
僕たちは公園を抜けて、彼の住処へ戻る。
無人のビルの、
その地下へ。
硬いベッドに腰掛けた僕を眺めて、彼は侮蔑の笑いを刻んだ。
「その恰好、見ろよ。おまえは馬鹿だ。そんなんじゃおれを殺せない」
僕は奇妙に塞がりかけている傷口を指先で触れて、彼の悪魔的な美しさを見上げた。
毒のある表情。誰にも迎合しない彼。
「僕はなんでもする。あなたの為なら、なんだって出来る。あなたは僕のすべてだ。あなたが死ぬ時は僕も死ぬ。あなただけの為に、僕は生きる」
「・・・分かってる。分かってるさ」
彼は言いながら僕の隣に腰掛けて、僕の長く額に落ちかかる前髪を優しくかき上げて、僕の目を真っ直ぐに見つめ返す。
「それでいい。おまえはおれの為に生きろ。そして死ね。おれの言いつけは何でも聞いて、決して逆らうな。そうすりゃおれも、ほんの一時はおまえのものになってやる。おれの美しさは、僅かにおまえのものになる」
彼は僕の傷口に唇を寄せて、そこにこびりついた血痕を舐めた。
僕たちはベッドに倒れて、きつく抱擁をする。
彼は僕の為に自分の手首を噛み切って、血を分け与える。
それを飲み干す時、僕の思考と感覚は麻痺して、名状不可能な官能に溺れる。
僕の中で彼は生きる。
僕の血となり、肉となり、エルネギーとなって、彼は僕を支配する。
それから彼は僕にもう一つの快楽を与える。
彼の言うとおり、僕が忠実にさえいれば、彼は一時、僕のものになる。
彼の美しさが僕の為に美しい時。
その美貌が僕の為に歪む時。
僕の腕の中で彼は浅い眠りにつく。
僕が唯一、彼の優位に立つ瞬間。
そして彼が唯一、少年に立ち返る時間。
彼の中の狂気が眠り、彼は僕の腕の中で無に返る。
その汚れない美しさは、僕を満たしてしまう。
生きていることが不思議なほど、彼は超越した美の持ち主。
それが彼の武器。
僕はそれを甘んじてこの身に受けて、血溜まりの中で笑おう。
|| BACK || NEXT ||
|| 伽藍堂 || 煩悩坩堝 ||