正しい銀行内文書の書き方


ご多用中、深謝申し上げる

しばらく、ブランクが開いてしまったが、再び銀行モノです。私の勤めていた、旧財閥系都市銀行は(いちおう実名は伏せておくから、ここから読みはじめた方は、前の方の章をさかのぼって、想像してください。すぐわかります)

海外の拠点にくると、いろいろと日本の本部と連絡をとる必要があります。ヨーロッパの拠点だと、時差の関係もあり、日本とはタイミングが合わず、ファックスを多用していました。

また、支店の中でも、問題が起きたときに、人の責任に転嫁する事が、私のいたデュッセルドルフ支店では、日常茶飯事になっていました。

ですから、自分を守る意味で、なんでも文書にして、記録にする傾向がありました。

帰国後、赤坂あたりの支店で副支店長に出世した、Oよ、目黒あたりの支店で外国課長になった、若ハゲのYよ、おまえらの卑劣な手口で、罪をなすりつけられ、かぶってしまったS先輩に対して良心の呵責を感じた事はあるか。俺はおまえらを決して人間として許さん、文句があったらいつでも受けてたつぞ(っても、どうせ読んでないか)。

よく自分の事は自分で守る、と言うのは、ヨーロッパの個人主義的発想で、危機意識の薄い日本人観光客に、よく教訓として語られますが、私は、この考え方を、デュッセルドルフ支店の、どろどろした日本人小社会で学びました。

ルール

いかん、また話が外れた。書こうとしていたのは、えっと、文章ルールだった。

この旧財閥系都市銀行では、行内文書(銀行では、社内の事は、行内。入社は入行というように、「行」を社の代りに使用します)は、全て文語調の体言止めになっていました。 「ですます調」の口語文は、御法度に近く、たまに口語文のファックスなんかが回ってくると、嘲笑されるありさまでした。

かくして、毛筆で巻き紙にでも書くような、奇妙な文書でファイルは一杯でした。

この文体に対するチェックと、こだわりは大変なもので、「て、に、を、は」の使い方まで訂正されたもんです。効率悪いったら、ありゃしない。

対外的な文書は、勿論細心の注意を以って、失礼なくしかも、要点を正確に伝えるために、内容を充分に吟味するべきでしょう。

しかし、たかが 銀行内の本支店の連絡書は、効率最優先であるべきなんですが、どうでもいい事に、生きがいを感じる、バカな連中が多かったんでしょう、こうしたファックスの連絡書に大変な労力を費やしておりました。

銀行内の専用ファックス回線がありまして、送受信したファックスは、自動採番され、送信者は、そのコピーを残し、すべての送受信ファックスの中身は、毎日支店長が閲覧してハンコを押すルールになっていました。

基本的には、勝手にファックスを流すことは認められておらず、銀行指定のファックス用紙に、鉛筆で原稿を書き、それを課長、副支店長、支店長に回覧し、全員の捺印を押してから、送ります。私のような、一担当者が書いた文章は、課長がその上に、横線をひいて、単語をかえたり、副支店長が、文節の前後をかえるように指示したマークや、支店長が、この言葉は削除しておけとかいうマークがついて、真っ黒(インクはつかわず、鉛筆ね、消せるように)になって、原型をとどめずに、起案者の私に戻ってきます。

これが一回目の回覧です。

今度は、その訂正だらけの草案のコピーを取ります。そのあとで、もとの原稿の文章を全部キレイに消しゴムで消して一旦真っ白のブランクに戻し、訂正の指示通りの文章に清書して、コピーと一緒にもう一度回覧し、ハンコをもらいます。

これが二回目の回覧です。

そのあと、この原稿に番号をとって、送信簿に、日付、送信先、送信者、題名を記入し、ファックスが流れた後は、コピーを残しておきます。このコピーが、翌日支店長回覧されます。

これが三回目の回覧です。

その例

ちょっと、例を書いてみましょう。

例題: 取り引き先の、日系企業の海外現地法人に、親会社から、増資の話があるという情報を入手しました。資本金の振り込みに、是非ウチの銀行を使ってもらい、その資金を預金にしてもらいたい。


本店営業第X部長

デュッセルドルフ支店長(印)、副支店長(印)、課長(印)、担当(印)

件名: XXXX ドイツGmbH社、資本金増資計画の件

掲題の件、XXXX社グループ取り引き深耕については、種々ご高配賜り、誠に深謝申し上げる。

今般、同グループドイツ法人のXXXX社の財務責任者OO氏より、聴取した情報によれば、来月上旬に、10百万マルクの増資計画有。同社は、当行永年の親密取引先なるも、先行▲△銀行の、主力取引に次ぐ、準主力に甘んじた経緯。

今回、貴部におかれても、XXXX社、本社財務部にて、本情報確認と共に、当行独占払込指名取得方、ご折衝賜りたい。

当店にても現地にて、資金運用プランの提示により、本振込を梃子とし、取引順位是正の所存にて、格好の機会と思料。

本、増資資金、翌年計画される、工場拡張資金の一部なるも、総資金需要30百万マルクにて、今後与信枠の増額により、長期資金貸付需要期待先として支援方針。

同社、現地パートナー◆◆社との、合弁なるも、XXXX社の51%出資の資本系列、親会社からの、経営指導念書懲求済。所有工場資産価値に鑑み、最終与信上の懸念なきものと思料。

付属資料:XXXX社、取引採算実績表別添ご参照賜りたい。


とまあ、こんな調子のファックスを、毎日延々と書いておりました。もっと簡単に表現できると思うんだけどねぇ。

で、またどうでもいい、語尾変化や格助詞にこだわる人がおおくて(役席者も、文章の訂正をせずに、ハンコを押すと、めくら判のXXとか不名誉な言われるおそれが、あったので、必要以上に訂正に手間をかけるのが、大切な仕事と思っているフシもあったなあ)

緊急を要する時には、困る。こんなかったるい手続きを踏んでいたら、下手するとまる一日かかる事もある。

ある日、重要な取引先の要人に不幸があり、急いで支店長名で、弔電を出そうとした。

銀行総務部制定の、弔電出電依頼書ってのがあって、それに月並みなお悔やみの文章を書いてファックスをしようとしたんだが、無能なN副支店長は、日本からの出張者の相手をしていて、全然目を通してくれない。緊急だから頼みますよ、と言っても見てくれない。

ルール違反を承知で、担当者(私)だけの捺印で、デュッセルドルフ支店長名で弔電依頼を出した。

たった二行の弔電文の依頼書に、例によって、訂正指示が入って、私の手許に戻ってきたのは、既に夜中。肝心な告別式は、もう終わっている。アホか。翌日、無能はN副支店長は、弔電が間に合わなかった事で、支店長から怒られていた。

ちゃんと弔電が発信された事を、知っているのは私だけ。無能なN副支店長、私に感謝しなさい。


銀行制定の行内用紙

銀行の中には、驚くほどいろんな、「所定の」用紙がある。総務部の中に、調度課という、専門部署があり、一般的な、入出金伝票や振込依頼書から、内部のいろんな制定様式を、発行管理している。各営業店で購入する文房具は、非常に少なく、「ええ、こんなものまで、制定の書式があるの?」ってのもある。

そのくらい多いから、ちゃんとした、マニュアルがあって、調度品番号、最低注文単位など、ことこまかに記されている。

事務マニュアルを読むと、「ボールペンは、銀行制定の黒色専用のものを使用し、、、、」なんてことが、大まじめに書いてありまして(確かに、銀行名のはいった、黒いボールペンありましたが、書き味がわるくてなあ)。ボールペンくらい、どこで買ってもおなじなのに。

私が、銀行に辞表を提出した時も、翌週に本店人事部から「銀行制定の辞表用紙」が、これに書き直して下さい、というメモと共に送られてきた。

わらっちゃうねえ、上司に、「あのぉ、すいませんが、私、これから、辞表を提出したいんで、制定様式を、取り寄せてもらえますか」なんて言う、間抜けはいたのだろうか?



©1997 copyright Hiroyuki Asakura