MinMin's Diary


today's diary
Last week's diary

7月20日
気がつけば7月も半ばを過ぎておりました。
7月は別名「たんぽぽ月間」と名づけたくなるほど「たんぽぽ組」づいていました。
何しろ常連さんが続々と台湾に上陸。
18日のたんぽぽ会オフは日本から「海外旅行復帰第一弾」のけんさん、掲示板への情報提供でお馴染みのNakanoさんをお迎えして「非情城市」で有名な九イ分に行ってまいりました。
いやはや、暑かった。
夏の昼下がりの九イ分はしんとした暑さが広がっていました。
真っ白な夏の光に照らされながら、どこへ行く行くたんぽぽ組...。
九イ分に行ったら絶対に逃してはならないものと心に誓っている(オーバー)ものにラムネとタロイモのQQ餅があります。
これもきちんと食して満足して帰りました。
日本は寒いという噂ですが、こちらは体温以上の温度で熱が出たかと思いました。
暑いのは苦手なのですが、夏の日の昼下がりのしんとした白い暑さってのは結構好きです。
「夏の葬列」だったか、そんな名前の短編小説がありました。
昔、昔に読んだので記憶があやふやなのですが、主人公は戦時中に敵機に襲われた際に連れの少女が白いシャツを着ていたので傍に来るなと突き飛ばし、そのために少女が撃たれて重傷を負ってしまったという思い出をずっと痛みとして抱き続けています。
そしてそれ以来近づいていなかった疎開先の街に大人になってから行くと葬列に出会い、その遺影が少女の大人になった顔だと気付きます。
あの怪我で少女は死んでおらず、大人になって死んだのだと救われた気持になってそばにいた人に亡くなった女性についてたずねると、それは娘が機銃掃射に撃たれて死んでしまい、以来、気がふれてしまった女の葬式で、遺影は気がふれる前の若かった頃のものだと教えられます。
それまで救われていた気持が一気になえ、逆に更に重くなった気持を引きずって主人公は街を去るといった物語でした。
この物語を一貫して流れているものが白いしんとした夏の昼下がりの暑さでした。
照りかえるような白い眩しい光だけの音のない世界。
少女の着ていた白い服。
何もかもをも、その反射で白くしてしまうような夏の日の光。
物語の救いようのない展開と共に、画像として、この白い夏の日の昼下がりの強烈な熱は私の記憶に刻まれました。
昼下がりの白い静まり返った暑さは夏特有のものかもしれません。
隣のビルに反射する夏の光。
ベランダから延び出ている観葉植物の緑に照り付ける白い陽射し。
夏の日、緑色、白い光...ぐるぐると回るような記憶の中で飛び出してくる色々な思い出。
夏休み前の高校の頃の窓から眺めた田んぼの上を流れていく風、揺らぐ白い光。
夏休みのキャンパスを歩きながら見上げた大銀杏からちらちらと漏れる白い光。
夏山を汗をかきながら登った時に見た沸き立つような緑の木々と射し込んでくる白い光。
同じ要素がそろっていても違う思い出。
今年も新しい白い光と緑の思い出が増えるかもしれません。

そんなこと書いていながら聞いているのが林強。
今、聞いているのは彼にとっても台湾のミュージックシーンにとってもエポックメーキングなアルバム「向前走」
この中にあるアルバムと同じタイトルの曲は台北駅に行くと常に口ずさんでしまうものです。
どんなド田舎から出てきたのかと思っていたのですが、出身が台中だと聞き、
「なんだ、案外近いじゃん」
なんて最初の頃は思いました。
台湾に来始めた頃に流れていた曲です。
その頃の私にしてみれば台湾の地理的距離と心理的距離をよく理解していませんでした。
でも、田舎に行くと、いつも思うのが距離にしてこんなに短いのに交通網のせいもあるのか、本当に全く違う世界に来てしまった気になります。
ちょっと奥まった街に行くと珍しそうに眺められます。
「春風少年兄」みたいな少年達が所在無く、何をするという訳でもなく、青春の力を持て余している光景にも出くわします。
あぁ、林強はこんな少年達の思いを歌ったのだなと思いました。
何をしていいのか解らないけど、何かしたいという青春時代特有の思いだけは胸一杯に渦巻いている少年達。
彼のアルバムを聞いていると、どんどんと都会で様々な矛盾を見つめ、醒めた視線になっていくような気がします。
ちょうど田舎から出てきた少年が都会の中で大人になっていくように。
1枚目のアルバムにある、どこかしら明るさがあるような、牧歌的な、夢や希望をも感じさせる音が、どんどん複雑なものになっていくような気がします。
そしてそれと同時に彼のアルバムは一般受けしなくなってしまいました。
「向前走」の心境は解り易かったのでしょう。
だけど、社会の矛盾を皮肉な口調で歌った彼のアルバム「娯楽世界」の評判はぱっとせず、今ではなかなか見つけられません。
私は個人的にはとても好きなのですが。
台湾は彼に田舎から出てきた素朴な台湾語を喋る青年を演じていてほしかったのでしょう。
しかし、彼の才能はそこで留まらず、どんどんと伸びていってしまったのです。
彼はもう歌わないと宣言してしまいました。
恐らく彼の歌う「娯楽世界」には台湾の多くの青年が心の底に、自分でも意識しないで抱いている気持が含まれていると思うのです。
だけど、それに気付かないのかもしれない。
その心境になる頃に少年は大人になり、あまり流行歌を聞かない生活に入ってしまっているのかもしれない。
彼の一連のアルバムを聞いて、それからあらためて彼の第一作を聞くと、その牧歌的な明るさが妙に響いてきます。
そんなことを言いながらも、私は多くの若者達が夢を求めて都会に出てきた時に一番に足を踏み出す台北駅に来ると、どこかで彼の「向前走」を口ずさんでいるのです。
台北駅だけでなく、田舎の駅で台北行きの汽車を待っている若者を見ると林強の歌の中に登場する青年達を思い出すのです。
この若者達の心の中では「向前走」の曲のビートに似たものが響いているのでしょう。
いつまでも、その気持を忘れないでねと思いながら彼等の背中を見送ります。
たとえ都会の矛盾や不条理に出会っても、どこかでこのビートを響かせていてねと思います。

7月21日
今日も暑い!
その暑さたるやただものではない!
目はかすみ、頭はぼぉっとして、じっとしていても汗が涌いてくる。
なんでそんなに暑いのか?
答えは簡単。
我家のメインクーラーが壊れているからだ。
壊れているなら修理すればいいじゃないかと思うだろう。
だけど、壊れ方が尋常じゃない。
おまけにえらく年代ものだ。
果たしてパーツが生産されているだろうか?
となると付け替えることもありうる。
うーーーーん。
おまけに上の階は年寄り夫婦はどこかに消え、遊びに来ていた孫も消え、1週間前の朝にバリバリっというドリルの音が聞こえてきたのを皮切りにトンテンカンテンと大工仕事の音が時に聞こえてくる。
不思議なのは毎日ではなく、時々、それも数時間のみなのだ。
年寄り夫婦の息子でも会社の空き時間に来てDIYでもしているのだろうか?
謎が多い家である。
さてはて、やっと「たんぽぽ組」台湾在住者お取り寄せの「ずっとアジアを旅していたい」をそごうよりゲット。
みんなが「面白いよぉ」と言っているのを横目にイジイジしていたけど、もうこれで大丈夫だ!
さぁ読むぞ!
あまりの亀ぶりに「日本で買いました」とか「著者から直接ゲットしました」という申し出もありましたが、待っていてくださった皆さん、どうもすんません。
3月発売のものを7月に配布するという恐ろしい亀ぶりでした。

さて、名前ってもんについて最近、考えてます。
私はここではMinMinですね。
だけど戸籍上の名前がそうでないのは明らかです。
でも、この文章がここに掲載されている以上、MinMinと名乗っているものは存在している。
もしかしたら複数の存在が一人のような顔をしてMinMinと名乗っているかもしれない。
その逆にMinMinと名乗っている他にも別の名前で別の人物として登場しているかもしれない。
そう思われるかもしれません。
ライターで普通の名前なので本名かと思いきや、ペンネームの人もいますよね。
複数のペンネームを持っているライターさんもいます。
でも、だからって騙しているわけじゃない。
その人が本名を名乗っていないから信用できないことを書いているわけじゃない。
私はホームページは私の文章を発表する場でもあるという考えを持っています。
そこで文章を書く際に使用しているペンネーム及び普段から呼ばれているMinMinという名称を一般に用いています。
例えば山田太郎という人が鈴木和男というペンネームで文章を書いているとします。
私生活では彼は友人に「山田太郎」として認識され、その名前から派生する呼び名で呼ばれているでしょう。
しかし、文筆生活に関わる人達からは「鈴木和男」として認識され、その名前から派生する呼び名で呼ばれているでしょう。
でも、どちらも彼なのです。
小室ファミリーの華原朋美はいくつも芸名を変えた「出世魚」歌手だそうですね。
芸名を変えると共にイメージも変えていった。
でも実体は一人です。
恐らく彼女の身体の中には幾つもの名前が存在しているのでしょう。
もし、彼女が本名を名乗らずに「華原です」と自己紹介して変に思う人はいるでしょうか? 彼女にしてみれば全く嘘をついている気などないでしょう。
それを
「違うだろ!それは芸名だ!本名言わないのか」
なんて言われたら困惑するかもしれません。
「自分は本名を名乗っているのになんでお前は芸名だけなんだ」
そう言われても困るでしょう。
別に自分が華原朋美並だと思ってはいません。
ただね、本名以外を名乗っていても、それが決して相手を信用していないからという訳ではないのです。
もし仮に私がここでMinMinと名乗らず「野田香子」だの「川島うらら」だの、日本人の普通にある名前を名乗っていたら本名を公表していると思ってもらえたのかな?
そして
「野田です」
「川島です」
と名乗れば信用していると思われたのでしょうか?
なんでこんなことを考えているのか?
ま、人によって考えは違うと思うのですが、私のホームページに本名が出ていなかったと言われ、それでも私が名乗らなかったら「信用されていない」と思われてしまったみたいなのです。
本名なんて私がHPに散りばめているヒントを読み込めば解るかもしれません。
でもね、そんな無駄なことに精力をつぎ込んでもしょうがないと思うのです。
ここにMinMinと名乗る人がいて、こういうことを考えて、こういう物の見方をしている。
まずはそれでいいんじゃないでしょうか?
会いましょうということになれば私はネット上で知り合った人ともばんばん会ってます。
もし、私が本名を名乗らないということで、私が信用していないとか、私を信用できないと思うのならば仕方ないでしょう。
それも考え方のひとつです。
だけど、私が会うことになるであろう申し出をしたり、アクションを起こしたり、「会いましょう」と言い出すのは、その相手をまずは信用してみようという気持の現われなのです。
人にはそれぞれの考え方やスタンスがある。
「名前」ひとつ取っても考え方が違うんだな...そう思ってしまいました。

7月26日
もうすぐ7月も終わりです。
最近、私の周囲ではPC大爆発事件が多くて、ビルゲーツの陰謀か?などと言われています。
それにしても日本では、もうインドネシア暴動は収まったもんだという色合いが強いみたいですね。
メールで華僑の友達からもらう情報と、日本の情報のひらきに唖然ととします。
多くの華僑が言われなき迫害を受けているとか。
まったく、遣り切れない話です。
なんにも出来ない自分が歯がゆいです。
今の私に出来るのは祈る事だけです。
God bless Uncle W. and his family, "Sikat GIGI" and other friends in Indonesia.
どうか、1日も早く、インドネシアに平和が訪れますように。
友達から8月7日に大々的な抗議集会がアメリカで開かれるというメールをもらいました。
私は遠い空の下で同じ日にインドネシアの人達の為に祈りたいと思います。
日本では報道されていないけれども、インドネシアにおける混乱はまだ終わってはいないのです。
Protest Planned on August 7 by the Chinese Students in USAに興味のある方は、こちらにどうぞ。

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minmin@geocities.co.jp