ショート・ニュース 1980-1989

 Release 1998/12/27
Update 1999/10/28


87/8 奇跡のポコチン接合手術
 タイ・バンコク発〜 バンコク市の警察病院で、ふたりめの男性性器移植手術が行われた。手術を受けたのはサムラーン・インサッワンさん(48、写真右)。サムさんは2年前に浮気が原因で女房にチョン切られた。ペニスを提供したのは、ゲイクラブ「アガサー」のダンサー、チン・ナワサックンウォン(25、写真左)。

87/10 神父が性転換。バチカン揺るがす“珍事件
カトリックは女性の聖職者を認めず、神父の妻帯も認めない。では神父が性転換したらどうなるか−−これは仮定の話ではなく、カトリックの国イタリアで実際に神父が男から女へ性転換していたことが明らかになり、カトリック界を揺るがす「大事件」となった。 問題の人はドン・パオロさん(50)=イタリアではきわめてありふれた名で、これだけでは人物が特定できない。これまでトリノの新聞記者とローマで会見し、あとは一切外界との接触を拒否、居所も明らかにしていない。 パオロさんの告白によると、二十二歳で神父になり、イタリア北部インペリア近くの教会で働いていたが、子供のころから「自分は女ではないか」との思いが強かった。 心の葛藤(かっとう)に苦しみ、教会でざんげをしたり医師や心理学者にも相談。精神安定剤をくれた医師もいた。自殺も考えたが、結局肉体的にも女になるしかないと思い、三年前、トリノで性転換手術を受けた。 「このままではすまないだろう」と思い、教会を去り、ジェノア近くの小さな村に移った。もちろん僧服を脱ぎ、カツラをかぶり、「普通の女性」として小さなアパートを借りた。小し蓄えがあったのと、近所の子供たちに勉強を教える謝礼とで生計を立てている。 名前をパオロから女性名のパオラに変えた「神父」は記者二人との会見で「やっと気持ちが安定した。神に祈り、他人に奉仕したいという気持ちは神父時代と少しも変わらない」と語っている。イタリアの雑誌二誌が会見と写真撮影をしたいと、それぞれ謝礼1億リラ(約1100万円)と3億リラを提示したが、パオラさんは「世間に発覚すれば私の人生は終わり」といずれも断った。 しかし「世間」は放っておいてくれなかった。イタリア中の教会からごうごうたる非難の声が上がり、ついにカトリックの総本山バチカンまでが乗り出した。パオラさんは教会を去っているものの、まだ「神父」かどうかという根本的問題が残っているからだ。 神父(司祭)は「洗礼を受けた男性」しかなれず、性転換手術は男性でなくなることを意味するのか? バチカンのラーラ枢機卿は「難しい問題だ、もし女性になったのだとしたら神父として認められないし……」と頭をかかえている。 この問題に詳しいバチカンの神父によると、性転換はカトリックでは未解決のテーマだという。16世紀にアフリカの奥地に布教に入り、拷問で局部を切り落とされる神父がかなりいたが、その後これら神父たちは公の場に出なくなったとされる。また現在、南米の奥地で布教中の二神父が、弧児救済のため「子供には母性が必要」との理由で性転換し、孤児院を営んでいるという。(毎日新聞1987/10/16抜粋)

88/3 お巡りさん変身する
 オーストラリア南部の都市アデレードで白バイ隊のお巡りさんだった男性が突然性転換を決意、退職後美しい女性に変身し話題になっている。アン・ラッセルさんで、右が白バイ隊当時のラッセルさんの“雄姿”、左が現在の姿。ラッセルさんには二人の子供がいるが、子供たちはいきなり母親が二人になったようで戸惑っている。

88/4 アラーの神も許した性転換?
 カイロ発〜 男性から女性に性転換したカイロの医学生が、卒業試験を受けられず途方にくれている。エジプト各誌によると、アズハル大学医学部のサリー・アブダドラ(23)は、元は男でサイエドという名前だったが、次第に女性の傾向を示し、数ヶ月前に思いきって女性になる手術を受けた。ところが困ったことに、アズハル大学はイスラム教の総本山だけに、医学部も男子学部と女子学部に分かれている。席を置いていた男子学部は「女子学部で卒業試験を受けるように」、女子学部の方は、「戸籍上はまだ男」と受験を拒否しと宙に浮いたまま。ただし、性転換そのものは大学の神学論争の結果「本来備えていた女性特質の発露を促進しただけ」と認められた。

89/10 性転換に初のお墨付き
 男女の区別に厳格なイスラム世界のエジプトでこのほど、男性の性転換手術に対して初めて”お墨付き”が出され、大きな話題になっている。これは、検察当局が男性医学生の性転換手術をした医師に対する医師会の告発を却下したもので、当局は性転換は個人の選択の自由との進歩的判断を示した。性転換したのはサイエド・モハメド・アブダドラさん。昨年初めの手術後、ファーストネームも「サリー」に変えた。これがエジプトで表ざたになった性転換の初のケースで、医師会は医療倫理だけではなくイスラム教にも反すると非難、「サリーぶるな(男らしくないぞ)」という隠語が生まれるほど国民的論争となっていた。

89/10 女性への”狭き門”
 南米ガイアナに住む「彼女」はこのほど、自分を女性だと認めてくれるよう憲法の改正を求めてキャンペーンを始めた。「彼女」の名前はジル・ジャーディーンさん(37)。ジャーディーンさんは1981年に米国で性転換手術を受けるまでは金鉱で働く立派な男性、ジミーさんだった。手術後、女性としての法的身分を確認するために出生届の変更を求める訴えを起こしたが、昨年、裁判所に棄却されてしまい、憲法改正に立ち上がった。「十歳の時から私は男じゃないって感じてたわ」と怒りにくれるジャーディーンさん。普通の女性と全く同じように生活し今では男性と結婚、子供は産めないので養子をとることを考えているとか。

 1970〜1979年 1990〜1994年
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