MinMin's Diary
8月17日
気がつけば日本でございました。
忙しや、忙しや。
来週の日曜日にはクラス会です。
気がつけば当時の担任より年をとっていた...。
恐ろしや、恐ろしや。
それにしてもよくぞ集めてくれました。
幹事をしてくれたお二人には感謝です。
当日はどうなることやら。
楽しみ。
20年ぶりに会う人達もいるんで楽しみでございます。
思うに、10代の同窓会には進路がからんで素直になれないことがあったり、20代の同窓会には結婚がからんで複雑になったりすることもあって人は集まらなかったりするもんだけど...30代にもなれば懐かしさが先に立つし、そういった気負いというのか、ギスギスしたもんがとれてるような気もします。
人間って年をとった方が丸くなるのかな?
まだまだ未熟者ながら、そんなことを考えてる次第。
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8月20日
他人を客観的に見るのって簡単そうで難しいことだと思います。
自分を客観的に見るのは、それ以上に難しいかもしれない。
でもね、他人を客観的に見ようとするあまり、下手すると高みから相手を見下ろす形になる。
これはマズイです。
距離の遠さは同じでも、距離をおいて同じ高さのところから眺めているのとは全然違う。
平行線上で15メートル離れたところで見ているのと、すぐ近くなのに15メートル高いところから見ているんじゃ全く違う。
その違いに気がつかない人が結構いたりする。
自分は距離を置いて、冷静にものごとを見ていると信じているけれど、ただ単に相手を見下ろしているだけだったりする。
これじゃ何も「sympathy」は生まれないな。
自分がすごくえらいっていう思い込みが前提にあって相手を見てるんだもの。
相手の立つ高さに立って考えた時、あらためて事の大変さを知るってこともありますけど、それが出来ないって場合が多い。
あとね、現実をよ〜く認識しないで、言葉遊びばっかやってる人。
言葉じりをとらえて、「そういうことも可能だろ?」とか「そういう意味になるだろ?」だのと言って相手より賢い自分をひけらかす。
だからなんじゃっちゅうんじゃ!
そういうことが可能だろうが、そういう意味になろうが、現実にはそうじゃなくって、困っていたりする人がいたらどうすんねん。
困るんです。
高みに立って、語る人。
現実は言葉の中にも潜んでいたりするけれど、語る相手より高いところから見ていたんじゃ、何も現実に生じている問題の解決策にはなり得ない。
己の賢さと豊富な知識にうっとりするだけ。
せっかく出会った人に対しても、そういう態度を取り続けたら、相手も結局は萎縮しちゃうと思います。
同じ目線で、周囲の状況をよく理解し、把握して、次のアクションを起こす。
こういう人が仲間内から「尊敬」される人なんでしょうねぇ。
おいらの知り合いにもこういう人が沢山いる。
大体が「実るほど頭を下げる稲穂かな」でございます。
大学時代の教授は我々の卒業に際し、すごいハナムケの言葉をくださいました。
「空き樽よく鳴る」
中身が空っぽな人間ほどあぁ〜だ、こぉ〜だと小うるさいんだそうです。
「社会に出て、いちいちうるさい、ケチつけてくる人に出会ったら、心の中でこの言葉を三回唱えましょう」とのことでした。
同級生の中には入社した会社の新人紹介に「空き樽よく鳴ると言われないように頑張ります」と書いた人もいました。
尊敬される人って、何も言わないってことはないけれど、言っていることと行っていることに一致が見られると思います。
不言実行もいいけれど、有言実行できる人がいいな。 有言不実行は困りますです。
8月22日
ラーメンオフ&お茶オフに参加!
詳細はまた後日...
取り敢えずはお茶オフの拠点となったUZITSUさんのお店のPR!
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