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Richard E Grant


Richard E Grant リチャード・E・グラント
(Richard E Grant / Richard Grant Esterhuysen)

 1957年5月5日、スワジランド、ムババネ生まれ
 ( 父:Henrik  母:Leonie  弟:Stuart )

  Waterford boarding school
  Cape Town University 出身(英文学・演劇専攻)

 1982年にイギリスへ
         ロンドン在住
           身長:約188cm
           体重:70kg 前後
           妻:Joan Washington
           息子(妻の連れ子):Tom
           娘:Olivia
お行儀のよさそうなリチャード。 二つしている腕時計のひとつは父の形見だ。

リチャードはこどもの頃から役者になりたいと思っていて、8歳の頃から演劇活動をしている。一説によるとバーブラ・ストライサンドに夢中になってかららしい。リチャードが9歳の頃、母が家をでていく。11の時に両親は正式に離婚したが、リチャードの父はスワジランドの文部大臣だったため、相当のスキャンダルとなる。父はヘビー・スモーカーであったためか肺ガンと脳腫瘍を患い、離婚の13年後死亡。51歳だった。彼に『ウィズネイルと僕』を観て貰えなかったのをリチャードは非常に残念に思っている。

父の死の6カ月後、リチャードはイギリスへ渡り、ロンドンに住み始める。別れ別れになった弟 Stuart は、現在は南アフリカで会計士をしている。

ロンドンで生活をはじめたリチャード、最初の数年間はほとんど仕事がなく、劇場で演じる傍ら、ぶらぶらしていない時にはウェイターなどで日銭をかせぐ。1984年、ハマースミスのリリック・シアターで上演された Tramway Road での演技が認められ、PLAYS and PLAYERS という雑誌から“最も将来有望な新人”に投票される。

この頃、方言コーチであるジョーン・ワシントンと知り合い、一緒に生活しはじめる。ジョーンはリチャードの8歳年上で、前の夫との間に、この時点で大学生の息子トムがいる。

1985年、広告を皮肉ったBBCドラマ、Honest, Decent & True に抜擢され、ここでの演技がマイケル・ホワイトホールというエージェントに認められ、『ウィズネイルと僕』のオーディションへと繋がる。

『ウィズネイルと僕』のオーディション前、体重を増やそうと努力していたリチャードだが、ウィズネイルの役が決まると体重を落とせとブルース・ロビンソンに言われてしまう。また『ウィズネイルと僕』の撮影に入ったばかりの頃、ジョーンが2カ月もの早産。娘(ティファニー)が生まれるが、生後30分で死亡。ジョーンはすでに三度の流産をも経験している。ジョーンは気分を変える為にもシチリアでの仕事を受け、その頃リチャードはウィズネイル役を演じる為に、アレルギーであるアルコールを摂取させられている。日常生活において、リチャードは酒も、紅茶もコーヒーも飲まず、煙草も吸わない。さらには乳製品も摂取しない。“牛の体内の粘液”なんて気持ち悪い!と思っているのだとか。そしてベジタリアンだった時期もある。

ウィズネイルと僕』は公開されるとすぐさまカルト的な人気を集め、リチャードはその後ハリウッドからも仕事の話がくるようになる。1987年にはジョーンと結婚し、1989年には娘オリヴィアが誕生。

『ハドソン・ホーク』や『プレタ・ポルテ』におけるややキワ者的英国人役など、キャラクター俳優としてもかなりの定評があるが、『エイジ・オブ・イノセンス』『ある貴婦人の肖像』『十二夜』『クリスマス・キャロル』などの文学作品まで幅広くこなす。オスカー受賞もしているショート映画『Franz Kafka's It's a Wonderful Life』 、抑えた演技が冴える『異常犯罪心理捜査』、シングル・ファーザーとしてがんばる『赤ちゃんにバンザイ?!』、ヘレナ・ボナムカーターとのカップリングも素敵な『Keep the Aspidistra Flying / A Merry War(葉蘭をそよがせよ)』、それにスウォッシュバクラーの古典『The Scarlet Pimpernel(紅はこべ)』などでは、リチャードならではの魅力的な人物像で、見事に主役をはってもいる。最近ではロバート・オルトマンの『ゴスフォード・パーク』でも脇役ながら存在感のあるところを見せている。

リチャードは11歳の頃から日記をつけており、1996年には、『ウィズネイルと僕』から『プレタポルテ』までの彼の主な出演作品を撮影中の日記『 With Nails 』が出版されている。1998年には『 By Design 』というフィクションも出版している。

このページは2001年8月1日に UP しました。(随時更新予定)



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