MinMin's Diary
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Last week's diary
4月6日
清明節が終わりました。
台湾の墓参りです。
これをある時、話していたら台湾歴50年以上になるおばあちゃんが言いました。
[あれってね、墓祭りっていうんだよ。]
[墓祭りぃーーー?]
[そう。だってお参りっていうよりお祭りって感じだからねぇ]
[はぁ…]
確かにお墓の前でお弁当食べて飲んで騒いで歌ってというのはかなり日本の墓参りとは様子が違う。
そんなこともあって台湾のお葬式についての話となりました。
まず、火を囲んでマイムマイムを踊るというキャンプファイヤー方式。
頭には白い三角帽子をかぶり、さながら気分はKKKとか。
その姿で夕暮れの薄暗がりの中、燃え盛る火を囲んで手を繋ぐ。
式の最中、絶対にその手を離したらいけない。
そしてリーンと鈴が鳴ったら回り始める。
次にリーンと鳴ったら止まって泣く。
そしてまた鈴が鳴ったら今度は逆方向に回り出す。
そして次の鈴の音でまた止まって泣く。
それを続けるのだとか。
[ゾロアスター教って見たことないけど、きっとこんななんだろう]
とは経験者の感想。
お次は匍匐前進方式。
泣きながらお堂の回りを這いつくばって回る。
延々と続く匍匐前進の儀式にも当然、泣きを入れる。
軍隊経験のある人ならばわけないだろうけど、匍匐前進は中々難しい。
おまけにやっている最中、敷いてあるカーペットの上にゴキブリがいても立ち上がれない。
[ほれ、しっし]
と周囲に気付かれないようにゴキブリを追い払うのも一苦労だとか。
こうやって話は墓祭りから葬式へと移り、次は子宝授かりのおまじない話となった。
ある地方では中華鍋を背中につけて亀のような姿で縄跳びをするのだとか。
ある日本人女性がそれをさせられることになり、近所の人達が
[日本人がやるんだって]
とわざわざ見に来たそうな。
ってことはやっぱり台湾の人達も妙な習慣だと思っているのかなぁ?
それとお葬式の時には盛大なパレードが出て鉦や太鼓を鳴らすので、斎場の近くに住んでた日本人女性は
[あら、またお祭りが始まるわ]
と何やら御神輿みたいなもんだと勘違いして葬列が来る旅に飛び出して見に行ってたそうな。
こうやって盛大に送られた方達のお墓参りに行くならば、やっぱり盛大にやらなきゃならないだろう。
そうなると、やっぱり御輿は出ないけど祭り気分にしなくちゃいけないのだろうな。
今年は無事に済みました。
正直に言うとやり過ごして台北に住む息子二人の家族は逃げました。
だけど来年のことは誰が知る。
おまけに田舎には90歳を越したばあちゃんが健在。
やっぱいつかは匍匐前進がやってくるのかな。
うちはキャンプファイヤーマイムマイム方式じゃないもんで。
こうなったら懐かしの[コンバット]でも観て勉強しておかなくっちゃ。
日本の墓参りでは沖縄に似たような風習があるって聞いたことがあります。
色々な地方によって習慣も違うんでしょうね。
まぁ、[葬式を冒険する]なんて不謹慎なことを言っちゃいけませんけど。
そんなこんなで墓祭りの日も過ぎていきました。
次は5月末の端午節の粽地獄が待ってるな。
4月8日
最近はどうも妊婦と関係がある。
昨日も本日も妊婦の友達と会った。
そして考えた。
また居留証のことなんだけど,これが手に入らないと健康保険には加入出来ない。
居留証がもらえるのは台湾に滞在した日数が合計11ケ月以上。
そうなると出来ちゃった結婚の人は出産に間に合わない。
おまけに居留証をもらう前のビザだと半年に1度は出国しなきゃいけないから大変。
身重の身体には辛いだろう。
だけどもっと大変なのは妊娠状態が一番不安定な時に国外へ出なきゃいけない人だ。
ということは外国人配偶者の場合,結婚1年目には子供は作らない方がいいってこと?
なんか割り切れないなぁ。
法的に守られていないってことがどういうことか理解しておかないと大変だ。
結婚1年目の外国人配偶者は駐在員の家族よりも悪い待遇を受けるのだから。
駐在員の家族は赴任と共に居留証をもらえる。
だけど中華民国の配偶者が居るにもかかわらず外国人配偶者は半年のビザで延長出来ない。
そしてあっちこっち走り回って大体早くても1年かかって居留証を取得する。
落ち着かないこと,このうえない。
そんなことを考えていたら連絡があり,どうも中華民国籍の取得条件がかなり緩和されたらしい。
それはいい知らせであると同時に永住居留権案の通るのが先送りされたということでもある。
運動の成果もあって来週には日本の方で[在台日本人妻の永住居留権]について報道されるらしい。
まずは目出度いことだ。
現状維持,すなわちそれ落伍なり。
これは台湾の有名な人が言った言葉らしい。
社会環境を今のままでいいと思っていたらより良い状況は生まれない。
自分さえ良ければそれでいい。
こういった考えでは何も良くならない。
大目に見てよ。見逃してよ。
それじゃ社会はよくならない。
社会を変えるのはまず身近なところから。
今,この時に天下国家を論じて何になる?
そんなもんを言ってる暇があるならば道端に落ちてる煙草の吸殻でも拾ってなさい。
己の身の丈も理解せず,天下国家を論じれば絶対に論理の破綻と己の無知をさらけ出すのがオチ。
それよりも,身近にある社会を良くする行為を続ければいい。
これから生まれてくる子供達の為にも良い世の中を作り出せたらいいのにと思う。
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