PART.24

 真っ昼間から、帰るための電車に乗った。
 失敗に終わった旅行。そして怪しい僕宛の二通の手紙。
 モデルの仕事先に送られて来た三通の手紙と同じ字体だった。間違いない。僕の目はしっかりと覚えている。
 僕のなにもかもを知っているらしい手紙の主。
 ……いったい誰なんだろう。
 僕の行く先を知っていた。僕がどこで仕事をし、どこで暮らしているのか、すべて知っている様子の手紙の内容。相沢のことも尾崎さんのことも知っている。
 向かい合わせに座れる四人掛けの席。電車の進行方向に沿って窓際に僕。その隣に相沢。
 僕の向かいの席には紀ノ瀬祐汰が座っている。
 そして僕と背中合わせのところに鮎川巧実、その隣に岩本一里がいる。
 電車の速度のわりには窓の向こうの景色があんまり変化しない。珍しくもない光景だけど、不思議な感じを受けながら僕は外を眺めていた。
 手紙の主は僕が旅館を出たことを知ってるんだろうか。
 たった一泊で終わってしまった失敗旅行。それすらも手紙の主は知っているんだろうか。
「モデルの仕事ってさぁ、楽しいの?」
 突然、目の前の紀ノ瀬が訊いてきた。ずっと寝てると思っていたから、僕は少しびっくりして二、三度まばたきした。
「うん……そうだね。バイトだと思うと楽しい、かな。本業にする気にはなれないけどね。なんていうか……表すぎる世界だから、僕にはあんまり向いてない」
「へえー、ずいぶん消極的なんだねー」
 意外そうに紀ノ瀬が眉をあげた。
「その顔だったらもっと野望あっても実現すると思うけどねー俺は。女の子いっぱい寄ってきたりしない?」
「……くるけど」
「やっぱねー。当然だよねー。いろんな人に、いいよなーモテてって言われない?」
「……言われるけど」
 紀ノ瀬が笑った。人なつこい笑顔だ。
「彼女、いるの?」
 僕は横に首を振った。
 そしたら紀ノ瀬が驚いた顔をする。
「えー? なんでー? 禁止命令でも出てんの?」
「そういうわけじゃないんだけど……」
 僕は困って隣の相沢に視線を送った。会話に関わってこないと思ったら、寝てるよ、こいつ。
「なんかね、ピンとくる人がまだいなくて」
 と言ってごまかした。
 隣で寝てる人が最愛の人です、なんて言えないし。
 でも目の前の紀ノ瀬はそれで納得してくれたみたいだった。
「そうなんだよねー。いろいろ付き合ってみてもさぁ、なんか違ったりするもんなんだよねー。俺にはこの人しかいないんだ、って強く言い切れる相手が欲しいんだよホントはさぁ。けど、どこかで歯車が狂っていってギクシャクしちゃって、結局ダメになったりするんだよねー。何がズレてんのかなー」
「ナンパに興味ないのに、なんで参加したの?」
 今度は僕が訊いてみた。
 紀ノ瀬は、う〜ん、と悩んで首をひねった。
「そうだねぇ、そこの岩本くんにムリヤリ引っぱられたってのがホントのとこなんだけど。まったく興味ないってわけでもないんだよ。まー優柔不断な態度だったしねー俺も。気がついたら参加することになっててさ」
 頭をかきながら笑った。
「ナンパ目的じゃないのはそっちもでしょ?」
「う、うん、そうだね。……ずっと旅行なんてしてなかったし、たまには気晴しにいいかなと思って。結局、変なことあって途中で終わっちゃったけど」
「あー、あの手紙みたいなの」
 紀ノ瀬の目が、好奇心を覚えた様子を見せた。
「あれってなんだったんだろ? やっぱファンの人とかなのかねぇ」
「……さあ。でも全国版の雑誌に出てると言っても、実際そんなに有名なわけじゃないんだよ。ほんの一部で騒いでるぐらいで。テレビに出る人と違って、人目に留まりにくいと思うんだ、雑誌だけの場合。身近で直接会える距離にいる人たちは、異様なくらい盛り上がってたりするけど」
「その中に、男もいんの?」
「え?」
「だって例の三行くらいの文章、僕、って書いてあったじゃん」
「……ああ」
 そうだった。最初の手紙は相沢にしか見せてないけど、後のやつは三人にも見せちゃってたんだった。
「どうなんだろうね。バイト先に来るのはほとんど女の子ばっかりなんだけど。もしかしたら男もいるのかな」
 あんまりよく見てなかった。ファミレスでは忙しいから、仕事で精一杯だし。声かけてくる人の顔なら見るけど、そうじゃないと見てないし。
 でも。
 もしかしたら客の中にまぎれて、その手紙の主が何食わぬ顔で来ている可能性はあった。
 これまで考えもしなかった。そんな可能性。
 そうだった。手紙にあそこまで書いてあるということは、どこかで僕を見ているはずだし、バイト先にも来ているかもしれないんだ。
 ぞっとした。
 なんで今まで気がつかなかったんだろう。
「大丈夫? 顔色悪いけど」
「う……うん、平気」
 いつどこで見ているかわからない。いったいどこの誰なのか。
 知っているはずなんだ。僕と同じ高校出身なら。すべての手紙の主が同じなら……いや、同じだ。あの癖のある文字。覚えてる。
 僕と同じか、ずれていてもひとつかふたつ上か下か。そんなに変わらない。そして性別はたぶん男。文章の内容からすれば、ねちっこい性格と言ったところか。
 ……考えてみてもわからなかった。



「ふああ、よく寝た」
 電車から降りた時、鮎川が身体を伸ばしながら言った。
「くそお。面白くない旅行だったぜ」
 岩本が走り去る電車の方を見ながら続けた。
「そういうことを言うなって。余計つまんなくなるからさぁ」
 紀ノ瀬がたしなめた。
 三人とは駅で別れた。相沢と一緒に駅前の街を歩き、軽く何か食べようと店に入った。
 向かい合わせに席についた時、
「ピンと来る人がいないって?」
 からかう口調で相沢が言った。
「っ! 起きてたのかっ」
「起きてたよ」
「おまえ……っ、なんだよそれ。全部話聞いてたのか」
「うん」
 相沢はまったく悪びれていなかった。
 照れ臭さまじりに僕は少しふくれた。
「しょうがないだろ、ああいう時は。他に言いようないもん。……にしてもさ、なんで寝たフリなんかしてたんだよ」
「起きるタイミングがなくてさ」
「……よく言うよ。おまえが寝てる間に僕が何言うかと思って面白がってたんだろ」
「ずいぶん、ひねくれた発言だな。それって」
 言いながら相沢は笑っていた。
 そういや、旅行のために三日間の休暇を取っちゃったんだったな。
 ふと、手紙のことを思い出した。
 何度か言おうかどうしようか迷って、結局口に出した。
「相沢。内緒にしてたことあったんだけど……いいかな」
「え?」
 驚いた様子で相沢が顔をあげた。
「旅行中に妙な手紙あったよね。あれと似たようなのが、モデルのスタジオ宛に来たんだ」
「……え?」
「あんなものじゃないくらい、濃い内容だった。僕のことすべて知り尽くしてるような文章だった。あの手紙の主は、僕が高校の頃どんなことがあったのか知っていた。退学してから何をしていたのかも知っていた。今度の手紙では、相沢のことも尾崎さんのことも書いてある。最終的には、僕が欲しい。僕を抱きたい。そういうものだ」
「……悟瑠」
 相沢が茫然として僕を見つめた。
 僕は続けた。
「スタジオには三通の手紙が来て、どれも似たような内容だった。嫌がらせにしては詳しく知り過ぎてる。考えられるのは、その人は僕と同じ高校だった。そして今でもそう遠くない場所にいる。けれど僕が覚えている人じゃない。……接点が少ないんだ、きっと」
「その手紙、他に誰か見たのか?」
「スタッフの人が先に見てる。郵便物に危険がないかどうかチェックするために、先に開封して確認するための人がいるんだ。だから個人宛だろうと何だろうと、出版社にきたものは全部かまわず開けて、安全なら本人に渡してる。……その手紙も、僕は最初知らなかった。スタッフの人はまず尾崎さんに見せて、どうするか相談したらしいけど、尾崎さんは僕に教えるなって言ったんだって。……タチの悪い悪戯だって判断されたみたい。けど一応スタッフの人は知ってた方がいいと思ったのかな、その三通を僕に見せてくれた。内容は……単なる中傷や悪戯なんかじゃなかった。全部本当のことが書いてあるんだ」
「尾崎さん、見たのか」
「たぶん、悪戯だと思ってる。その手紙見たこととか、何も言わないんだ。僕がそれを読んだことは知らないと思う」
「……なんで、ずっと言わなかった?」
 声に責めるような響きを感じて僕はハッとした。
「余計な心配させたくないと思ったんだ」
「そう思うことが余計だろ。すごく余計だろ。なんで俺はおまえの傍にいて、おまえと一緒に暮らしてるのに、そんな余計な気を使われなくちゃならないんだ。おまえに降りかかったことを何ひとつ知らなかったってことが、どれだけショックだと思う!」
 相沢は急に店の中だということを思い出したように黙った。それから少し気を落ち着かせて、再び口を開いた。
「……今はそんなこと言ってる場合じゃないよな」
「ごめん……」
「問題なのは、その手紙の主が誰かってことだ。もし本当に同じ高校の人間の仕業なら、その頃の卒業アルバムがあった方が探しやすいと思うけど……」
「当時の友達とかならきっと、ちゃんと卒業してると思うから持ってるかもしれない。でも同じ学年とは限らないしね」
「そうだな……」
 真剣に考えてくれている相沢の顔を見た。怒られたのに、なんだか嬉しかった。
「……でも、当たってみる価値はあるかもしれない。あんまり……会いたくないんだけど、その頃の人達には」
「俺が一緒に行く。学校に問い合わせれば、その頃の卒業生全員がわかるだろう。あ、学校には卒業アルバムも保管されてるか」
「行きたくない」
 ぞっとした。あそこは嫌な思い出の場所だ。近寄りたくもない。
 相沢は察してくれたみたいだった。
「わかった。俺が行ってみるよ。借りられるようなら借りてくる。たぶん、図書室あたりに行けばあるんじゃないか? 俺はそこの卒業生じゃないから、借りられないかもしれないけど。とりあえず、見るだけ見てみるよ」
「でもさ、これは僕の問題なのに」
「だからっ。そういうのはやめろ。俺がいるんだ、ここに。悟瑠の傍に。できる限りのことはやるよ。とりあえずおまえは待っててくれればいいから。明日行ってくるから結果報告でも待ってろよ。それから一緒に考えよう」
 結局、僕はこうして相沢に甘えちゃうんだな。
 こんな風に引っ張られて心地いいと感じてしまう。
 翌日、相沢は本当に僕の通っていた高校へ行き、三冊の卒業アルバムを持って帰って来た。



 僕と同期の卒業生たちの写真を眺めながら、なつかしいな、とポツンと思った。
 忘れてしまったと思っていたのに、意外と覚えてた。人間の記憶なんて曖昧でいいかげんのくせに、頑強だったりもする。
 よくよく考えてみれば、卒業アルバムを眺めたからって手紙の犯人がわかるはずなんてなかった。あくまでも参考程度で答えが得られるわけじゃない。
 人数が多いせいなのか、それとも高校ではそんなことしないのか、文集のようなものはない。個人個人が写っている証明写真のようなものとか、クラスごとの集合写真、あとは文化祭や体育祭などのイベント写真、それぞれの部活動の写真、そういうものしかない。あとは寄せ書きくらいか。最後の方のページでは、個人名と並んだ連絡先住所がザッと列挙されている。
 残る二冊の卒業アルバムは、僕より一学年上の卒業生と一学年下の卒業生のものだ。
「なんとか二週間借りれるようにしてきた」
 と、相沢が言っていたから、じっくりと眺める時間はあった。
 とりあえず、旅行のために取った休みが、あと一日残っていた。僕は掃除や洗濯をしながら合間の時間を使ってアルバムを眺めた。
 相沢は、大学の友人に呼び出されてしまったので、今はいない。
 でも夕方には帰ってくるって言ってたし、今は夏休みだから……。



 電話が鳴った。
 僕はアルバムを閉じて電話の傍へ行き、受話器を取った。
「もしもし」
『相沢真さんのお宅でしょうか?』
「……そうですけど?」
 電話の相手は病院名を名乗った。女の人の声……看護婦?
 嫌な予感がして、僕は緊張した。耳を澄ます。
「あの……何があったんです?」
『親族の方よりも先にこちらへ連絡されるように伝えられましたので。久我悟瑠さんはご在宅でしょうか』
「僕ですけど」
『相沢真さんが交通事故に遭われまして、こちらへ運び込まれました。幸い意識も回復されて、健康状態も申し分ありません。ですが、右足を骨折されて、当分のあいだ入院されることになりまして……』
 それから後の言葉は聞こえなかった。
 受話器を置いた後、再び電話でタクシーを呼んだ。しばらく待ってようやく来たタクシーに乗って、病院名だけ言う。
 頭の中が真っ白になって何も考えられなくなっていた。


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