舞姫【Die Taenzerin】
今日、仕事中、目が疲れてふと、目を上げると、朝方は曇っていた天気が、いつのまにか晴れ上がり、青空になっていた。
仕事も早く終われそうだったので、友人に電話をかけて、夕食の約束をした。
北海の浜辺で、沈む夕陽を見ながら、旨いものを食おうを誘うと、いつもは忙しいという友人も、乗り気になっていた。
私のオフィスから、車を走らせて20分ほどで、北海のリゾート地、Scheveningenに着く。
長崎にある、ハウステンボスの建物の、モデルになったオリジナルだそうだ。
私は、ハウステンボスは、見たことないが、幸い本物が近くにあるので、ちょっと贅沢したいときには、このホテルにある、Kandinskyというレストランを利用している。
名前の通り、カンディンスキーの原画が、飾ってある。この画伯自身も、このホテルを利用していたそうだ。
このホテルの関係者から聞いた話しなのだが、このホテルに、かつて森鴎外が、滞在し、「北海に沈む夕陽は、ゆっくりと沈む」と描写しているそうだ。
もっとも、どの作品にその下りがあるのかは、いまだに不勉強で判らない。
鴎外は、ベルリンに留学していたのだが、何かの機会で、オランダまで足を伸ばしたことがあったのだろう。
いずれにせよ、ここで食事を取る度に、「あぁ、ここで鴎外は同じ夕陽を眺めていたのか」と贅沢な気分に浸る。
彼は、子供のころから神童と呼ばれ、エリートコースまっしぐらでドイツ、ベルリンに留学派遣された。
この辺の、経歴を聞いただけで、私なんぞは、「嫌な野郎」と思う
むしろ、英国に留学したけれど、言葉の習得も苦手で、異文化の中でストレスがたまり、ノイローゼ気味になってしまった、夏目漱石の方に、私はむしろ親近感を覚えてしまう。
たったひとつだけ、私が読んだ鴎外の作品が、「舞姫」だ。
郷ひろみ主演で、数年前に映画化されたので、内容をご存知の方も多いと思うので、詳細は略す。
鴎外の自伝的小説で、東大法学部を主席で卒業した、エリート青年が、留学先のベルリンで、劇場の踊り子エリスと恋に落ち、子供まで宿した彼女を、置き去りにし、日本への帰還命令を待って帰国を決め、エリスは発狂してしまう、悲しい話。
物語の内容は、殆ど実話らしい。もっとも、最後の結末はちょっと違い、帰国した鴎外を追って、エリスは横浜まで、単身乗り込んできたが、鴎外自身は結局彼女に会わずに、追い返したという。
中身もろくに知らずに、買ったが、機内で読みながら、ドイツに向かう自分と重複して、「なんだか、偶然にしては、不気味だな」と思った。
当時は、日本から欧州への、直行便はなく、ルフトハンザの、アンカレッジ経由。
思えば、あの頃は、今よりももっと、欧州は遠かった。
ドイツに到着するまでに、二回くらい読み返した覚えがある。
読後感想としては、「鴎外って男はサイテーの野郎だ」。
「しかし、これから、俺自身も、ドイツ勤務が、何年になるかもわからん。
俺も同じ状況になったら、どうしようか」などと、考えていた。
読書という、タイトルで、先日、読書が時として、人生を変えてしまうと書いた。
私も、結局、ドイツで鴎外と似たような展開を迎えてしまった。
但し、私の場合は、転勤の辞令が出たときに、鴎外と逆の行動を取り、辞表を書いた。
もしかしたら、私にこの行動を取らせた一因は、あの時、ルフトハンザの機内で読んだ、新潮文庫の「舞姫」に、憤慨した記憶が、影響していたのかもしれない。