一夜で掌を返すように
ありとあらゆるメディアへの露出も毎日メディアから流れていた曲もぱったりと絶え,
口にするのも憚られるようになった彼らの存在に
自分の姿を重ね合わせ,自分の傷が癒えるわけでもないが,
同じ時をこの境遇で過ごしているというだけで自分は一人ではないと救われていた。
そのバンドが活動を休止していたのは僅か半年間だったが,
あの絶望の時間はまるで永遠のように感じられ
それでも,メンバーが罪を犯したことによって彼らの素晴らしい音楽が堕ちるわけではない,
また,彼らを愛する気持ちが揺らぐわけでもないと感じ,彼らの帰りを待ち続けた。
TVからもラジオからも街中からも流れなくなった彼らの曲を思い出す度かけ,録音してあったミュージックビデオを観ていた。
そして,その翌年以降の復活後の彼らの活躍は特筆するに及ばない(活動休止以前の曲は流れなくなったが)。
その姿に,私は勇気づけられ,自分も留学という自分の夢を諦めず
夢に近づける一歩を踏み出そうと心に誓い,少しずつその傷から立ち直っていった。
その後も自らを発展させる道を歩みながらも,彼らへの感謝と愛は変わることなく。
その感謝の思いを形にするため,この小説の執筆は始まった。
その後,自責の念から脱退していたメンバーも別バンドで音楽活動を復帰し,その別バンド解散後
ソロ活動に入っていたバンドのメンバーたちと一緒に活動を行うまでになっている。
必要以上に罪の意識を重く受け止めていた彼にも仲間の愛と赦しを受け入れる時がようやく訪れ
Adonis Blueの世界は完結し,時はまた新たな方向へ流れる。
最後に,この作品は言わずもなが彼らへ捧ぐ。
Meg
Grace
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