この写真も別の角度から見たクロイスター美術館です。メトロポリタンの支店ですから、どちらかの入場券(ブリキのバッチ)を見せれば、どちらへも入場できます。
(話の続き)
Manhattanから始まったといわれる、アメリカ独立運動の歴史のお話で教わったのですが、ここManhattanで、最初に使われていたメジャーな言語は、イギリスの植民地でありながら、オランダ語だったそうです。
ごく一部の、イギリスから移民してきた人達だけが、英語だったそうで、実にマイナーな存在だったんだそうです。
イギリス本国からくる法律やニュースを伝えるための官営?新聞が英語だった為と、その新聞で、貿易や商売に関する、NYでのお上のお達しが通達された為に、少しずつ英語が仕方なく?広まったみたいです。
独立運動の火が点されたといわれる、1730年代の新聞発行弾圧も、 Peter Zenger という人が発行した、NYで2番目の英語の新聞(こちらは民営)だそうです。
当時イギリス王室から派遣されたCosbyという役人が、ひどいことばかりするので、批判したためだそうです。
弾圧に抵抗する為に、市民が強い関心を持って成り行きを見つめた為に、次第に英語が広がったみたいです。
(次の写真につづく)