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参加者の横顔



JT


Ryoji


Seed


Kotatsuneko





LA-Camp HQ
都築さんのホームページに、キャンプの様子(写真とコメント)が掲載されています。ご参照ください。






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LA Camp! --Day 1: 大陸と、大洋を越えて

renewal: January 12, 1998

ぎりぎりまで参加はできないと思っていたLA合宿。しかし奇跡のような神のお加護で、溜まったマイレッジを利用した航空券が入手でき、おまけに上司の目を掠めて強引に休みも確保、直前になって参加を表明しました。とはいえ、準備までほとんど時間はない。まあ、所詮は国内旅行ですから格別なにが要るということもあるまい、と多寡をくくって出発することにしました。


午前9時ちょうどにWashington Dulles International Airportを発つ飛行機を予約したため、空港までの時間を考えると6時には起きないわけにはいきません。けれども、ぎりぎりになって準備を進めたお陰で何とかベッドに就けそうな時間になったときにはすでに深夜。これでは絶対に起きられない・・・と、結局そのまま徹夜(笑)。飛行機の中で眠れば何とかなるだろう・・・と軽く考えて、出発しました。ところがどういう訳か結局機内ではほとんど眠ることが出来ず(えらく寒かった・・・)、Los Angels International Airportには予定時間よりやや早く到着。機窓からLAの町並みを眺めながら、噂に聞くスモッグ・・・というよりは単に曇りぎみの風景と意外なほど涼しそうな機内アナウンス(78度)にちょっと拍子抜け。空港では、早めに着陸したというのにその滑走路が外側だったがために、ターミナルに辿り着くことが出来ず(内側を出発機が激しく飛んでいたため横切るまでに時間がかかった)、結局定刻よりやや遅れて飛行機を離れました。


この空港は、かつてトランジットで利用したことはあるものの降りるのは事実上はじめて。ディレクションに従ってターミナルを抜け、かねてからの指示にしたがって、まずは都築さんの携帯電話に連絡を入れました。すると、もうすぐそこにいるとのこと。ありゃりゃ?と車寄せに飛び出すと、いました、シロナガスクジラこと巨大なキャディラックのオープンカーが。後ろから声を掛け、がっちり握手。今まで何度も伝言板で、チャットで、メールで想像してきた都築さんがそこに、笑顔で立っていました。思っていたとおり、いや、それ以上にかっこいい!


日本からの出発組みは、関西国際空港発が遅れたためまだ到着していないとこのと。そのままキャディを国際便到着のすぐ外に移動し、都築さんと話しながら待ちます。どちらとも一面識もないため、いったいどんな格好で出てくるのか今一つ見当も付かぬままに出口を見つめているうちに、ふたりが現れました。亮治さんはホームページにこの日の荷物などを掲示していたのでこちらにもなんとなく見当が付いていて、その大きな赤いリュックに我々が気づくのと、彼らがこちらのキャディに気づくのがほぼ同時。駆け寄る二人とまたも握手。六甲の山猿こと、亮ちゃんは、そのハンドル通りの行動力と山男のイメージ通り(笑)、シード=七種健さんは、細身で小柄な好男児で第一印象はイメージ通りでした。


ちょうどお昼過ぎで、一同空腹だったこともあってそのままリトル・トーキョーに。週末なので空いているだろう・・・とダウンタウンに向かったわけですけれども、Nisei Week のイベントで駐車場はかなり混雑していました。それにしても、氾濫する日本語の看板に商店街、銀行の列! 噂には聞いていましたが、これでは英語も喋れぬまま過ごす日本からの移民も多々いるというのも無理はない、と実感しました。さて、ラーメンでも・・・と、お店に入って、私は早速冷やし中華に餃子と大食いを披露(笑)。一服してまずは都築邸に向かいました。


久しぶりに乗るアメリカンV8のトルクとサウンドに酔いながら、フリーウェイを飛ばしてTujungaの都築邸に。確かに緩やかな坂を登ったのですが、道がだだっ広いせいかそれほどとも思わないままに到着しました。今までのこちらの一方的な思い込みから、荒れ果てた山の中にぽつりと立っているような図を勝手に想像していたので、意外なほど周辺にも家が並び「街」っぽいようすにびっくり。「LAの田舎」ではありましたが、山奥というわけではなさそうです。いったんは荷物を落ち着け、都築邸周辺を探索。亮ちゃんは早速おニューの一眼レフであちこち撮影しまくっています。巨大な三脚も持ってきていたので、まずは都築邸の前で記念撮影。と、ご近所のかわいらしいお嬢さん、Stephanieが通りがかったので、彼女も交えての撮影となりました。その後、暫く買い物やおしゃべりを楽しんだ後、近所の炭焼きバーガーのお店で、かねてからの約束通り、都築さんのおごりで夕食。


夕食後は都築邸で亮ちゃんが持参してくれた今年のパリ-ダカール・ラリーの記録ビデオを鑑賞するうちに、LAでの都築さんのチャット仲間、タカッパが彼女を伴って、ホークとともに現れました。ちょうどビデオは佳境だったのでそのまま鑑賞。都築さんがかつて店長を勤めていた、オートバイやさんのオーナー・山村レイコさんが出場、完走を果たしたという話が一時msn.の笹塚茶屋で話題になったのを覚えていた亮ちゃんが、テレビ放送を記録して持ってきてくれたのです。彼女が「三好礼子」だった当時の仲間の都築さんと、その頃お店の客として、あるいはファンとして、または雑誌記者として何度か彼女にお会いしたことのある私は、久しぶりの彼女の笑顔を楽しみました。もっとも都築さんは「あいつ・・・トシとった・・・・ってことは俺も年取ったってことか・・・」とかなりショックを受けていましたが(笑)。礼子さんがレイコさんになって、いろいろな意味でイメージが変わったのは私も強く感じました。時折見せるいたずらっぽい笑顔は、昔のままの彼女でなんだか安心しましたけれども。


ビデオが終わる頃には、前夜徹夜の上機内でもほとんど眠ることのなかったという亮ちゃんは死亡寸前(笑)。改めて互いに自己紹介を終えて間もなく、自らベッドに倒れ込みに消えました。リビングではホークを中心に重火器・ナイフネタで異様な盛り上がりを見せ、しかしやがてシードも疲労の限界にソファでそのまま倒れ込みます(笑)。ホークの目の輝きに恐れをなした都築さんは、細切れに所蔵火器を出してきますが、話が進むうちに結局手持ちの品を全部出すことに(笑)。それにしても、話題に上る火器はたいてい「これが・・・」といいながら実物が出てきてしまうあたり、危ない危ない(笑)。催涙ガスなんか使った痕があるし(爆笑)。ホルスターなんて使い込まれてすっかり銃の形に革がならされている〜(笑)。話が一段落付いた後、都築さんの仕事部屋で伝言板を覗いたり、ニュースグループへの投稿方法講習会が開かれ、やがて3時になろうという頃に彼らは引き揚げていきました。ソファで爆睡しているシードはそのままに、私は亮ちゃんの横の床に転がって眠りに着きました。思えば寝足りないことでは私だって相当なものだったはずなのですけれども、興奮していたのか(笑)、結局最後まで起きていたのでした。

 

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