「恋人は魔法使い」  〜DREAMY BABY〜  No.1


 序章


 お空に 白いプチムーン

 鳶色のほうき星 流れて 消えて
 三日月に腰掛けた 魔法の国の王子様

 銀色のフルート そっと奏でると
 羊も犬も猫も お星様も
 みんな一緒に踊り出す

 ペアで踊る 月夜のステップ
 その眼差しで 私のハート 射止めてね

 あなたは私の手をとって
 銀河のケープに包まれた私と
 一晩 踊り明かすの

 今夜 あなたは私だけのもの




1  孤児院育ちの可哀想なエイミー


−1−

 あー。 誰でもいいから、私をどこか遠くへ連れて行ってくれないかしら。

 私。エイミー。孤児院のみなしごの貧しい、可哀想な女の子。
 すんごいチビすけなんで、年下のガキにもいじめられて泣かされたりしちゃう。
 孤児院の先生達だって、みんなエイミーのこと嫌いなの……。

 私の隣のベットに寝てるメアリーみたいな、根性曲がりくねって根性悪でも、外観は金髪、碧眼、巻き毛の天使みたいな女の子が好きなんだ。
 エイミーみたいな、茶髪、茶眼、くせっ毛の内気な、そのくせドンクサくって失敗ばかりしてる子なんて、目にかけてくれないどころか”諸悪の根源”とばかりに、先生達の格好の怒りの吐け口。

 ここ数年、怒られなかった日なんて、片手の指で足りちゃう。
 パパ、ママ。どうしてエイミーのこと捨てちゃったのかな。
 育てられなくても、名前とか住所くらい書き残しておいてくれたら、どんなに辛くても耐え抜いて、大きくなったら会いに行くのに。

 泣き虫のジミーだって、痩せっぽちのマリーナだって。みんなみんな、両親がちゃんと生きてて、クリスマスプレゼントとか毎年貰ってるんだよ?
 なんで、エイミーだけパパもママもいないの?
 ひょっとしたら……パパ、ママ、もうこの世にいないのかな?
 なんだか、涙が出て来ちゃうよ。

 お空には白いプチムーン。
 コバルトブルーの夜空に、ちかちか瞬くお星さまたち。
 もうみんな寝ている時間。

 今夜は、あんまり淋しくなったんで。
 こっそり寝室を抜け出してきたんだ。
 お遊戯室の大きな窓の下で、メアリーに取り上げられた、ちょっぴり手垢でよごれた、お気に入りのシャム猫のぬいぐるみを、ぎゅうっと強く抱きしめる。

「トム、今夜は私だけのトムだね」
 トムという名の、お気に入りのシャム猫のぬいぐるみは、月影の下、コクンとうなずく。

 そのまま、ずーっと夜空を見上げていたの。本当にキレイだったから。
 パパ、ママのことなんか考えながら……。

−2−

 その時!な、なんとっ!!

 鳶色のほうき星が、しゅーっと音を立てて目の前に現れたの!

 し・か・も
 その大きさが半端じゃない、窓一面が、そのほうき星さんで、信じられないかもしれないけど、そ・の・ま・ま・ほうきの形してんの!

 ぴかーっ☆と鮮烈な光りを浴びて、思わず目をまん丸、ドングリおめめにしたまま、声も出さずにその場に立ちすくんじゃった。
 その時、ほんの一瞬しか見えなかったんだけど、確かに見たの。
 ほうき星の背後に黒いシルエット、若い長身、細身の男性の切り絵のような姿。
 しなやかな身のこなしで、あっという間に視界から消えた。
 はっと我に返ったのは、トントンと肩を叩く小さな手に気付いて。
 ぎょっとして振り向くと、先刻まで腕に抱いてたぬいぐるみの猫のトムが、くりくりっと緑の瞳を輝かせて、へへへっと灰色の前足でピンッと跳ね上がったヒゲをなでた。

「いや〜っ、窮屈だったあ!!」
 う〜と伸びをして、ぴょんっと窓の桟に飛び乗った。
「ト、トム、お前、生きてるの?」
 トムは、ふふんっと笑って、
「ぬいぐるみにだって、ちゃんと心はあるのさ。ただ、動けないだけ。今までずっとエイミー達のこと見守ってたんだよ。笑ったり泣いたりしてるの」
「本当に?」
「そう。エイミーが初めてこの孤児院にやって来た日のことも覚えているよ。凄い大雨の日でタオルケットに包まれてずぶ濡れになった小さな赤ちゃんが、玄関の石畳の所に寝かされて大声で泣いてた、それがエイミーさ」

 トムは、ちょっと遠い目をして長い尻尾をくるんと曲げた。
「ふーん。で、それで……なんで急に動けるようになったの?」
「ボクにもよく分からないけど、さっき何かがぴかーっと光ったあの光線に訳がありそうだな」
 そう言うと、くいっと首を傾けた。

−3−

「そういやー、どこかで聞いたことあるなあ、ぬいぐるみの間の言い伝えなんだけどね。おやっ? あれは何だろう」

  窓の桟に乗っていたトムが、窓の下の方に身を乗り出して、一心に何かを見つめている。
「どこどこ?」

 エイミーも身を乗り出す。トムの視線を辿ると、中庭の暗い茂みの中に、確かに神秘的にキラキラ輝く物体が転がっていた。
「ちょっと見てくる」

  トムは、ひょいっと闇の中に身を投げると音も無く、足から優雅に中庭に着地した。
  しばらくの間、茂みの中でゴソゴソする音がして、それから”キラキラ輝くなにか”を口にくわえたトムが、茂みの中からボコッと頭を出した。

「かなり大きなものだね。ボクにはちょっと重いけど、エイミーだったら持てると思うよ、降りておいでよ」

  ……とは言っても、ここは2階でも天井の高い造りだから、普通の建物の3、4階になるのかな?
 1階は子供達が逃げ出さないように窓も扉も夜間は錠が掛けられている。

 う〜ん。でも、しょうがない。
 よくよく窓の辺りを見渡すと、屋根の上の雨どい代わりの、小さな金属の籠を何重にも連なぎ合わせた飾りどいが、屋根から地面まで真っ直ぐに垂れ下がっている。

  孤児院の先生達に見つかったら三日三晩、食事抜きだな……なんて、チラッと頭の隅に掠めたけど……
 気にせずに、飾りどいに片足を掛けた。

 ……足場が悪かったのか、重心のバランスが狂って、ずずずずず──と一気に地面まで滑り落ちて!?

  後ろ向きにひっくり返って!
 茂みの中に頭を突っ込んでしまった!!
「くっ、くっく……。はーっはっは!!」
 トムがお腹を抱えて、たまらないっといった感じの大笑い★

  トムのバカヤロ──!★
 少しくらい心配してくれたって、いいだろう。恥ずかしいのと怖いので、

−4−

 もうゴチャゴチャの頭ん中。

「ところで、コレ、何だろうね?」
 ようやく落ち着いたトムが、キラキラ輝く長い棒のようなものを茂みの中から、 ひょいっと突き上げた。
 棒の先の方は、茂みの細い枝に引っかかっている。
 よーいしょっと

 綱引きの要領で、思いっきり引っ張ってみる。
 と、思ってたより簡単に抜けた。
 そおっと、松明かりみたいに空に向けて掲げてみると、
 パチパチパチッと七色の光りを放ち、本物の炎のように眩しく瞬いた★

「うわあ──。キ・レ・イー!」
 季節外れの花火みたいで、しばらく言葉もなく見とれてしまった。
 閃光が収まると、その、”物体”は夜の深い闇の中に、静かに本来の姿を現した!

「あっ! ほうきだあ!!」

 金色に輝く物体は、昔風の一本一本編み込まれた小型のほうきだった!!
「ねえ、ほうきってさあ、よくお伽噺とかに出てくるじゃない?魔女とかが乗って自由に空が飛べたり、ひょっとするとさ、コレもそういう素質あったりなんかしてー?」

 すっかり’HIGH’になって、金のほうきに跨って、前後にゆらゆら揺すってみるけど、ビクともしない。

 やっぱりダメなのかな?
 そんなに世の中、甘くないよな……
 なんて思った時。

「院長先生、先生、大変です。またエイミーがいません!!」
 大きな声が建物を突き抜け、孤児院の広い敷地内に稲妻のように響き渡る。
 と、同時に建物の窓に次々に明かりが灯り、バタバタと走り回るスリッパの音があちこちから聞こえる。
 大──変!! 夜の見回りがあるの、すっかり忘れてた!
 いつもこの時間までには、ちゃんとベットに戻っていたのに……

 その時、中庭に、さあっと一筋。
 ライトの光線が突き刺さり。
 エイミーとトムの姿が暗闇の中浮き上がる。

−5−

「トム、大変だ! 逃げなきゃ!!」

 とっさに、茂みの中に身を隠す。
 もう、心臓パクパク状態☆

「エイミー、隠れたって無駄だからね。そこにいるのは分かってるんだから、さっさと出てこないとどうなるか……
 2階の子供部屋の窓が大きく開け放たれ、悪魔のような形相をした院長先生が、吠えるように怒鳴る★
 中庭に続く、少し錆び付いた非常階段をぎしりぎしりっと不気味な不協和音を奏でながら、顔面蒼白の老女が、じりじりとエイミーの達の方に近づいてくる。

「お前みたいなひねくれ者は、地下室に閉じこめて禁固3日間、食事抜きのお仕置きだからね!」

 その死刑の宣告のようなお告げと同時に。
 突然の稲妻が、凄まじい閃光と騒音を立てて、エイミー達の数メートル先の木を直撃した!!

 その閃光で、茂みに隠れていたエイミーと、トムの姿が老女の前にくっきりと浮かび上がる★
「やっぱり、そこにいたのね!」
 ニヤリと獲物をしとめたフクロウのような笑みを皺だらけの顔に漂わせ、下草を踏み分けながら確かな足取りで向かってくる!!

 その手は、金属製のずっしり重そうな杖をしっかりと握りしめている。

 絶体絶命だよ〜っ!!
 エイミーの命運も、とうとう尽きたか?
 ううん。最後のお願い。
 神様。もし、いるんでしたら……

 エイミーを助けて!
 小さな手の中の、この金のほうき。
 お願い!飛んで、飛んで!!
 思いの限りを込めて、真剣にそう願った。

───その時、奇跡が起きた───

−6−

 急に、アクセルを踏み込んだ時みたいに、
 前につんのめる感じで、ふわりと体が浮いた!
 そして、そのまま、どんどん急上昇していく。

 どんなジェットコースターよりも迫力満点。
 振り落とされないように しがみついているのが精一杯。
 髪の毛は、もうパッサパサで頬を右、左と激しく風が切る。

 やっと落ち着いたと思った時、下の方から、エイミーを呼ぶ必死の声がするのに気付いた。
「エイミー、僕も連れて行ってよ!」

 遙か下の方に、低木をかき分けながら必死に走ってくる、グレーの小さなネコの姿が見えた。
 いけない! トムを忘れてた!
 慌てて、急降下!! びゅーん☆

 そ・の・時
 トムのすぐ後ろまで追ってきている院長先生と目がぱっちり★
「エイミー、逃がさないよ!!」
 その鬼気迫る狂人の目に。一瞬背筋がヒヤリ★
 でも、でも。今はそんな場合じゃあない!!

「トム、早くおいで」
 エイミーの差し出した手が、院長先生がトムの尻尾をつかむ手より1/1000秒ほど速く、トムは素早く肩に飛び乗る!
「ほうき! 急上昇、発進!!」

 叫ぶと同時に、金のほうきは一直線に空へ向かってすっ飛んで行った。
 驚いた子供達の、口々に叫ぶ歓声が後ろの方から、かすかに聞こえてくるけど、
 その声もどんどん小さくなっていく……

「あれ、エイミーじゃない!?」
「すんげー、ほうきに乗ってるよ」
「あのネコちゃん、私のよ」
「ねえ、どこ、どこ?」


2  三日月の上に


−7−

 窓の上から見る初夏の夜の、街の風景は、あちこちで色とりどりのネオン街灯が、ちかちか瞬いて、アコーディオンのすっと胸に浸み通る懐かしい音色が、川辺のそよ風に乗って微かに聞こえてくる。

 空高く上空の夜空は、肌寒くもなく、ちょうど心地良い風が滑るように軽やかに流れていて時がたつのを忘れてしまいそう。
 今夜、こんな星空が綺麗な夜に──。
 エイミーは、とうとう家出をしてしまいました。

 でも……

 この先、一体どうしたらいいんだろう?
 ねえ、トム。
 なんだか、途方にくれちゃって。

 肩の上にちょこんと乗ったトムの顔をのぞきこんでも”脱ぬいぐるみ”を果たしたばかりのトムは、初めて見る物、聞く物ばかりで。
 心ここにあらず状態。

 そうだね。
 悩んでても仕方ないもんね。
 これからは、自分の力で何でもしなくちゃいけないんだ。

 その時──
「エイミー、見て、見て!あそこ」
 トムが興奮して前足で指している方向を見て、思わず。
 うわ──っと大きな歓声をあげちゃった☆

 そこには、な・ん・と。

 空にぽっかり浮かぶ、大きな大きな三日月に、黒いシルクハット、細身のぴったりしたタキシードを身に付けた、すらっとした長身の若いお兄さんが、ちょこんと腰を掛けて、銀色に輝くフルートを静かに奏でていた。

 その光景は、まるでお伽噺や絵本の中の一ページから、そのまま抜け出してきたかのように完璧な私なんか俗人が汚してはいけないような、そんな感じの美しさ。

−8−

 はぁ──っと、感嘆のタメ息を吐きながら。
 ほうきを徐行させながら、
 ゆっくりゆっくりとその”お兄さん”に近づいていった。
 ほんの至近距離に来ても、お兄さんは全く動じずにフルートの演奏を続けた。
 一章節を吹き終わったところで。
 一見、魔法使い風の”お兄さん”は笛を置き、ふっと顔を上げてこっちを見た。

 そ・し・て・その顔を見て……

 一段と深いタメ息を、はあーっと漏らしてしまった。
 涼しい切れ長の目。
 透き通るように澄んでいて、しかもどことなく、あどけなさも残る少年の瞳。

 す──っと通った、ちょうどよい高さの整った鼻。
 きゅっと閉じた品の良い口元。
 木蓮のような純白の肌。
 今まで、私が見たどんなお人形さんよりも美しい、
 そんな顔をしていた。

 あまりの美しさに、ぼけ──っと開いた口がふさがらないエイミーを、
 ”お兄さん”は不思議そうな顔で、じ──っと見ている。

「よおっ」
 開口一番の、外観とはかけ離れた無造作な口調に、
 もう心臓はドキン・ドキン★
「こ、こんばんは」
 いつものエイミーらしくなく、えらく淑やかになってしまうの。

「魔女子さん、とやらですか?」
 そう言って、”お兄さん”は、いたずらっ子のような笑顔を浮かべる。

 きらきら真珠のように光る白い歯と、
 月の光を瞬間密封したような瞳に、惑わされて。
  クラクラ目眩を起こしそうになる───

 そこで! 誤解されては大変!!と。

「いえ、とんでもない。違います!私は普通の女の子です!!」
 と、きっぱり断定。

−9−

「普通の人間の女の子が、こんな夜中にほうきに乗って空を飛ぶ?」
……
 確かに……。そりゃそうだけど。

 でも、不思議な事がたくさんありすぎて何が普通で、何が普通でないかなんて、もうどうでも良くなってきちゃた。

「え──っと、色んな訳があって、今は普通じゃないけど、ちょっと前までは、ごくごく普通の女の子で……
「ふ──ん」

 あんまり、しげしげと私の顔を見るので。
 自分でも頬が、じりじりと火照ってくるのが分かる。
「それで、そのほうきは一体どうしたの」
 その”お兄さん”の目が本当に優しそうだったから、
 エイミーが今まで見たどんな人よりも、優しい目をしていたから。

 エイミーの生い立ちと、今までの苦しい孤児院生活と、今夜起きた不思議な出来事を、一部始終、お兄さんに話してしまうことにした。

「ふ〜ん、そうだったのか」

 長い長い、エイミーのお話が終わると、”お兄さん”は遠くの方を見るような目で、腕組みしたまま、何かじっくり考え事をしているみたい。

「それじゃあ、君にはパパもママも兄弟も、頼れる人は誰一人いないって事だね。 ALL RIGHT?」
 こくん、と小さく素直にうなずくエイミー。
「まだ小っせぇのに可哀想にな」
 そう言って、お兄さんは頬を優しく撫でてくれた。

 これまで、こんなに親身になってエイミーの話、聞いてくれる人なんかいなくて。
 それに、ずっと暮らしてきた孤児院を飛び出してきたばかりで、もう戻れないし……。なんて思うと、今まで溜まっていた思いが、一気に込み上げてきて、涙が止まらなくなっちゃった。
「ね、ね、エイミー泣かないで」
 トムが、そっと涙を拭いてくれるけど、出す物は全部流してしまわないと終わらないって感じで。
 もう洪水状態──

−10−

「しょうがねえなあ」
 たまりかねて、お兄さんは頭に被っていた黒いシルクハットを勢いよく脱ぎ捨てた。
 月光の光りを浴びて、銀の滴に濡れた髪が、サラサラと川のせせらぎのような音を立てて流れた。
 なんて柔らかそうでキレイな髪なんだろう。
 感嘆して見とれている間に、自然に涙は乾いていた。
「見ててごらん。お嬢さん」
 私の目線まで顔をゆっくりと近づけてきて、シルクハットの中を、そっと見せてくれた。
「種も仕掛けもありません。ところが、くるっと一回しすると……

 繊細な手の甲で、クルクルっと器用に回転させる。
 サッカー好きの男の子が、ボールを蹴ってうまく頭に乗せたときに見せるような、得意気な表情を浮かべながら──。
「ごらんの通り」
 帽子の中には、真紅のバラの大輪が5本。
 たった今咲いたかのように在った。

「すっご──い!」
 無邪気に手放しで喜ぶエイミーを見て、お兄さんは少し目を細めて、本当に幸せそうな顔をした。
「もっとすごい事をこれから見せてあげるよ。ついておいで」
 そう言うと”お兄さん”は、エイミーよりもう一回り大きな金のほうきに跨って、夜の空へと繰り出して行こうとする。

「俺の名前は J・K 。もし、迷子になったら大きな声でジェイって呼びな」

 ちらっと斜め後ろを向いて Cool な表情でそう言うと、次の瞬間には、もう金の筋を残しながら遠ざかって行く。
 急がなきゃ。
 J が残した飛行機雲みたいな金の帯に沿って、エイミーも続いて追いかけていく。

 今の私の、唯一頼れる人。
 それが J 。
 もう後ろは振り返らない。
 そう心に決めた。



咲夜さん作

3  可憐な Princess の Birthe day 〜 in the White Castle 〜


−11−

 とにかく、 J の飛ぶスピードが速いんで、見失わないように付いていくのが精一杯、周りの景色なんか見てる余裕なんかないんだけど。

「ね、ね! エイミー、見て見て!!」
 肩の上のトムが興奮して、私の頭をポンポン叩く。
 でもね★
「え〜っ、どこどこ?」
 なんて、よそ見しちゃうと。

 ほうきはすぐに、勝手な方向に向きを変えちゃうんで。
 こんな高い所から落ちたら、もちろん……でしょ?
 命がいくつあっても足りないよ。
 で……慣れるまでは、よそ見厳禁。
 集中、集中って──周りの景色見たいのすんごく我慢してたから。
 J がやっとストップしてくれた時には、本当にホッとしたの。

 エイミーと J が着いた所は、色とりどりの雲が集まって広場みたいになった、かなり開けたところだった。

 辺り一面、雲、雲、雲。
 そして、かなり向こうの方に、白い霧のヴェールに覆われた、虹色に輝くお城が見えた。
「おチビさん。もう、ほうきから降りても大丈夫だよ」
 J が先に、ほうきから降りて真っ白な雲の上に立った。
 そう言われても……。実際立ったらズボッと足が抜けるんじゃないか、とか。
 ほうきが勝手に飛んで行っちゃうんじゃないか、とか。
 色々考えて、ためらっていた。

 そんなエイミーに。
「心配ないから、おいで」と、 J が両手を広げて微笑んでくれる。
 その笑顔がとっても優しくて。
 そして、広げられた胸がとっても頼もしく見えたから。

 思い切って、えいって。
 J の胸に飛び降りちゃった。
 ほうきが二人の足下に、音も立てずに静かに落ちて。
 一瞬……ストップモーションがかかったみたいに、二人は抱き合っていた。

−12−

 J の私を抱きしめる力強さに。
 なんだか、この人は頼れる人なんだ……
 なんて、心の底からそう思えて。

 こんな不安定な場所にいながら、すごく、リラックスした満ち足りた気持ちになった。
 もし、お父さんがいたら……
 こんな風にエイミーを抱きしめてくれたかな?なんて事も、ちらっと考えちゃった。

「コ、コホン、コホン……
 トムが気まずそうにセキをする。
 一瞬、トムが肩の上にいるのをすっかり忘れていた。
「何なの?」
「いや──、いつまで抱き合っているのかな、と思って」
「そんなに長かった?」
 そう言って、J が私をまるでガラス細工でも扱うように、そおっと雲の上に降ろしてくれた。
 雲の上って、なんだかおかしな感じ。

 ふわふわしてて、飛び跳ねたらポーンって飛んでいきそうな、何か足に力が入らないような、ちょっと不安定で。
 だけど、とっても気持ちいい肌触り。

「コツをつかんだら、もっとスッスと歩けるようになるよ」
 そう言って、J は遠くの雲に霞むお城に向かって歩いていく。
 エイミーは、小さなほうきを引きずりながら、慣れない足取りで、右に左にふらふら。
 なんだか酔っぱらいみたい。

 先刻の抱擁にも、ちょっぴり酔っちゃったのかもね。

 J は、私の数歩先を遅すぎも速すぎもしないちょうど良いペースで歩いてくれる。
 そして、時々。

「ふ〜む」
 と、何か考えるように腕組みするの。
「どうしたの?」
「いや──、人間の女の子抱きしめたの、俺、初めてで。柔らかくて温かくて、けっこーいいもんだな。なんて思ってさ」

 は、はあ──。
 な、なんか……顔に似合わず H かもしれない

−13−

 でも、いっかあ。こんなに優しくて、こんなにキレイなんだもん。
 それに、こんなにチビで汚い格好の女の子、相手にしてくれる人なんて。

 この目の前のお兄さん以外、いない!!
 思わず、嬉しくなって。
「え──っ、そっかなあ」
 と、ニコニコ顔。

 ほのぼのと甘い笑顔で話し合う二人を見て、肩の上のトムが、
「この二人、ズレてる」
……ったく付いていけない」

 などと、ブツブツ言っていたけど、みんな無視することにするの。
 エイミーの瞳の中は J の優しい笑顔でいっぱいなの。

 空の色は様々だけど。
 エイミーの足元にある雲も、黄色、オレンジ、少しピンクがかった紫色と変化に富んだ空の表情を、そおっと色つきのガラスの瓶に閉じこめたような微妙な色彩を、そのまんま再現していて……
 とおっても綺麗☆

 J は本当に優しいし。
 エイミー。ほんと幸せ。

 やっと、雲の上を歩くのに慣れてきたな。
 なんて思った頃、遠くの方にエイミー達と同じようにお城に向かって歩いてくる集団が目に入ってきた!
 あれ? っと思って四方をキョロキョロ見渡してみると、他にも沢山の集団が色んな方角からゾロゾロとお城を目指して進んでくるのが見えた★
 それこそ、多種多様な人種、珍獣のグループが!

 雲がゾロゾロ歩いている?
 と、一瞬、目を疑ったら。
 それは、羊飼いのお兄さんとその羊達の群だった。

 西の方角から、色鮮やかなチュチュを身に纏った細くしなやかなバレリーナ達が、くるくる踊りながら近付いてくる。
 長い髪に美しい薄いピンクの貝殻の髪飾りを付けた美しい人魚の姉妹達。

 まるで絵画の中から抜け出してきたような陶器のように透けるような白い肌をした天使の羽が生えた少年合唱団の一団。
 両腕いっぱいの満開の花束を抱えた、花売りの少女達。

−14−

 などなど。
「 J 、一体、これから何が起きるの?」
 なんだか全身がわくわくしてきちゃった。

「まあ、見てごらん。今日は、なんと一年に一度のSPECIAL DAYなんだ」
 J は、少し目を細めてお城の二階のバルコニーの方に目を凝らしながら答えるの。
 その瞳は、まるで小さな少年のようにキラキラ輝いていて。
 エイミー。 J のその横顔に思わず見とれてしまったの。

 お城に向かって進んできた一行は、バルコニーの前をぐるっと一円に取り囲む形で整列した。
「やあ、 J 。久しぶりだなあ!」
「元気だった?」
「ああ、元気だよ。そっちは?」
 みんな、とってもとっても FRIENDLY してる。

 J は? とあたりを探してみると。
 花売りの少女達に、そのサラサラの髪に小さな赤い花を差されておどけててる。
 そんな光景を見て、優雅に微笑んでいる人魚のお姉さん達。

 J はどこに行っても人気者なんだね。

 ちょっぴり面白くないエイミー。
 気が付くと、みんなじーっとエイミーを見ていた。

 人魚のお姉さん達が、手で口元を隠して、
 なにやらコソコソ話をしている。
 その横で、少年合唱団の天使達が楽器を持ったまま、珍獣でも見るかのように穴が空くほどエイミーの顔を見つめている。

 J は? と振り向くと当の本人は空を見てすっとぼけてる。
 みんな、見慣れない子ねえ。
 って視線でエイミーをじーっと見てる。
「ええっと……
 自己紹介なんかしたことなくって。
 思わずタジタジ……

 その時、虹色に輝く象牙のお城の二階のバルコニーの大きな窓がゆっくりと開いて、その途端、凄まじいファンファーレが辺り一面に響き渡った!

−15−

 びっくりして周りを見回すと、みんな歓声を上げながら身を乗り出すようにしてバルコニーに全神経を集中している。
 エイミーも、もっとよく見えるように背の高い群衆をかき分けて少しでも前へ前へと駆け出していった。

 エイミーが群衆の一番前まで来た時。
 とても綺麗な虹色のオーラに包まれた一人の可憐な少女が大勢の群衆が見守る中、バルコニーに姿を現した。

 その瞳は、どんな透きとおった湖よりも澄み切った薄い水色をしていて。
 一度その純粋な瞳に見つめられたら、自分からは決して目を反らせないような。
 そんな不思議な引力を持っていた。

「うわ──っ。綺麗な人だなあ!」
 エイミーが歓声をあげると。
 可憐な少女は、幸せそうな微笑みで返してくれたの。
 その笑顔が、あまりにも可愛らしくて。
 口を開けたまま、茫然とバカみたいに見とれていた。

 はっと気が付くと、 J が隣にいた。
「王女様お誕生日おめでとうございます」
 J が一歩前に進み出て、黒のシルクハットを右手で優雅な動作で斜めに流すように脱ぎ捨てると、うやうやしく腰をかがめて挨拶した。

 それに続いて、後方の集団が一斉に、
「Happy Birthday Dear Princess!!」
 と、大歓声で Little Princess を祝福した。
 折れてしまいそうなほど華奢で、野に咲く花のように可憐で清楚な王女様は、ギャラリーに向かって笑顔で手を振っていた。

「今日は、Princess の101回目のおめでたい誕生日なんだよ」
 J が口に手を当てて、コソッと教えてくれる。

「ふ〜ん、わりと歳なんだね」
「ここでは時の流れが違うんだよ。エイミーが今までいた所よりもっと穏やかに時間が流れている」

「みんな王女様が好きなんだね」
「そうだよ。王様も女王様もみんな好きだよ。

−16−

 そして特に可憐で美しい王女様はみんなの憧れの的。 この国中で一番、純粋で美しい心を持っておられる」
「そうなんだ」
「大切なことはみんな王女様まが決める。 エイミー、王女様に気に入られるように頑張った方がいいよ」

「えっ?」
「ここにずっと居たいんだったら……王女様に気に入られないとダメなんだ。ただし、王女様には嘘やお世辞、裏金などはいっさい通用しない」

「やっぱり J 、人間界から女の子を連れてきた」
 本当にしょうがないといった風に、人魚のお姉さんが、ほうっとタメ息をついた。
「いけないことなの?」
「本当はね。でも、 J 優しいから可哀想な子供を見たらよく連れてくるの。 あの合唱団の少年の中にも何人か J が連れてきた子がいるわ。 でも、キリがないから最近は王女様が決める難しい試験をクリアしないとダメよ」

「それに最終的には、この国みんなのOKが出ないとダメなんだよ」
 羊飼いのお兄さん達や、花売りの少女達が口々に口を挟むの。

 あ──うるさい。うるさ──い!!
 周りが私のことでゴチャゴチャ騒がしくなってきた時、バルコニーに王様と女王様が、ゆっくりと姿を現した。

「あらあら、騒がしい。何事かしら」

 輝くばかりのダイヤがはめ込まれた王冠を頭に載せた少しキツイ感じの知的な女王様と、優しそうな、かなり太めの赤いガウンを着た王様が仲良く並んでいた。

「また J が、人間の女の子拾ってきたんだよ!」
 天使の子供達がいっせいに元気に答えた。

「あらあら、こんなおめでたい日に」
 女王様は、ちょっと困惑を隠せないように頭を振った。
「最近人数が増えすぎてね」
「今度は本当に可哀想な子なんだ。お父さんもお母さんもいないし、どこにいるかも分からない。孤児院でもいじめられているし、どこにも行き場所がない」

 J が、物語を朗読するように感情のこもった口調で饒舌に話し始めた。
「それに……王女様の遊び相手にもなれるかもしれないし」

−17−

 一瞬、周りがシーンとなって──。
 みんながエイミーの顔をじーっと眺めていた。
「どうしようか」
「王女様に決めてもらったら?」
「そうしよう、そうしよう」

 みんなが一斉に、バルコニーの王女様の方に向き直った。

「そうねえ……

 王女様はスミレのような青い瞳でエイミーの目を、しばらく春の陽差しのような柔らかい眼差しでじっと見つめていた。

「2、3の簡単なテストをしてもらおうかしら」
「テスト?」なんの屈折した感情もないまま無邪気に答えるエイミー。
「そう。一つ目のテストは、世のため人のためになる行いをすること」

 思わず J と二人、顔を見合わせた。
 王女様は、ただにこにこと微笑んでいる。
 後ろの王様と女王様も、エイミーを見て同様に微笑んでいる。

「二つ目のテストは、魔女になるんだったらみんなに迷惑にならないような空の飛び方をマスターしないとね。実技面をじっくり見させてもらうわ」

 J が、まかせとけ!というようにドンと胸を叩いた。
 周囲からクスクスという笑いが漏れる。

「三つ目のテストは、この国の人みんなに好かれること。 最終的には全員のOKが出ないと、ここの住民としては認められないっていうこと。 それでみんないいかしら?」

4  J のペパーミント色のお家


−18−

「あーあ、なんでこんな役引き受けちゃったんだろ」
 J が困ったように頭を掻いた。

「頑張ってね、J 」
「ごくろうさま」
「今日は楽しかったね」

 みんな、 J の肩にそっと手を置いて、ゾロゾロと帰っていく。
 王女様は、みんなに笑顔で手を振って名残惜しそうにしている。
「それじゃあ、おチビさん。頑張ってね。楽しみにしてるわ」

 そう言い残して、バルコニーの大きな窓は静かに閉じられた。

「まあ、とりあえずガンバんな」
 J は、エイミーの背中をポンと優しく叩いた。
「そうだよ。エイミー」
  肩の上のトムが、心配そうにエイミーの顔をのぞき込む。
「ここ、すごくいいところだよ。みんな幸せそうだし。エイミー、もう戻るところなんかないんだから、ここで頑張らないと……どうにもならないよ」

 そんなことは分かってる。
 本当によく分かってる。
 でも、ほんとに心細いよ。

「ま、とりあえずオレが面倒見ることになったから。二人ともオレんちにこいよ」
「そうさせてもらおうか、トム」
「心配すんなって」
「 J は本当にいい人だよ」
 遠くの方で、合唱団の少年達や花売りの少女達が口々にエイミー達にそう教えてくれる。

「本当にいい人だよ」
 J が真面目くさって、そう言う。
 真剣な表情も、SO GOOD!!
 必死でおかしいのを我慢しながら、 J の顔をじっと見つめた。
 J は、エイミーの右の頬に。
  そっとキスをする。
「 J !」
 いきなりで、心臓ドキドキ☆

−19−

「ごめんな」
 J はちらっと舌を出して、いたずらっ子のように爽やかに笑ってみせる
「それじゃあ、そろそろ行こうか」

 J は、金のほうきに跨りエンジンをかけるように勢いをつけて、開かれた空間に飛び出した。
「どこに?」
 慌てて、エイミーもほうきに飛び乗る。
「オレんち。早いこと飛び方覚えないと一人前の魔女になれないぞ!」

 なにくそ!
 孤児院育ちのエイミー。根性だけはあるんだい!!
 J の後に続いて、ほうきをぎゅっと両手で握りしめ一直線に飛んで行く。


「さあ、着いたよ。おチビさん」
 J がひらりとほうきを飛び降り、ペパーミント色の屋根にちっちゃな煙突が付いた真っ白な可愛らしい家の玄関口に降り立った。

「うわ──。綺麗で可愛いお家だね」
 J は満足そうに、ほうきを物置にしまった。
「さ、入って入って」
 J が木製の厚いドアを、ゆっくりと聞いてエイミー達を中に入れてくれた。

 家の中は、趣味のいい家具、小物で統一されていて、応接室にはふかふかのとっても気持ちよさそうな緑色のソファーと高そうな長円形のテーブルがあり、壁には鳩時計が掛けてあった。
 キッチンも小さいけどちゃんとあって、食器棚には真っ白な陶器の食器のセットが全て揃っていた。

 J は、飾り棚から青いお皿を取り出してトムの目の前に置いた。

「口に合ったらいいけど」
 そう言って、ビスケットの袋からざざざっと文字形のビスケットをお皿に流し込んだ。
「えっと、ミルクは……

 キッチン横の大きな冷蔵庫の中をのぞき込んでる J 。
 冷蔵庫の中が一杯なのを見て一安心。
 その途端、昨日の晩から何も食べてないのを急に思い出し、お腹がぐーっと鳴った。

−20−

「 J 、早くご飯食べようよ!」
 J はエイミーの額を中指でつんとつついて。
「しょうがねえなあ、チビ」
 と優しく笑った。

 J の料理は手慣れていて、エイミーが見たこともないような難しい料理を涼しげな顔をして、何事もないかのようにてきぱきと作っていく。

 エイミーはその横で、テーブルクロスを直して真っ白なお皿を並べる。
 マグカップに J 特製のスープを注いで。

 サラダボールから野菜を少しずつ取って、ガラスの小皿に入れて。

 最後にトムのお皿にミルクを注いで出来上がり!

 テーブルの真ん中には、青いガラスの長いコップに入ったピンクのカーネーションが綺麗に咲いていて、食卓の雰囲気をぱっと明るくしてるの。
「あ、それ、いっつも花売りの女の子がくれるんだよ」
 J がちょっと照れたように笑った。

 ぐるっと家の中を見渡してみると、あちこちのちょっとした所にガラスのコップに入った色とりどりの花が飾られてあった。
 J ってホント。
 モテモテなんだぁ……かなりショックな現状──。
 でも、やきもちなんて焼いちゃイケナイんだよね。
 J はホントにいいお兄さんなんだから。

「こんなとこで、ご飯にしようか」

 はっと声の方を振り向くと──
 J はライトグレー地に黒く大きく「 J 」とプリントされたエプロンをさっと脱ぎ捨てて、明るくそう言った。

「いっただーきまーす」
 両手にナイフとフォークを持って。
 トムを入れて、三人で食卓を囲んで、楽しい食事風景、となるところが……

「うぅわ──」
 J が悲鳴を上げた。両手には、王女様からの手紙の束が握りしめられている。

−21−

「なになに? J 」
 マグカップをぎゅうっと握りしめて。エイミー、尋ねるの。
「あのな、エイミー。このテスト、結構きついぜ」
「どんなふうに?」
「まず、そのまま読むとな」

第一:以下の人々の仕事のお手伝いをすること

1.羊飼いの手伝い
2.人魚姫の手伝い
3.花売りの少女の手伝い
4.天使の合唱団の手伝い

但し、それぞれに合格のサインが必要

第二:空中飛行、技術面

1.ジグザグ飛び
  ポールの通り抜け

2.回転飛び
  大回り、連続5回転

3.急降下して停止
  地上100メートルから

第三:最終的にこの国の全員に、この国の
  住民として認められる事

                 以上


 J は、手紙を置いてじっとエイミーの顔をのぞき込む。
「お前みたいなチビに、大丈夫かな?」
 トムも心配そうに、ミルクの皿から顔を上げてじっとエイミーの顔を見てる。

 う〜ん、やっぱり世の中そんなに甘くない……
「頑張ってみるけど……みんなサインくれるかなぁ」
 ちょっと軽く溜め息を吐いてみせた。

−22−


 せっかく J が作ってくれた美味しい料理が台無しだ。

 J は左手でカップを持ち、スープを啜りながら手紙を何度も読み返していた。

「まっ、ここの人はみんないい奴ばっかりだから。そんなに心配することないぜ」
 J は、片目をパチンと大きくウィンクしてみせる。

「時々、ちゃんとやってるか見に行ってやるからさ」
「絶対だよ、 J 」
「任せとけって……ま、あんまり頼りにされても困るけどさ」

 J は、楽しみだなあという風に鼻歌を歌いながらシルクハットを壁に掛けた。
「お前の部屋は、上にちゃんとあるからさ。今晩はちゃんとぐっすり寝とけよ。 そうしないと、明日きついぞ」
 J は笑いながら、2階の小部屋に案内してくれた。

 エイミーの部屋は、女の子らしい可愛い置物やぬいぐるみがキチンと飾り棚に並べられていて。
 薄い緑色のカーテンにミント色の壁紙が張られていてとってもお洒落だった。
 家具もひと揃い、全部そろっていた。

「ほんとに。このお部屋、エイミーのにしていいの?」
「もちろんだよ、エイミー」
「ほんと嬉しいよ、 J 」

 エイミー、感動して。
 J をぎゅっと抱きしめる。

「それじゃ、今日はよく寝ろよ」

 J は満足そうに部屋中を見渡した後、エイミーの頭をポンと軽く叩いて階段を下りていくの。
 ベッドサイドの貝殻の形をした明かりをパチンと消して。
 寝る前に、ふかふかのベットに横になって。
 今日一日起きたことを、ゆっくりと振り返ってみた。

 ほんとに信じられないような幸運が、降ってきたような SPECIAL DAY だった。

 孤児院での生活とは、月とスッポン。
 そう考えると、わーいっと真っ白の枕を宙に投げ飛ばして、また強く抱きしめちゃった。

−23−

 神様、 J 、王女様。
 エイミー、本当に感謝しています。
 どうか試験に合格しますように応援して下さい。

 この幸運を決して無駄にはしません。
 ホントに頑張ろう。
 眠りへと誘われていく、遠ざかる意識の中で──。 
  エイミー、心にそう誓った。






渚 水帆作



5  羊さんとのランチ


−24−

 五月五日 快晴!
 う〜んっと伸びをして、朝日の中──
 ふかふかの布団の上で軽い体操をした。

 今日が、試験の第一日目。
 頑張らないと☆自分で自分に言い聞かせるの。
 J のためにも、自分のためにもね。

 晴れてここの住民になるためには、このぐらい我慢しなくちゃね。

 サイドテーブルの上には、 J が書いてくれたこの国の簡単な地図が置いてあった。
「エイミー、一人で行けるか?」
 J が階段の下から、ちょっと心配そうに聞くの。
「大丈夫だとは思うけど……
 急いで服を着替えて、トムを連れて下に降りていく。
 J は、いつになくご機嫌で、大きなフライパンで3人分のベーコンエッグを作っていた。

「とにかく東の方向に向かって飛んでいったら。だだっ広い見渡す限りの草原があるから。 すぐに見つかると思う……オレ、午前中ちょっと用があるからさ」
 J は軽くウィンクをして、ベーコンエッグを手際よくお皿に移しながらそう言う。
「そうなんだ……
 エイミー、正直いって、ちょっとガッカリ。
「ま、心配すんなって」
 J が、ポンッと力強く肩を叩いてくれた。

「大丈夫。大丈夫」
 爽やかな笑顔が、今日もエイミーとトムを送り出してくれる。
 エイミーの元気のビタミン剤は、 J のその笑顔だね☆

「え〜っと。羊飼いさんは……と」
 J が書いてくれた地図と、黒地に銀の方位磁石を片手に、羊飼いさんを探すの。
「エイミー、あそこあそこ!!」
 右肩の上のトムが、大声を上げる!

 彼方、向こうの方に、5、6人の羊飼いとたくさんの羊の群が小さく見えた──。
 するるるると勢いよく羊飼いさん達に向かって降りていった☆

−25−

「おはようございます!!」
 ほうきから降りて、きちんと挨拶をした。
 孤児院出だからってバカになんかされないもんね☆

「おはよう。エイミー」
 羊飼いさん達も、元気に挨拶を返してくれた★やったぁ☆
 みんな明るくていい人達みたい。

「今日は何をお手伝いしたらいいですか?」
「そうだなあ……羊を30頭ほど連れて北東の方角に行ってくれるかな。ベンジャミンと一緒に」
「はい!」
 大きな声で元気よく答える。

 第一印象が肝心だ!印象点を稼がなきゃ。
 好印象を持ってくれたかな??ドキドキ☆
 なんといっても初日だもんね♪
 ぱっと見渡した限り、どの羊も元気そうだ。

「それじゃあ、陽の当たるところで、羊に十分草を食べさせてから、夕暮れ時までに、この同じ場所に戻って来てくれるかな?」
 羊飼いのお兄さんが、エイミーの目をじっと見て、今日の指令を与えてくれた。
「分かりました!!」
 そう答えてエイミー、さっとほうきに跨ったの。

「1、2、3……29、30匹」
 よしよし、ちゃんといる。
「それじゃ、エイミー。出発しようか」
 ベンジャミンという名前の羊飼いのお兄さんが、エイミーに声を掛ける。
 まだ若くて爽やかな好青年だ。ドキドキ☆

「今日一日よろしくお願いします」
「OK」
 ベンジャミンさんは羊飼いさんらしく。
 大らかに、にこっと笑った。


「こらこら、そっちに行くな!」
 ふ〜っ、もう大変。
 羊の世話なんて、らくちんらくちんなんて思ってたけど大違い。

−26−

 あっちに行くわ、こっちに行くわで目が回るような忙しさ★

 ほうきに乗って、あっちに飛んでこっちに飛んで。
 群からはみ出ようとする羊を連れ戻してくる☆☆
 もう汗びっしょりだぁ。

「エイミー、ごくろうさん。助かるよ」
 ベンジャミンさんが笑った。

「もうちょっとしたら休憩だから、一緒にお弁当を食べような」
 そう言って、麦わらで出来た大きな手提げカバンの中から大きなお弁当箱を取りだしてみせた。

「やっほ──!」
 もうお腹ぺこぺこ。
 天気は最高に良いし、空気はキレイだし、見晴らしはいいし。
 最高のランチタイムになりそう♪

 小高い丘の上に登って、羊さん達を見渡しながらランチを食べることにした。
 辺り一面、お花畑で。色とりどりの花が咲き乱れていた。
 羊さん達も幸せそう♪
 ベンジャミンさんが、大小のお弁当箱を4、5個と大きな水筒を取りだして緑の草の上に並べてみせた。
「エイミー、開けてごらん」
「わ──い☆」
 お弁当の中には、手作りのおいしそうなおかずがたくさん入っていた☆

 サンドイッチにハンバーグに卵焼き。
 色んな色のおにぎりがいっぱい。
 そして、お皿一杯のフルーツミックス。

 みーんな、エイミーの大好物ばっかり☆
 なんで?みんなエイミーの好きなものを知ってるんだろうね?
 おいしくて、おいしくて──。
 次々に手が伸びて、あっという間にお弁当箱はほとんど空になった。

 その時。

「こら、エイミー、ちゃんとやってっか」
 聞き慣れた声が上空からして。






ちあきさん作


No.2へ続く!





渚 水帆作





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