MinMin's Diary

私が今住む台湾という土地は、船に喩えれば「台湾丸」と言えます。
私が「日本丸」から乗り移ってきた先です。
どう進むかは乗っている誰も知らない。
それは「日本丸」にしても同じこと。
歴史という流れを進む船の行方は誰も知らない。
ユーゴスラビアがあんな風になるなんて、10年前は誰も予想しなかった。
国際情勢を眺めていて、いつも思うのです。
10年前と比べてどう変わっただろうかって。
変わってないこともある。
変わってしまったこともある。
でも、どれも10年前には予想していなかったこと。
だから、どこの土地にしても予測不可能ってことです。
ただ、思うのは、そこに乗っている人が船の進路を決め、それが結果的にどうあろうと、しょうがないと思うのです。
それは歴史の流れの中で抗いがたいことです。
「台湾丸」だけじゃなく、「日本丸」ひいては「地球号」の進路だって誰も予測できない。
もしかしたら明日には宇宙から突然、UFOがやってくるかもしれません。
だからこそ、将来のことを色々と憶測して何かをするよりも、今、目の前にあることをした方が有意義だし、大事なことだと思うのです。
運命論者的かもしれないけれど、自分が与えられた範囲で精一杯やるように努力し、目の前にある問題から取り組んでいくこと。
変にイデオロギーや政策に振り回されることなく、やるべきことをやる。
それが大事なんじゃないでしょうか。
イデオロギーも政策も100年経てばズレてきます。
文明の発展と共に、科学も農業も工業も変わってきます。
そうすればイデオロギーも政策も変わってくるでしょう。
政治形態だって変わります。
足利幕府のやり方で今の日本は治められないでしょう。
だけど、一人一人の人間が幸せになる権利はいつの時代にでもあるはずです。
かつて、「個」という存在が認められなかった時代にも、人々は「個」として精一杯に生きてきました。
その生き方は、今の私達とは違うように映るかもしれません。
でも、心の奥底では「個」としての己があったと思います。
名もない人達が握りしめた道具などを目にした時、彼等が温もりをもって、この世に存在したことを感じます。
歴史は教科書の上だけではなく、街のそこかしこに息づいている。
そのことに気がつかず、大きな歴史的事業にばかり意義を見出している人達が多いこと。
自分達も、大きな歴史の流れによって流されている、船の上にいるのだという自覚を持っている人が一人でも多くいることを願います。
意図的に事物を変えようとすると、歴史によってしっぺ返しを受けるかもしれません。
そんなことを思いながら、私が通っていた学校の有名な門が取り壊される話を思い出していました。
歌まである有名な門です。
老朽化してた訳でもない。
別にそこにあるから、キャンパスの発展の邪魔になっていた訳でもない。
ここから昭和18年、多くの先輩達が学徒兵として戦場へと旅立っていきました。
多くの教職員達は、彼等の背中をその門のところからずっと見送っていたそうです。
この門がなくなってしまう。
21世紀を前に古いものを無くしてしまおうということなのでしょうか。
必然で無くなっていくならば、まだ納得いきますが、ただ壊されるのでは哀しすぎます。
でもしょうがない。
私の心の中で、この門は生き続けるしかないのでしょう。
誰がこの門を壊すことを決めても、私の心の中にまでは入ってこれない。
こんな心境になると、またしてもかつての人達の中に、似たような心境になったであろう人達がいたことを思い出してしまいます。
人の心はどんなことをしても、他の人が支配できない。
こんな風に、考えていることが、いちいち「歴史」とつながってしまうのです。
歴史という大きな流れの中にある、ちっぽけな人間の生き方。
様々で面白いなと思います。

11月7日
本日は玉蘭荘の音楽会でした。
元気一杯のじじ様、ばば様が声張り上げて、表現力一杯に歌を歌いました。
おばあちゃん達はみんなおシャレしてきてて、微笑ましかったです。
私もああいう風に年取りたい。
そんなこと思って家に帰り、日本のニュースを見ると中国残留孤児について報道していました。
「残留」って響き、私はあまり好きではないのです。
中国残留孤児に関しては「残留」かもしれません。
彼らに自分の意志で決定する能力はまだなかったはずです。
この言い方が定着してから、日本のマスコミは「残留」という言葉をよく使います。
北朝鮮の日本人妻についても「残留日本人妻」と呼び、あまつさえ、台湾に住む玉蘭荘に通うおばあちゃん達をも「ここにも居た!残留日本人妻」なんて書いた人もいる。
私はね、北朝鮮に居る人のことも「残留日本人妻」と呼ぶことはできないと思います。
彼女達は自分の意志で北朝鮮に渡りました。
残留したのではなく、新しい国家の建設を夢見た夫と共に新しい人生を拓きに渡ったのです。
「残留」ということは他の人達が引き揚げるのに、それが出来なかったということが前提にあります。
しかし、北朝鮮に渡った日本人妻の場合はそういうことはありませんでした。
台湾にしても同じです。
確かに日本人が台湾から引き揚げていきました。
しかし、これらの日本人の妻達は夫と共に新しい人生を歩むために台湾を選んだのです。
人生の半分以上を台湾で過ごした彼女達を「残留日本人妻」というのは見当違いでしょう。
音楽会が終わった後のおじいちゃん、おばあちゃん達の顔は成功させた喜びであふれていました。
「ありがとう」と言いながら手を差し出してくるおばあちゃん、おじいちゃん。
平均年齢70歳弱であっても、自分達自身で何かをすることができるという自信に満ち溢れていました。
この人達を必要以上に惨めなものに見せようとする表現を私は嫌います。
私もいつかこんな風になりたいと思う人達のことを、どうか心無い表現で語らないでほしいと思います。
あ、そうそう。
某日本語ミニコミ誌@台湾に変なもの発見。
台湾に観光ビザで入り、居留証もないのに「在台ライター」と称している人。
工作証もないのに大手企業で働いていると語っている人。
事情を知っている人は「あ、この人達はね」と解るけど、知らない第三者が見たら、台湾での就職が案外簡単みたいに思われるので困ります。
自分の肩書きをかっこよく見せたくて「海外就職」に憧れる人達が多いですね。
困ったもんです。
日本できちんと就職できない人が、どうして外国だと就職できるって思うのでしょう。
中国語が出来るだけで、台湾で就職できると思われては困ります。
「何か」が出来てプラス中国語。それに加えて運の良さ。
ま、運も実力のうちと言いますからね。
先日、お会いした某ミニコミ誌を発行されている女性達は本当に実力者揃い。
会社まで設立してしまったほど。
コネを頼ることなく、自分の力で、きちんとした会社を建てている人がいるだけに、「ひとかど願望」でひょこひょこ登場するような人達の方にスポットライトが当たるのを困ったもんだなぁと思います。
ま、もっとも、きちんと会社を建てるような人って、あんまりああいう雑誌に載りたがらないんですよね。
だから、台湾で手に入れたミニコミ誌などに載っている人物の話を読んでも、話半分で理解していた方がいいかもしれません。
在台ライターを名乗る方に関しては、JAROに報告したいなぁと真剣に思ってしまいました。
私の大好きな曲にジョンレノンの「イマジン」という曲があります。
彼のこの歌に込められた意味に感動したのですが、その歌を聴いたのが、彼が暴力の前に生命を奪われた為の追悼放送ででした。
「国境も宗教もなければ、戦う必要はなくなる」
ここで言う「宗教」とは「神を信じること」ではなく、ともするとイデオロギーに変質する「宗教」のことなのでしょう。
そんなことを考えました。