「恋人は魔法使い」 〜DREAMY BABY〜 No.3
9 ☆ メリメリ・クリスマス ☆
−55−
12月24日の晩──。
窓の外は純白の粉雪が静かに降っている。
ホワイト・クリスマスイブ。
天使達が舞う夜。
今日の昼下がりに、 J と一緒に飾り付けをした緑のクリスマスツリーが桟に掛けられた。
窓ガラスに、はあっと息を吹きかけて。
指でトムの似顔絵を描いていると。
「エイミー、今夜は街中に繰り出して、買い物にでも行こうか?」
暖炉の前に座って本を読んでいた J が、読みかけの本をパタンと閉じてすくっと立ち上がり、明るくそう言った。
「わ──い☆」
エイミー、立ち上がって。
顔中、満開のひまわりのような笑顔で。
J の背中をぎゅっと抱きしめる。
よしよし。
J がエイミーのくせっ毛を、愛おしそうに優しく撫でてくれる。
「そんなにボロい服ばっかり着てるの、もう飽きただろう?」
大きな黒い瞳をパチリとウィンクして。
J は金色に輝くほうきに跨る。
「今夜は、一緒に行こう」
J が大きく手を広げて。
切なさと優しさの入り混じった、少し哀しげな瞳をして。
エイミーを迎え入れてくれる。
どうして、そんな瞳をするのかな、 J ?
J のそんな顔を見て、戸惑うエイミーを。
J は迷わず温かい腕の中へ。
力強く抱きすくめてくれた。
−56−
エイミーの小さな背中を、 J は強く強く。
ぎゅっと抱きしめて。
二人を乗せた金のほうきは凄い勢いで。
高く高く、空に舞い上がった。
背中越しに J の温もりと、高まる鼓動が。
ドキン・ドキンと伝わってくる。
高い所を飛んでも。
J と一緒なら全然平気だよ。
空は暗くて、星もあまりない殺風景な光景だけど。
後ろに J が付いてくれているから。
全然、怖くない。
ゆっくり、ゆっくり J の優しさが。
ほうきをしっかり握りしめる腕と、密着した胸から伝わってきて。
暖かいふかふかの毛布に包まれて目覚める、
よく晴れた日曜日の朝のように幸せな気分になるよ。
ごめんね、 J 。迷惑ばかりかけて。
こんなワガママな女の子の言うことなんか聞いてくれて。
別に買い物なんかに連れて行ってくれなくていいんだよ。
J がただ一緒にいてくれるだけで。
それだけで幸せなんだよ。
J とエイミーの乗ったほうきは、暗黒の夜の中。
ただ真っ直ぐ下へ下へと猛スピードで急降下して行き、この辺りで一番賑やかな繁華街の真ん中へと降り立った。
もう街は真夜中。
暗闇の中、蛍光灯の電飾の光りがピカピカと光っているだけで、昼間の華やかで脳天気な喧噪の空気をほんの少しだけ残してひっそりと静まり返っている。
格子模様の石畳の上に、ぽつんと一人立って。
周りをキョロキョロ見回すエイミー。
こんな真夜中に、街中に出て来たの初めてで、とても不思議な感じ。
── 怖がらなくてもいいよ ──
−57−
J が、優しくエイミーの手を引いて。
街で一番大きなデパートの中へとエイミーを導いてくれる。
J とエイミーが、一歩足を踏み入れると。
一斉に大きなデパートの明かりが灯った。
明かりが全部灯ったデパートの中は、クリスマス前夜の色とりどりの綺麗な可愛らしいプレゼント用品が所狭しと並べられていた。
こんなに綺麗なもの見るの初めてで……。
うわ──い!!
……って、思わず、真夜中なのに。
幸せな歓声を上げちゃった。
デパートのフロントは、1階から屋上まで吹き抜けで。
そこには巨大なクリスマスツリーが堂々とそびえ立っていた。
ツリーには、上から下までキラキラ光る金、銀、水色、ピンクのモールが縦横に架かっていて、小さなサンタさんやトナカイさん。
可愛い包装紙で出来たプレゼントの包みがあちこちにぶら下がっている。
そして、ツリーの一番上には。
大きな金色のお星さま燦然と輝いていた。
「ねえ、 J 。このツリーのてっぺんまで飛んでみようよ」
「OK」
J とエイミーを乗せたほうきは、軽やかに螺旋形を描きながらツリーの上へ上へと飛んでいく。
ツリーの一番上のお星さまの飾りは、エイミーの頭ぐらいある大きな大きな金のお星さまで。
そのお星さまにエイミーの明るく紅潮した顔が、はっきりと映っている。
♪♪ ジングルベル〜 ジングルベル〜 ♪♪
その時、澄んだ高いベルの音色が鳴り響き、大きなお星さまが七色のプリズムの光りを反射しながらゆっくりと回り始めた。
続いて、ツリー全体が賑やかな音を立てて回転し始めた。
「綺麗だね、 J 。何だか夢を見てるみたい」
−58−
J も眩しそうに、少し目を細めて回転するツリーに見とれていた。
赤、緑、オレンジ、青の電飾が時間差で。
チカチカと瞬いて、一瞬全部消えたり。
いっぺんに灯ったり……。
二人共、しばらく時間の経つのを忘れて。
ツリーに見とれていた。
「ね、 J そろそろ買い物にいこうよ」
ちょっぴり甘えた声を出して。
J の耳元に囁いてみた。
クリスマス・イブだもん。
今夜ぐらい夢を見てもいいよね。
まずは、最初に目に付いた高級子供服のブティックに入ってみることにした。
「お嬢様、何かお探しでしょうか」
J がデパートの店員さん真似て。
揉み手ををしながら、礼儀正しく上半身を15度前に傾けてそう言う。
J がそうくるんだったら。
こっちも負けず、お嬢様気取りで。
「そうね、全部素敵で、すぐには決められないわ。試着してみていいかしら」
「どうぞお嬢様」
う──ん。いい気持ち。
エイミーが中でも一番気に入ったのが。
水色の可愛いドレス。
フリルがいっぱい付いていて、とっても素敵。
それと、その側に置いてある黒いエナメルの小さな銀の金具の付いた小さな靴。
大きな真っ白なサテンのリボン。
「 J 、ちょっと待ってて、着替えてくる」
お店の奧の試着室に、ドレスと靴とリボンを抱えて大急ぎで走った。
何だか全部夢みたいで。
小さい頃、読み聞かせてもらったシンデレラの物語みたいに。
12時を過ぎたら魔法が解けて、元の孤児院生活に引き戻されるんじゃないだろうか?
なんて、内心おびえながら。
着替え終わって。
試着室の大きな鏡の前でドレスの裾をつまんでニッコリと笑ってみる。
−59−
「似合う、似合う」
まるで、どこかのお姫様みたい。
こうして見ると、エイミー。
結構、可愛いじゃん♪
すっかりご機嫌になって、 J の元へと。
スキップしながら掛けて行く。
「どう、 J 、似合うでしょう?」
J の前で、くるっとプリマドンナみたいに一回転してみせる。
「可愛いよ。エイミー」
J は、幸せそうに笑ってくれた。
「思ってた以上だよ、エイミー。このドレスを着て、みんなが集まるダンスパーティーに出たら絶対OKだよ。軽くステップの練習をしてみようか」
J がエイミーの小さな手をとって、ゆっくりとステップを踏み始める。
それにつれてワルツの曲が、デパートのスピーカーから静かに流れ出して。
J が gentleman のようにゆっくりと礼儀正しくお辞儀をしてくれるの☆
「それでは、お姫様ご一緒に。右斜めに2ステップ。クルッと回って横に、2ステップ。今度は左斜めに2ステップ……」
最初は J の足を踏まないように足ばかり見ていたけど、だんだん、慣れてくるにつれて。
ちゃんと J の顔を見ながらステップが踏めるようになってきたの。
やったね☆エイミー、やれば出来るじゃん★
「そしたら、今度はもっと軽やかに。みんなエイミーに夢中、と自己暗示をかけてみてごらん。
エイミーは世界一のプリマドンナで、周りはエイミーを一目見に駆けつけたお客様でいっぱい。
そして僕は、ダンスのペアを正確にこなすトップダンサー」
エイミー、そう言われて。
ちょっと立ち止まってみた。
水色のドレスはさっき着た時よりも更に、一段と光り輝いているように見えた。
── 想像の中で ──
−60−
エイミーと J は、大きな大きなダンスホールの真ん中に立っている。
ギャラリーはそれぞれにお洒落をした観客で一杯で、みんな割れんばかりの拍手をエイミー達に注いでくれている。
「それじゃあ、エイミー踊ろうか」
J の黒い瞳はキラキラと魅惑的に光っていた。
その瞳と同じ黒のタキシードは、いつもより更にぴっちりと体にフィットしていて。
くるっとターンを正確に決めると、やや短めのベストの上着の下から真っ白のシャツが少しのぞいた。
エイミーと J は、手と手を取り合って大きなホールで何時間もターンとステップの練習を重ねた☆
最初の方は自分でも驚くぐらい上達して。
もっと難しいステップも踏めるようになっていた。
「こんな感じでいい、 J ?」
汗の滴を真っ白なハンカチで拭いながら。
ちょっと上目づかいで見上げてみると。
「ブラボー!」
J が大声で叫んで、エイミーをぎゅっと抱きしめて。
大勢の観客の前でエイミーを軽々と上に持ち上げて、くるくると大きく回って見せた。
ホール中、拍手喝采!!
エイミーと J は深々とお辞儀をしてダンスホールを後にした。
「最後の試験まで、あとちょっとだね」
デパートからの帰り道、 J のほうきの後ろで小さな手帳をぱらぱらとめくりながらそう話しかける。
「もうここまできたら、あとは度胸かな。とにかく自信を持って落ち着いて」
「はーい☆」
可愛い洋服と靴を身に付けて、ちっちゃなポーチの中にお気に入りのアクセサリーとかキャンディー、小物を詰めて。
すっかりご機嫌のエイミー。
−61−
「気分転換になったか?」
「もちろん。こっちに来てから、今夜が一番楽しかったよ、 J 」
「こらこら、エイミー。ところでそれは全部、オレからのクリスマスプレゼントだからな。しっかり頑張れよチビ」
「うん」
「……ったく、試験に落ちてでも見ろ。何のために寒い中連れ出したのか?」
また一段と雪が激しく降ってきて、 J のシルクハットの上にも積もり、 J は大きなくしゃみをした。
「ついてねえな。こんだけ雪降ってたらあんまり練習しない方がいいな風邪ひくしな?」
「大丈夫、昼間にしっかり練習するよ、 J 」
嬉しくって、嬉しくって。
思いっきり J の大きな背中に抱きついた☆
やっぱり、世界で一番大好き、 J 。
そのうえ、ますます好きになるよ。
もう J がいない世界なんて想像出来ない。
幸せいっぱいのエイミーを乗せて。
J は口笛で「ホワイトクリスマス」のメロディーを奏でながら。
吹雪の中、暖炉がパチパチと赤く燃えている J の家へと帰って行った。
渚 水帆作
10 ★ ついにきた! Xでー・運命の exam ★
−62−
「 J 、 J ! 早く来て!! うわ──★」
ほうきが勝手に先に飛んでいっちゃって☆
エイミー。ぽーんと一人、空中に放り出されてしまった!!
「もう、どうしよう……テスト直前になって、こんなに下手になっちゃった」
涙・涙のエイミー★
「プレッシャーっていうやつかな?」
J が素速く、飛んでいったほうきを取って戻って来てくれた。
「あせらずに、落ち着いて飛んだら、絶対、大丈夫だから」
うん、うんって頷いて見せるけど、内心すんごく不安になってきた(焦☆)
本番まで、あと数日しかないし……。
もし……こんなに頑張って練習して、落ちちゃうようなことがあったら。
J には申し訳ないし、もうどこにも行く所ないし。
本当に、心臓に悪いよ★
「ほらほら、どうした。いつものエイミーらしくない」
暗い顔をしたエイミーを見て。
J がエイミーのくせっ毛の顔を、くしゃくしゃと、ちょっと乱暴に撫でるの。
「オレは、いつでも前向きで元気なエイミーが好きだぞ」
J が愛情の込もった目で、少し叱るような励ますような微妙な口調で言う。
「うん、分かった。きっと、大丈夫だと思う」
トムが安心したというように深く溜め息をついた。
「頼むよ、エイミー。僕だってもう帰るところないんだから。
もう、孤児院でメアリーの相手なんかするのまっぴらだよ」
そう言って、トムが茶目っ気たっぷりにパチンとウィンクする。
「トム!!」
エイミー、感動してトムを思いっきり抱きしめちゃった。
もう、トムも J も大〜好き!!
涙が出て来ちゃって、顔がベタベタ。
エイミー、本当に幸せ☆
「もっと向こうの広いところで練習してくるね」
−63−
照れくさいのと、グチャグチャの顔を見られるのが恥ずかしくて。
大急ぎでほうきに飛び乗り、急上昇!
少し飛んだところで振り返ると、 J とトムが幸せそうに微笑んでいるのが見えた。
ここは、エイミー。
なんとしても踏ん張らないと。
自分自身の力で。
そして。 ── ついに試験の日がやってきた ──
お城の前は、着飾った沢山の人で一杯。
エイミーの試験の後で行われる、みんなが楽しみにしている毎年恒例の年越しのダンスパーティーに出席するために、この国全員の人が集まって来ているみたい。
J が言うには、今日という日がこの国の1年を通じて一番楽しい日らしいです。
「エイミー、大丈夫か?」
「落ち着いて飛べば、絶対大丈夫だから」
J とトムが口々に、励ましてくれるの。
エイミー、バルコニーの上の王女様を祈るような気持で見上げる。
王女様は、エイミーを見て静かに微笑んでくれる。
「それじゃあ、エイミー頑張ってね」
優しくて、そして少し厳しさも混じった包み込むようなじんとくる暖かさで、エイミーの胸の中は一杯になる。
── なんだか、感動してきちゃった ──
お城の周りは、濃紺地に綺麗な模様の刺繍の入った絨毯がひかれ、その上に花々が一面に敷き詰められて、ダンスパーティーの用意が整ったみたい。
その周りは、ぎっしりと黒山の人で埋め尽くされている。
「それでは、試験を始めます。エイミー、前に出て」
エイミー。 J がクリスマスにプレゼントしてくれた水色のドレスにエナメルの黒い靴。
大きな白いサテンのリボンを頭につけて。
ゆっくりとバルコニーの前に進み出る。
−64−
そして、みんなの方を向いて深々とお辞儀をするの。
「よろしくお願いします」
一斉に拍手が起こって。
「頑張れよ、エイミー」
「応援してるからな」
口々に声援が飛ぶ。
「それでは、いいですか。エイミー」
王女様がきりっとした顔で、エイミーを見つめる。
エイミー、ほうきをしっかりと握りしめ、
いつでも飛び立てるように体勢を整え、空をきっと睨みつける。
「それでは、実技ー。スタート!」
王女様の掛け声と同時に、エイミー。
勢いよく急上昇!
30メートルほど上昇した地点で、速度を落として体勢を立て直す。
そこから先には天使の男の子が5メートル間隔で、小さな黄色い旗がついた長いポールを持って立っていて。
その間を制限時間以内で通り抜けないと、いけない★
大きく息を吸って。
いざ、発進!!
後は何回も練習した通りにやるだけ。
大きく楕円を描くように、ポールの横すれすれを出せる限りの速度で通り抜ける☆
風がぴゅっと、エイミーの髪を逆立てるように吹き抜け、
ドレスの裾がふわっと上に舞う。
加速しながら、ゴールに向かって突っ切るのみ!
あと……3本、2本、1本。
迫ってくる☆ 迫ってくる☆ ゴール!!
時間は、ぎりぎりセーフ☆
ふうっ──。
息をつく暇もなく、次の実技が始まる。
「よろしい、エイミー。では、実技2、スタート」
今度の実技は、回転飛び。
連続5回転。大回りで飛ばないといけない。
−65−
バランスが狂うと、遠くまで放り飛ばされてしまう。
ほうきを握りしめる手が、緊張で汗ばんできて……。
でも、ここが正念場★
10メートルほど助走を付けて、えいっと思い切って踏み切る!
1回転、2回転、3回転──。
このあたりからだんだん目が回ってきて、耳もつーんとしてきて。
頭もクラクラ。
何がなんだか、よく分からないけど。
もう、今まで練習してきたカンに頼るだけ☆
4回転、5回転……目の途中に、ちょっとバランス崩してふらふらしちゃったけど。
体勢を立て直して、なんとかセーフ。
ふーっ、って思わず大きな息を吐いちゃった。
一気に噴き出してきた汗を右手で拭いていると、下の方から J が。
「いいぞ、エイミー! その調子」
大きな声で励ましてくれる。
「ブラボー!」
その途端、会場中から一斉に拍手が起こって。
30秒近く、拍手が鳴りやまなかった。
「よろしい、エイミー。それでは、引き続いて実技3を行います。用意、スタート!」
王女様の掛け声と同時に、いよいよ最後の実技が始まる。
これが、一番苦手なんだけど。
今までの練習でも、成功率は5分5分。
でも、思い切って飛ぶことにした。
J が心配そうに、エイミーを見つめている。
両手をしっかり握りしめて。
澄んだ黒い瞳が、無理しなくていいぞって言っているように見える。
少し、気分が落ち着いてきたみたい。
すーって、大きく息を吸って。
みんなが待ち受けているギャラリーを。
ほうきに乗って、ゆっくり見下ろす。
−66−
この高さから……大体、50メートルぐらいかな?
急降下して、ぴたっと地上スレスレで静止しないとダメなの。
これって、かなり高度な技術がいるんだ。
あまり速度を出しすぎると、うまく止まれないし。
バランスを崩して、失墜してしまう。
正直いって、怖い。ホント怖いよ──。
でも、 J のためにも、トムのためにも。
そしてこの大事な時間を割いて、エイミーに機会を与えてくれた王女様とこの国の人達のためにも、勇気を出して飛ばなきゃ。
みんな、エイミーを助けて下さい。
祈るような気持で、えいっ! って。
エイミーを見上げる群衆の方に向かって、急降下!!
どんどんどんどん、地面が近づいてきて。
目を閉じたら、地面に直撃しそうで。
ジェットコースター並のド迫力☆
王女様が見守る、象牙の塔がすぐ目の前で。
ここで、STOP!!
と、なるはずが!
緊張のあまり、スピードの出過ぎで止まれない!!
エイミーを乗せたほうきは、流れ星みたいにひゅ──って。
J が驚く目の前を、すごいスピードで通り過ぎて、放物線を描くように、また上空まで舞い戻ってしまった★
失敗……しちゃった。
もう、顔面蒼白。
心臓なんかパクパクいって。
絶対絶命のピンチ!!
下を見ると、 J が何とも言えない哀しげな悔しそうな顔でエイミーの目をじっと見ている。
会場中、しーんって……水を打ったように静まり返っている。
−67−
「お願いです。もう一回、チャンスを下さい!」
お願い、王女様。
こんな結果じゃ、悔しすぎて!
エイミー。声の限りふりしぼって。
王女様に懇願するの。
王女様はみんなが見守る中、象牙の塔のバルコニーに一人立ち、相変わらず凛とした顔で少し心配そうなニュアンスを瞳に浮かべてエイミーを見上げている。
でも、その瞳は、頷いているように見えたの。
もう一度、トライしてみなさい……って。
「それでは、もう一回。行きます!!」
エイミー。スタート地点まで急上昇して、大きく息を吸った。
ダメでもともと。
もう、怖いことなんか何もない。
J 、行くよ。
エイミー。もう一度。
心を奮い立たせて飛び立つ。
絶対出来るんだ。今度こそ出来るんだって。
自分に言い聞かせながら。
40メートル、30メートル、20メートル……ここから一気に加速する。
ほうきをしっかり握りしめ、穂先を少し上に傾ける。
この時、一気に外部から風圧がかかって、バランスを崩しかける。
でも、落ち着いてしっかり前を──。
すぐ前よりもうちょっと向こうを、きっと見つめるの。
J が教えてくれたように。
15メートル、10メートル……穂先をだんだん上に上げていく。
それにつれてスピードは徐々に遅くなっていく。
着地地点はもう目の前だ。
でも、ここで気を抜くと、おしりからドシンッて落ちてしまうから。
ゆっくりゆっくり細心の注意を払いながら、スピードをどんどん緩めていく。
一瞬、時間の流れが止まってしまったかのように、音もなく緊迫した空気だけがストップモーションがかってエイミーの横を通り過ぎていく。
−68−
あと5メートル、4メートル、3メートル、2メートル……。
ゴールの白線が、目の前に大きく飛び込んでくる!
あと1メートル……ゴール!!
今度は、白線の上にきっちりと停止した。
「やったぞ、エイミー!」
J の歌声が響き渡る。
「今のは完璧だよ、エイミー」
トムの興奮した、うわずった声も耳に飛び込んでくる。
それと同時に、色とりどりの紙テープが舞い、紙吹雪と割れるような拍手、歓声があたり一面からわき起こった☆
「よかったね、エイミー」
群衆の中から、エマちゃんが駆け出してくる☆
エイミーが助けた羊さんを抱いた羊飼いさんも後に続く。
やっと終わった……という少しの安心感と。
失敗した時の焦り、不安がごっちゃになって。
ずっとほうきを握りしめていた手のふるえが、まだ止まらなくて。
エイミー。それでも勇気を出して。
バルコニーの王女様の澄んだ瞳をしっかりと見つめた。
王女様は、微笑みを浮かべながら。
優しくエイミーを見つめ返す。
「みんな、どうかしら。エイミーを合格にしてもいい?」
バルコニーの周りをぐるっと見渡しながら、よく通大きな声で群衆に問いかける。
「合格!!」
「賛成」
「異議なし」
口々に群衆の中から声があがって。
エイミー。なんだか信じられなくて。
しばらく感激のあまり、ぼーっとしてると。
「それでは、エイミーを合格にしていい人。拍手をお願いします」
王女様がそう言い終わると同時に、割れんばかりの拍手が鳴り響き、止まなかった。
−69−
「 J ……みんな、本当にありがとう」
もう声にならなかった……。
エイミー、みんなにもみくちゃにされながら手荒い歓迎を受けて、泣き出しそうな気持になるの。
「失敗しちゃって……もうダメかなと思ったけど、みんなが応援してくれてホントに嬉しかった」
涙でいっぱいの瞳で見上げると、王女様が慈愛に満ちた瞳をエイミーに注いでくれる。
「それでは、エイミーを今日から正式にこの国の一員に迎え入れていいですか?」
「いいとも」
「大賛成!」
「エイミー、おめでとう!!」
色んな声が一斉に飛び交って。
エイミー。幸せのあまり、頭がクラクラしてきちゃった☆
「それでは、満場一致で決まりね」
どうやら、この国の人みんな。
エイミーのこと本当に好きになって、迎え入れてくれたようです。
「それでは、引き続きエイミーの歓迎会も兼ねて、毎年恒例の年越しのダンスパーティーへと移らせていただきます」
スピーカー越しに、女王様の司会の声が会場中に響き渡り。
みんな待ってましたというようにパートナーの手を取って。
それぞれの場所に大急ぎで散っていく。
そして、静かにワルツの音楽が流れ始めた。
照明が1つ消え、2つ消え。
ダンスパーティーにちょうど良い明るさになって、象牙の塔がピンクと紫のイルミネーションで鮮やかに照らし出される。
「キレイだね、 J 」
J の顔も、エイミーの顔も。
会場を照らす色とりどりの黄色や緑のライトで明るく照らし出されて。
お互い顔を見合わせて、くすって笑っちゃった。
−70−
会場中、あちこちでスポットライトの明るい光りの輪がそれぞれのパートナーを照らし出している。
精一杯着飾った花売りの女の子と、すました羊飼いさんとのペア。
エマちゃんは、可愛いイルカさんとペアを組んでいる。
イルカさん、エマちゃんにゾッコンみたい。ふふっ♪
天使の男の子達は、キラキラ輝くモールの帯とか小さな万国旗の連なったものを持って会場中付けて回って飛んでくれて。
ダンスホールの雰囲気を一段と盛り上げてくれるの。
いつの間にかワルツの音楽が止んで、バラードの組曲が流れ出した。
「エイミー、踊ろうか?」
J がエイミーの手を取って、ホールの中央に進んでいく。
「さあ、エイミー。あとは練習した通りに踊るんだよ」
J が優しく、エイミーの手を取って滑るように踊り始める。
J の左手と、エイミーの右手が重なって。
その熱い血潮の絆は、ターンの度に高く上に上げられその輪を、エイミー、 J の順にくぐり抜ける。
「エイミー、今日は、よくやったな。でも、失敗した時はホントに心配したぞ。なんだかじっとしてられなくて、すぐにも飛んで行きたい気持だったけど。みんなの手前、必死で我慢したんだ」
J がダンスの途中、ぎゅっとエイミーを抱きしめてくれる☆
「こんな気持、初めてだよ。エイミー」
J が小声で囁く。
「自分以外の誰かを、こんなに心配したのは」
エイミー。上を向いて。
J の澄んだ黒い瞳をじっと見つめるの。
少し潤んだ瞳に、蒼や紫の光りが反射して。
魔法使いの J が醸し出す、幻惑的な世界に、今にも引きずり込まれそうなの。
咲夜さん作
−71−
「 J がいるからこんなに頑張られたんだと思う」
エイミー、正直に今の気持を J に告白するの。
「ホントに、怖かったけど……練習してもしてもうまく行かなくて、試験に合格しなかったらどうしようって。 みんなに、こんなに迷惑掛けて、それで落ちちゃったらって……」
なんだか言葉が続かなかった──。
バラードの組曲の演奏が、一度止んで。
あたりが、しんと静まり返った。
J は心配そうに、エイミーを見つめ返す。
「あのね、もうエイミーには他の道はないんだ……。なんて考えると、すごくプレッシャーが掛かってきて。それでも、もうここまで来たら逃げられないし。不安で、不安で……。 J とトムが暖かく励ましてくれなかったら、エイミー、絶対試験に合格しなかったと思う」
J とエイミーの肩の上の。
水色のリボンを首に付けた、トムが。
ちょっと困ったように顔を見合わせる。
「でも、終わりよければすべてよし! エイミー。やり直した最後の飛行。完璧だったよ。練習でも見せたことがないくらい」
トムが暗い顔すんなって。
エイミーのほっぺたを、ポンッて愛情たっぷりに押してくれる☆
「とにかく、エイミーが今後どうだろうと、トムはずっとエイミーの側にいるから」
言い終わる言い終わらないかのうちに。
思わずトムをぎゅううって、強く胸に抱きしめちゃった☆
「エイミー、本当に嬉しいよ。今まで生きてきた中で、一番幸せ」
感動して、思わず涙が溢れ出て来ちゃった──。
「もう、何も心配することないからな。めでたくこの国の一員になれて。みんな、エイミーのこと受け入れてくれたんだから」
J が本当によかったと、エイミーとトムを両手に強く抱きしめる。
−72−
もう、涙、涙……で。
ふと気が付くと、みんな踊りを止めて。
J とエイミーの方を見つめていた。
「それでは、 J の好きな「G線上のアリア」の曲を流して下さい」
王女様が大きな声で仕切るように言うと、天使の少年合唱団の奏でるオーケストラ形式の「G線上のアリア」の曲が、大きなダンスホール中に静かに響き渡った。
J が、白銀の三日月のように冴えきったキラキラした眼差しでエイミーの瞳を見つめる。
いつも見慣れた J だけど、思わず胸がドキンって高鳴っちゃった☆
「それじゃあ、エイミー。始めようか」
J が、軽くエイミーの手を取って会場中の群衆に向かってお辞儀をする。
エイミーも練習した通り、 J のダンスのパートナーとして恥ずかしくないように、続いて深くお辞儀をした。
「エイミーをこの国のメンバーに加えてくれてありがとう」って。
感謝の気持ちを込めながら。
みんな、 J のダンスを楽しみにしていたみたい。
待ってましたとばかりに、割れんばかりの拍手がエイミー達に降り注ぐ。
「みんな、 J のダンスを、それはそれは楽しみにしてるんだよ」
トムがこそっと、耳元で教えてくれる。
「さっき、花売りの女の子達に聞いたんだけど。
この国で、 J の踊りが一番上手いんだって」
えっ……。と周りを見渡すと。
みんな一様に輝いた顔で。
笑顔でエイミー達に、拍手を送っている。
そんな……。
こんな時に言わないでよ、トム。
すごいプレッシャーじゃない!!
心臓が、ますますドキンドキンしてきた。
「今年は、誰が J のパートナーになるんだろうって。みんな楽しみにしてるんだって。この国の女の子、みんな J と踊りたいんだって」
−73−
もう……知らない……。
あとは、 J と練習した通りみんなの前でミスなく踊るだけ。
でも、なんだか夢の中みたいに幸せな気持。
J がクリスマス・イブの晩にエイミーに言ってくれたことをもう一度、心の中で繰り返してみる。
「みんながエイミーに夢中、と自己暗示にかけてごらん。エイミーは世界一のプリマドンナで、周りはエイミーを一目見に駆けつけたお客様で、いっぱい。僕はダンスのペアを正確にこなす、トップダンサー」
エイミー。
しっかりと J の瞳を見つめる。
ダンスのペアはお互いの信頼関係が、一番大切なんだ。
みんなが見守る中、音楽が静かに流れ出し。
J がエイミーの手をしっかりと握りしめ、ゆっくりと滑るように軽やかに踊り始める。
「エイミー、練習通りやるんだよ」
素直に、コクンと頷くエイミー。
緑のスポットライトに照らし出された中、エイミーと J のペアは呼吸ぴったりでステップを踏む。
白い月が空高く登って、2人を優しく照らし出す。
J と初めて出会った時のことが、昨日のことのように思い出される。
J は、三日月に腰掛けて銀色のフルートを奏でていたんだっけ。
右斜めに2ステップ、クルッと回って横に2ステップ、左斜めに2ステップ。
天使のように、軽やかで。
蝶のように、華麗に。
黒豹のように、しなやかに。
「もう少し、スピードを上げるよ」
J が耳元でそう囁く。
途端にエイミーの黒いエナメルの靴が、魔法にかかったようにふわっと軽くなって、
とても速く上手にステップが踏めるようになった。
「 J ……」
−74−
J がパチンと大きくウィンクしてみせる。
「気にしない、エイミー」
両手を大きく広げて、体を左に傾けてステップを踏み、その後続いてくるっと回転して。
エイミーの水色ドレスの裾が蝶のようにふわっと広がり、左足を軽やかに高く上げる。
続いて、 J がターンをばっちり決めて。
連続三回転!
会場中から、うわあっと歓声が漏れる中、 J はぴたっと回転を止め、かかとを鳴らしながら調子よくステップを踏む。
カンカンカン・カンカンカン★
小気味よい、爽快な音が。
会場中に響き渡って。
みんな J の陽気なステップに合わせて、手拍子する。
もう、会場中まき込んで、凄い熱気!!
J とエイミー。
手を取り合って、広いダンスホール中を。
ステップして回る。
羊飼いさんに、人魚のお姉さん達。
エマちゃん。
お花売りの女の子達がみんな、
エイミーと J に手を振ってくれる。
虹色のライトに照らされた象牙の塔の前で、
J が王女様の前でポンと、大きくとんぼ返りをうってみせる。
王女様は、王様と女王様の間でにこやかに微笑んでいる。
「 J 、とても上手」
王女様が拍手を送ってくれる☆
「それじゃあエイミー。フィニッシュ行くぞ!」
J がエイミーの手を取って、中央に連れて行く。
ツーステップのワルツを軽く踏んだ後。
−75−
J が、エイミーの体をぎゅっと引き寄せ、みんなの前で高々とエイミーを持ち上げて。
クルクルクルって、回ってみせる。
エイミーのドレスは、キラキラキラって黄金色に輝いて。
踊り始める前の緊張が、嘘みたいに吹っ飛んで。
なんだかすごく幸せな気持ち☆
「ブラボー!!」
割れるような拍手が鳴り止まない。
花束がたくさん飛んできて、
エイミー、飛んできた花束をキャッチして笑顔で手を振る。
「エイミー、可愛いよ!」
「すごく、上手だったよ」
みんなが口々に褒めてくれる。
「エイミー、おめでとう!!」
「エイミーと J 、末永くお幸せに」
湧き起こる拍手の中。
J がエイミーの顔を、じっと見つめて。
「エイミー、これからもずっとオレの家に、いていいぞ」
J がマジな顔で、頼もしそうにそう言ってくれるの。
「よかったね、エイミー」
トムが感動のあまり、泣き出して。
なんだか、凄いことになったけど。
うん、 J とトムがいたら。
この先、何があっても。
何とかやって行けそうな気がする。
みんな、本当にありがとう。
私、チビで世の中ホント分かっていないおバカさんだけど。
必死の思いで、やっとこの国の一員として認められたんだから。
今のこの感謝の気持ちを忘れずに。
これからもずっと、みんなと仲良くやっていきたいな。
−76−
J 、トム。
そして……。
エイミーをこの国の一員に迎え入れてくれたみんな、
本当にありがとう……。
きっと、エイミー。
今夜のことは一生忘れません。
渚 水帆作
お空に 白いプチムーン
鳶色のほうき星 流れて 消えて
三日月に腰掛けた 魔法の国の王子様
銀色のフルート そっと奏でると
羊も犬も猫も お星様も
みんな一緒に踊り出す
ペアで踊る 月夜のステップ
その眼差しで 私のハート 射止めてね
あなたは私の手をとって
銀河のケープに包まれた私と
一晩 踊り明かすの
今夜 あなたは私だけのもの
HAPPY END
「恋人は魔法使い」最後まで
ご愛読ありがとうございました。
Merry Christmas★
みなさんよいお年を!
渚 水帆
サンタさん作