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リシャは久しぶりにリゼット盗賊団のアジトにいた。里帰りと呼ぶのだろうか、ともかく、それは思いのほか楽しく、時間はあっとう間に過ぎ去ってしまう。リブレスの家のように、誰かに煩わされないで少人数でいる、というのも嫌いではないが、こうやって、他の人とわいわいすごすのも悪くはない。
それでも、今日は泊まっていったら、という仲間の問いに、リシャは考える間もなくかぶりを振っていた。
数週間前までは、リシャもこのアジトに暮らしていた。どこよりも暮らしやすい場所だと、離れたくないと、自分の居場所なのだと心から思っていたのだ。
けれど、今、「帰りたい」と思った場所は――。
「また行くの?」
ふいに背中ごしに声をかけられて、リシャは愛用のコートを羽織ながら、声の主を振り返った。その先には、憮然とした表情で腕を組んで経っている、若い少年の姿がある。
リシャと同い年の盗賊団員である少年は、リシャの幼馴染だ。カールスに比べると、やや劣ってしまうものの、少年スコアは十分に整った顔立ちの持ち主であった。
少なくとも、盗賊団にいた頃は一番信頼できる相手であった。けれど、今信頼おける人間の名前を訊かれると、親友であるカールスの名前を告げてしまうだろう。ふと、そんな事を考えて、リシャは苦笑した。
「今日戻ってきたばかりじゃない。なのに、もう行くの?」
リシャが何も答えないので、スコアは再度問い掛ける。
リシャはスコアを苦笑を浮かべたまま見つめた。
「今日は帰る。また来るよ」
リシャの言葉に、スコアは一瞬顔を歪める。
「帰る?帰るのは、ここ、だろ?」
リシャは軽くかぶりを振った。
そういえば、同じ事で、他の団員にも笑われた。けれど、いくら笑われようと、すでにリシャの感覚がそうなってしまっているのだ。――「リブレス」へ帰るのだ、と。無理やりに、しかも、たった数週間しか暮らしていない「リブレス」へ。
どうしてなのかわからない。けれど、リブレスは居心地がいいのだ。まるで、家そのものがリシャを歓迎してくれているかのように、リブレスの家はいつも暖かい。人の温もりなど、ほとんどないに等しい家だというのに。
「スコア、私はリブレスに帰る」
リシャはにっこりと笑った。
「今日来てわかったよ。ここに私の居場所はない」
仲間達は変わらず優しいし、彼らと共にいると安心できる。けれど、リブレスの家が与えてくれる優しさとは違うのだ。
「何でだよ」
心底わからない、と疑問符を浮かべたスコアに、リシャはもう一度笑った。
「皆、ぐるだから」
知らないのは、まだ一人前になりきれていない若者や子供達だけ。他の団員はカールスを知っている。彼らにとって、カールスは尊敬すべき頭領であり、そして主なのだ。
だから、カールスがそれを望む限り、リシャの居場所はここにはない。
しかし、リシャはその事実が嫌ではなかった。本当ならば、自分の意見を全く無視して事を押し付ける仲間達に怒りの感情を向けたとておかしくはない。けれど、その事実に気付いたとき、こぼれてしまったのは怒りではなく微笑だったのだ。
「いいんだ。リブレスはとてもいいところだから」
「けど、リシャが貴族の屋敷に住むなんて似合わない!」
スコアは声を荒げた。
「大体、男と住むなんて――」
ふるふるとかぶりを振りながら続けるスコアに、リシャは思わず苦笑を浮かべる。
「あのな、スコア。カールスは友人だ」
カールスはそれ以上の関係を望んでいるのだろうけれど。そっと心の中で付け足して、リシャはスコアを見やる。スコアは尚も不機嫌そうな顔は崩さないまま、真剣な瞳をリシャに向けた。
「わかってる?リシャ」
真剣な瞳に押されながら、リシャは首を傾げる。
「僕はリシャの事、好きなんだよ?」
「でも、私はスコアを好きにはなれない」
きっぱりと答えると、スコアは悲しそうに笑いながら、わかっているよ、と答えた。
スコアへの気持ちは友人以上にはならない。それは、こんなにのはっきりとしているのに。
(でも、どうしてカールスにはいえないのだろう)
きっと答えは知っている、リシャはふいに思った。ただ、まだ認めたくないのだ。
リシャは軽くかぶりをふって、スコアに再び目を向けた。スコアは変わらず、憂いを含んだ笑みを浮かべている。
「僕は……リシャは兄さんの事が好きなのだと思ってた」
だから、身を引いたのに――スコアの言外の言葉に、リシャは頷きながら微笑んだ。
「好きだった。ずっと、好きだった。でも、あの人の特別にはなれなかったんだ」
随分と長居間待った。いつか、リシャを振り返ってくれるのではないか、と。望めば、いつか真実になるのではないか、と。リシャは今よりもずっと幼くて、待つこと以外を知らなかったから、だから見つめている事しかできなかったのだ。
その気持ちは本物だった。幼いだけの恋ではない。だからこそ、長年、引きずってきてしまったのだ。彼がリシャの手を取ってくれる事はありえないのだと知りながら。
「それに、今は行方不明だ」
スコアは、うん、と頷く。
「リシャは……。……リシャは、兄さんじゃなくて、その貴族が好きなの?」
「さあ。私は友達のつもりだけど」
スコアは腕組みをして、低い唸り声を上げる。
「よし、決めた」
やがて、明るい顔でスコアはリシャに目を向けた。あまりのスコアの変わりように、リシャは瞠目して言葉をなくす。
決めた、ともう一度呟いて、スコアは微笑んだ。
「僕もリシャと一緒にリブレスへ行く」
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