---さて、まちづくりの話題に移ります。まずは、ポートランド地域のまちづくりの問題とメトロの対応、そしてこれまでの成果と今後の予定について、簡潔に説明していただけますか?

最大の鍵となる問題は、自治体間の調整です。実は、メトロは一つの経済単位を構成しているので、その境界線には大きな意味があるのです。これに対し、今日の一般的な政治的境界線は歴史以外の意味を持っていません。裏返せば、メトロの存在がその単位全体をまとめて取り扱うことを可能にしています。言い替えれば、メトロの重要な機能は、複数の中心を持つ活発な広域経済圏が都市をつくっていくように、現実の経済単位に政治的な構造を与えることなのです。

---大都市圏は農地や森林などにより、物理的にも明確に輪郭が示されていますが、これは大変珍しいケースですよね?

その通りです。もしも我々が70年代に行った都市政策がなかったなら、今ごろはここからセーラム(注:80キロ南)まで開発され尽くしていたでしょうし、都市環境もひどいものになっていたでしょう。都心は衰退して人口が現在の半分くらいになっていたかもしれない。シアトルに起きた変化を想像してください。70年代にはシアトルとオリンピア、エベレットは別々のまちだったのに、今では一体となって拡大しています。我々は住民に支えられた選択によって、そういう事態を避けました。私は、当時の住民達は、高速道路の建設や都市の膨張などを否定しながら、今日我々が望んでいるまちの将来像を模索していたのだと思います。私達は「欲しくないもの」を知っていても、実際に「欲しいもの」をわかっていないことがあります。そこでメトロが果たした最大の役割は、住民が「望ましい」地域の将来像を描くことを助けたことです。言い替えれば、広く共有されている価値を明らかにし、それを高めていくような計画を作ったのです。具体的には、人々は都市の成長は望ましいが、郊外への乱開発は避けたいと思っていました。そこで、境界線の内側に都市の成長を収める方法について議論しました。やがて、公共交通を便利に整備すること、既存の都市部の再開発を行うことなどの住民の希望が明らかになってきたので、それら住民の価値を基にした計画案を作ったのです。それゆえに、メトロの計画案は革命的ではありませんが個性的ですし、市場経済によって実現可能で成功する可能性が高いと思います。

---これらの価値はロサンゼルスなど典型的なアメリカの郊外型のまちで見られるものとはかなり異なりますね。オレゴンの人々の特徴によるものでしょうか、それともプランナーなどの教育や啓蒙の成果なのでしょうか?

価値は人々の中から生じるものです。コミュニティの意識、そしてコミュニティを築き維持していく責任は、オレゴンでは大変重要なものです。また、オレゴン人は強い環境への意識を持っていますし、政治的に大変保守的です。彼等は変化を嫌い、現在のままであることを好みます。従って、メトロの地域2040計画は、究極の保守的計画です。郊外への乱開発を行わずに、既存のコミュニティやまちの中心を高めていくのですから。しかし、これによって、「ポートランドは少し変わったけれども、ポートランドらしさは変わらない」とまちに帰ってきた人は感じることができるのです。いつまでも活発な都心部があり、路面電車(ライトレール)が走り、ワインが溢れ、公園が豊かなポートランドのままなのです。また、保守的な人々は、お金を使うことを嫌います。彼等は税金を払うことを嫌い、高価に見えるものを買うことを嫌い、大規模な公共工事を嫌います。つまり、計画を作成する際には、州政府の要求に加えて、これらの住民の保守的な投資傾向の制約を受けるのです。私は、地域2040計画はこれらの制約を正直に踏まえた賢い計画だと思います。

実際には、地域2040計画には現案の他に幾つかの選択肢がありました。例えば、ポートランド市に一極集中を促すこともできたのですが、既に複数の中心を持つこの地域にとって、それは現実的な選択ではありませんでした。また、各々の自治体が希望するプロジェクトを行うことは政治的に重要ですし、さらにそれらが当該の地区だけではなく地域全体を改善していくことも大切です。全員が勝つようなゲームを行わねばならないのであり、ポートランド市のために他の自治体が犠牲になってはいけないのです。例えば、ヒルズボロ市はかねてからの念願であった鉄道(ライトレール)を建設していますが、これは地域全体のためにもなっています。

---こういったことが、地域2040計画が住民、市、郡などから支持されている理由なのでしょうか?

そうだと思います。個々の計画がその地区の住民の問題を解決すると同時に、それらが総合されることで地域全体の問題も解決されていくのですから。

---これまでのメトロおよびあなたの成果について振り返ると、地域2040計画は期待どおりにうまく進んでいますか?

期待以上にうまく進んでいますが、政治的な問題は残っています。私は現実的なプランナーです。誰にも未来のことはわからないのですから、自分の考える最善の予測に基づいて計画をつくり、それを修正していく心構えでいなければなりません。この点を踏まえても、物事は私達の予測に大変近い状態で進んでいるので、私は大変満足しています。

しかし、一部には計画を杓子定規に捕えてプレッシャーを感じている人もいるようです。計画をまるで宗教のように崇めて現実に合わせようとしない、さらに現実をねじ曲げて計画に近づけようとする者さえいます。また、他方では、価値観の違いから計画に反対する人もいます。郊外開発の禁止、異なる用途の混在(ミクスド・ユース)、公共交通などに価値を置かない人は、私達の計画は間違っていると主張しています。反対意見があることは良いことだと思いますが、理性的でない反応には困ってしまいます。例えば、「私はそんな所には住みたくないから、あなたもそこには住まわせない」とか、「それを作っている奴が嫌いだから、他に文句はないけれど、俺は住宅建設を認めないし、他の場所に建てることも許さない」などと言う人がいます(笑)。しかし、そういった意見の根底には「反都市開発」という価値があるようにも思えます。歴史的にアメリカには「反都市開発」の強い流れがあるので、都市の価値を土台とした計画は作りにくいのです。そのためにアメリカの多くの計画は、郊外開発を押し進めてきたのです。本題に戻りますと、地域2040計画は大変うまく進んでいますし、もうしばらくこのまま続けようという気になっています。しかし、柔軟性を失ったり政治的圧力を受けたりすれば、うまくいかなくなる恐れは依然として残っています。

---おっしゃられたようなまちづくりの限界を踏まえた時、地理情報システム(GIS)などの科学的技術を取り入れることには、どのような得失があるのでしょうか?

自分の理想像にのめり込んでしまったプランナーは、実現性など考えないまま理論をすぐに現実にあてはめようとします。しかし、私達は理論と現実を比較しながら、大変現実的な調査や計画を行っています。住民のためを考えて、住民達の希望を実現しようとしている訳です。そこで科学が果たす大きな役割は「禅」のようなものです。つまり、ものの流れに沿っていき、何が起きるかを予見してみることです。川の流れる方向を変えていくことは、流れをせき止めたり逆向きにすることよりはるかに易しいのですから。例えば、一部に都心の開発を望んでいる人々がいたとしましょう。それを受けて都心の開発を推進してみてうまくいった場合、市場原理によって同じ様な開発が自然に発生してきます。メトロでは全ての計画立案をGISで行うようになりましたが、それによって理論を試してみて、どの案が成功しそうであるかを判断することが可能になりました。実際、現在の計画ができ上がる前には、数多くの試案が捨てられてきたのです。

---それはどのような案だったのでしょうか?

例えば、パリのような高密でヨーロッパ型のまちをつくるという案がつぶれました。都市成長境界線を拡大しないという案も捨てられました。その他にも多くの案を破棄しながら、よりバランスの取れた現在の案に至ったのです。もしもコンピュータが存在していなかったら、その中の一案が実際に実現されて、今ごろはまちが機能しなくなっていたかもしれません。コンピュータは革命的なふるいのようなものです。コンピュータによって、飛行機や車のデザイナーは様々なデザインを試行錯誤することが可能になり、結果として製品の質を飛躍的に向上させました。私達の場合は、コンピュータのおかげで、幾つものまちの姿を試行錯誤し、結果として良いまちがつくれるようになったのです。

---それでも現実にはうまく行くことも行かないこともありますよね。

勿論ありますが、時には実際に出来上がったものが予想よりも良い場合もあるのですから(笑)。もう一つ大切なことですが、プランナーは計画が実現されていく様子を監視していかねばなりません。私達は市場を見守りながら、コンピュータを用いて今後の動向を予測し、さらに対応を修正したほうが良いかどうかについて検討しています。例えば、ポートランドの都心部は予測されたほど成長していませんが、一部の地区は予測の4倍も成長していました。これは悪くないでしょう(笑)。人々が望んでいたものを実現するチャンスが、予測していなかった所に見つかったのですから。予測が異なったときは、それと戦うかそれを利用するかの選択肢がありますが、私達は殆どの場合は利用していきます。唯一私達が食い止めた事例は、農地や森林をつぶして行われる大規模コンドミニアム型住宅の開発です。市場の動向を放っておけば、恐らく5〜10%の住宅開発はそういった形態になったと思いますが、それは農地や森林を保全するという住民の価値に反することなので、メトロはそれを阻止したのです。

---市場が活発な時と停滞している時では、どちらが都市の成長を管理しやすいでしょうか?

経験から言いますと、不景気の方がやりやすいです。プランナーの仕事は景気が悪い時は成長を促すことで、景気が良い時は成長を制限することですが、前者の方が楽しいし創造的でしょう(笑)。

---では、現在は大変元気なオレゴン経済が停滞したとしても、プランナーには多くの活躍の場面があると。

その通り!良いプランナーはギアを変えることを知っています。高度成長用のギアと低成長用のギアを、車の運転のように上げ下げするのです。

---地域2040計画の中には各自治体やメトロ自身の計画達成度を評価する、実行基準が定められていますね。

実行基準は個々の自治体を監視するものではなく、地域全体の様子を評価するためのものです。そして、計画を修正していくのに使うのです。

---しかし、法律的には自治体が基準に拘束されているようにも見えますが?

確かに、一部の人間は法の番人となりたがっていますが、そうあって欲しくありません。

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