忙しいのが一段落着いて、ホッとしながらこの一ヶ月を振り返ってみる。忙しく余裕がなかったとはいえ、渡米以来書き続けていた日記と家計簿が、とうとう中断してしまったのは残念。
4月の上旬には、アメリカ都市計画会議に出席するためにボストンへ。西海岸とは全く異なる空気の街。歴史的な雰囲気がうらやましい。会議は年に1度の大イベント。アメリカ中から勉強と社交と息抜きを兼ねて人々が押し寄せる。人の話を一日中座って聞いているのは苦痛で眠気に耐えられず、途中で街の散策に出かける。5年前に初めて来た時と比べて、歩きながら目が向く対象が「建物」から「そこにいる人」に随分と変化している。天気もよく散策は楽しい。夜は資格試験の直前講習に出席。試験の心構えからレクチャーが始まる。「前の晩は良く眠ること」「鉛筆は予備を持ってくること」「迷ったら次の問題に移ること」など、試験の国ニッポンから来た私には馬鹿馬鹿しくなってしまったが、アメリカ人は目を輝かせて聞き入っていたりする。途中からは、「経済学1時間レビュー」などといった中身のあるものになり、こちらは予想外に充実。
会議の合間は社交。まずは、久しぶりにMIT卒業目前の友人K、Yと再会。卒業を目前にしつつ、ゆとりがあるのが去年の私と大違い。Berkeleyのクラスメート達にも数名出会う。皆、卒業以来それぞれに別の道を歩んでいるのを確認。HarvardのJはマイペース。また、会議中に「すみません、日本人の方ですか?お話聞かせて下さい。」と話し掛けてきたテキサスに留学中の日本人青年と話す機会も。彼の勉強していることは、カリフォルニアやオレゴンとは大違い。一口に「アメリカのまちづくり」と言っても、場所によって全然異なるのが面白い。これだから「アメリカではね…」などという台詞は軽率に語れない。
会議後、休暇をくっつけてNYCへ。今さら観光する気もしないので、食事と社交に精を出す。予備校以来(向こうは大学時代の私を知っていた。失礼!)の再会であったEは、建築の修士取得後、アーティスト事務所で活躍中。マンハッタンの住まいは、日本の雑誌が喜んで特集しそうな「かっこいい」コンドミニアム。しかも彼女、テーブル造りから壁のペンキ塗りまで全て自分でやっている。こういう元気に自立している人は本当に輝いている! 彼女と一緒にジャズクラブで2時過ぎまでゆっくり遊べて最高。 また、元同僚夫妻のUpper Eastのお家にも泊めてもらったが、やっぱりNYCは刺激的で面白い。子供ができる前に(←予定もないくせに)、一度は住みたいものである。サークルの後輩H、もっと行動しなきゃもったいないよ!エンパイアステートビルの夜景を見ながら一人タコベルは寂しすぎる。
さらに南下してPhiladelphiaで、Berkeleyの最高の親友の一人で、今はBaltimoreで働くDと落ち合う。元気そうで何より。ペン大獣医学科の彼女の友人も合流し、皆でダウンタウンを歩く。映画などのイメージよりもはるかに居心地が良い。夕食後、さらにBaltimoreまで南下する。こちらは自分が住むには厳しい空気。東海岸の保守性と、経済の地盤沈下が歴然。何だか10年か20年前にタイムスリップした感覚。友人もいないのに仕事をみつけて引っ越したDも、I'm lonely!と叫びつづけており、一刻も早く脱出したいそう。翌朝、Washington DCからブランチを食べにやってきたサークルの後輩Kの、しっかりした様子を見れたのが数少ない収穫。
ポートランドに戻ると、資格試験まで4週間を切っている。家にいると勉強しないので、夕方と土日にポートランド州立大学の図書館に通う。学期末でもあり、死にそうな顔をしながら勉強している学生が大勢おり、「自分も頑張らねば」と励みになる。やっぱりアメリカの大学の夜は長い。深夜に図書館前で話し込んでいるカップルを見ると、バークレーを懐かしく思い出す。 でも、仕事しながら勉強するのは正直厳しい。体が拒否反応を示してしまう。いつものことながら、最小の努力でボーダーラインを狙おう(←甘い!)。
こういう時に限って仕事も忙しくなる。シアトル郊外への出張、入札文書の作成、会社案内の作成、春になって激増した日本からの視察団への対応などなど。こういう状況で、ヨーロッパの視察先からのFAXが深夜の2時にピーッ!と鳴って起こされ、おまけにそのFAXがドイツ語で書かれていたりすると発狂寸前。 こういう時は心身に無理は禁物。頑張って美味しい食事と十分な睡眠を取ろうと努力はしてみるが難しい。仕事仲間や他社の人から労いの言葉をかけられると救われる。 そんなある日、「うちの正社員になる気はないか?お金やビザの問題は何とかするから。」とボスのお言葉。今は日本で仕事がしたいので考えにくいと言うと、将来気が変わったら何時でも言ってこい、とのこと。日本に居辛くなったらお世話になろうかな…
どうにか土曜日に試験も乗り切り、その後月/火とソルトレークシティで自治体/ビジネス人を招いてワークショップを開催。モルモン教の白人ばかりで、最も保守的と言われるユタ人(それも肩書きの高い人ばかり)を仕切るのは私には難しかったと思うので、カリスマのカルソープ、フレゴネシ両氏の黒子に徹する。黒子であることに少しホッとした一方、ちょっと残念。しかし、一部屋200人以上の中に、アジア人1名(つまり私)、黒人ゼロ、ヒスパニック数名、という比率は異様である。アメリカ人の友人が口をそろえて「あのソルトレークシティが世界を相手にオリンピックを開催するなんて信じられない」というのも頷ける。
ともあれ、これで全て一段落。明日からはヨーロッパ行きだ! 楽しみ!!