MinMin's Diary


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9月1日
いよいよ9月になりました。 8月29,30,31日と大阪に行って来ました。
めちゃめちゃ久しぶりの大阪でした。
そちらでお世話になった皆様、どうもありがとう。
新しくなった道頓堀のグリコのネオンも見られたし、美味しいたこ焼きも食べられたし。
地域限定のプリッツたこ焼き味やら、コロン抹茶味までゲットできたし。
それにしても、帰りの新幹線の中で、北朝鮮のミサイル発射のニュースを見てびっくり。
いやぁ、日本全域が着弾地域にすっぽり入るミサイルなんですねぇ。
そんなのが日本の上空を飛び越えていったのに、日本のメディアはいやに淡々としてますね。
おまけに政府も、通常の「遺憾の意」だの「憂慮する」だのといった表現ばっか。
こんな調子でいると、2002年のワールドカップの開催国は、22世紀の歴史の教科書では「北朝鮮」なんてなってるかも。
もし、この場合、日本が台湾で、発射した方が中国大陸なら、間違いなく今頃、町中大騒ぎだろうな。
どっちの反応がいいとは言わないけれど...。
過剰反応も恐いけど、無反応も恐い。
そんなこと、考えました。

9月3日
自分のテリトリー以外のところで生活するのは大変なことです。
例えば自分が生まれ育った地方から、住んだこともない土地へと移った場合、それが国内であっても大変なストレスになります。
ましてや身一つだったらいざ知らず、子連れだったりすると本当に大変。
日常の細々したことからが「?」「?」で襲い掛かってきます。
電気の球が切れても、どこの電気屋に連絡したらいいんだろう?
病院もどこに行けばいいの?
ゴミを捨てる規則は?
日常生活は引っ越したその日からやってきて、待った無しです。
この「日常生活の中の待った無し」は往々にして女性に降りかかってくる比率が高いでしょう。
実は今日、友達の家に電話をしたら、彼はまだ帰って来ていなくて、代わりに奥さんが出ました。
奥さんは東京には縁もゆかりもない人で、彼が地方担当だった時に知り合った女性です。
それが生まれて初めての東京生活を二人の子供と一緒に送っているのです。
私も彼女と一緒に御飯を食べたり、買い物をしたことがあるのですが、私の声を聞くと、彼女はとてもうれしそうで、色々と喋りたさそうでした。
里帰りしているという状況の私に「やっぱり実家って何がなくても、ほっとできますよね」と言っていました。
今、住んでいる場所に不満はないけれども、子育てと慣れない土地での日常生活に一所懸命取り組んでいる彼女の日々が感じ取れました。
なんだか、台湾で出会う日本人女性ともダブります。
台湾で出会う日本人女性とは私のような台湾人の夫を持つ人に限定しているのではありません。
そこの土地で生活をしている人達です。
それも家庭を持ち、日々の野菜の値段の変動を意識し、電気の球を替えたり、水漏れの修理を頼んだり、電話の故障を電話局に知らせたり、銀行に電気料金を払い込みに行ったりする役割を家族の中で果たしているのは大抵が女性です。
私もイエローページで電気屋を探したり、工務店を調べたり、銀行に走り込んだりしました。
こんな細々した、どうでもいいようなことが、徐々に積もってストレスになります。 今日、電話した先の彼女にしても、日々の生活の中で出会っている問題に対して、自分なりに向き合っていっています。
決して後ろ向きな人ではありません。
むしろ前向きな人です。
でも、その前向きさ故に、ちょっと気の毒になりました。
健気さ故にツライだろうなと思いました。
きっと思いっきり爆発できず、心のどこかで不安を抱え、ストレスの素を持ち続けているんだろうなと思ったのです。
自分の不満を辺り構わずにぶちまけられる人、後ろ向きな姿勢を他人に平然と見せられる人だったら、こんな風には思わないでしょう。
何しろ、台湾人の夫を持つ私に対して、初めての電話でありながら、さんざっぱら台湾の悪口を1時間半も言い続けた日本女性もいましたから。
こういう人は、自らの健気さ、真面目さで追い詰めるという状況にはぶち当たらないだろうなと心底羨ましく思いました。
おまけに聞けばなんでもダンナにやらせているとか...。
それはそれでいいですけど、そういう人の愚痴を聞くために電話代を払うんじゃ馬鹿馬鹿しいから二度と電話はすまいと決意しました。
それよりも、一所懸命やっていて、前向きさ、健気さがひしひしとこちらに伝わってきながらも、ヘルプ信号を声から感じる人に電話した方が、なんぼいいか。
e-mailで済む用事だったんだけど、電話して、彼の奥さんと話ができてよかったなと思いました。
よく考えたら、自分だって似たような状況になりかねないんだなぁと思うと、余計、なんか力になれないかなぁと思うのであります。

9月10日
今日、マギーが死にました。
16歳と5ヶ月。
御長寿犬としても評判の黒柴でした。
最期の最期まで頑張って、逝きました。
小さい頃から利口で、まだ1歳にもならない時に犬小屋の毛布を日中に取り出して、太陽にあて、夕方になると取り込んだりして周囲を驚かせました。
寒い北風の吹く日には毛布を入り口のところに高くあげて、上の方だけ残して風を防いでいました。
思い出は尽きず、眠るように横たわっている彼女相手にみんなで「マギーはこうだったね」と話しかけています。
よく気を遣う子なので、私が台湾に戻るのに丁度いい頃を見計らって逝ってしまったのでしょうか。
今はちょっと、頭の中の整理がつきません。
子供の頃から仲が良かったワンちゃん達のほとんどが、もう既に天国に行っています。
彼らが天国の門のところで待っていてくれているのでしょうか。
マギー、元気でね。
あっちではまた昔のように精一杯走ることが出来るよ。
お姉ちゃん達もいつかはそっちへ行くのだから、それまでお友達と仲良くしていてね。


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