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村長が気を利かせて用意してくれた部屋の窓から外に目を向けながら、チャルはアザードと男性の会話に耳を傾けていた。アザードは久しぶりに彼と再会したらしく、当初の目的を忘れて昔話に花を咲かせている。そういえば、前回タストに会いにここへやってきたときに、男性はいなかった。
チャルは一つあくびをした。二人の話は、チャルの知らない昔の話ばかりで、チャルには理解が出来ない事ばかりだったのだ。
男性の名はシストという。アザードよりも僅かに年下で、チャルよりは年上だ。チャルはそのあたりの事実しか知らない。と、いうのもシストは決して自分の事を詳しく話そうとしなかったからだ。
もうそろそろ出発しよう、とチャルが声をあげかけた時、アザードがふわりと笑った。
「心配するな、シスト。……カールス様は、今の所元気だから」
チャルはアザードの言葉に驚きを隠せない。シストがカールスの事を知っているとは思ってもいなかったのだ。
確かに、アザードとは昔からの知り合いだとは聞いていたが、だからといってカールスと知り合いだとは限らない。ましてや、カールスは屋敷から滅多に姿を見せないから、自分の知らない知り合いがいるとは考えつかなかったのだ。
「シストってカールスの知り合いだったのか?」
「……ええ。昔の知り合いです」
シストは穏やかに微笑んだ。しかし、それから先に踏み込ませないといいたげな、深い壁が立ちはだかっているように、チャルは感じて、それ以上何も言えなかった。きっと、尋ねたところで、それ以上何も言ってくれないだろう。
「そうか……。……ん、そうだよなぁ」
「申し訳ありません。……チャル様は、カールス様の監視役でらっしゃるので……」
「そんな事まで知っているのか。……なる程、シストはリゼットの『騎士団』がらみか」
シストは曖昧な笑みを浮かべた。それは肯定でも否定でもない、ただ、曖昧な笑み。チャルは苦笑した。そのまま、アザードに視線を向ける。
「まあ、いい。それで、シスト、貴族の娘ってもしかして……」
「タスト殿の妹君サララ姫であらせられます」
チャルは天井を見上げて、深く息をついた。
今日会う予定であったタストは、隣国マスクォールの人間である。マスクォールの王都からカルゼアンへの道のりはなかなか険しいもので、大の大人でも弱音を吐いてしまう程の道のりだ。その道のりを少女が一人できたというのか。
「なんで、止めなかったんだ?」
「はい。なんとしてでも止めるべきでした」
消沈した様子でシストが項垂れる。その一言で、シストが止めなかったわけではなく、止めることが出来なかったのだという事実に気が付いた。
「今、マスクォールでは貴族の娘が攫われるという事件が多発しています」
突然、シストが話を始めた。それが、今回の事件に関わっているのだろう、とチャルは近くの椅子に腰を落ち着けた。
マスクォールでの事件ならば、チャルも知っている。詳しい内容までは知らなかったが、それでも大まかな概要はマスクォールの人間ではないチャルでさえ知っている程の大きな事件であるのだ。
そして、その犯人は未だ捕まってはいない。
「おそらく、今回の本当の目的はサララ姫です。……この村の少女は、おそらく巻き込まれただけでしょう。……顔を見られたか……サララ姫をおびき出すための囮に使われたか……」
「攫われた理由は?」
問うと、シストは軽くかぶりを振った。犯人が捕まらない以上、その理由はわからない、という事か。チャルは顎に手を添えて、考えをめぐらせる。理由は何にしろ、今わかっているのは攫われた少女達は戻ってこない、という事のみ。
見捨てるわけにはいかない。サララが関わっているとなれば、尚更、見捨てる事は出来ないだろう。
「くそっ」
チャルは舌打ちをした。アザードとシストが不安気にチャルに目を向けている。チャルが何かを言わない限り、この場は動かない。主導権を握っているのは、あくまでもチャルなのだ。
助けにいくしかない。チャルは考える。だけど、何処へ?
何としてでもサララを助けなくてはならないと分かってはいるが、犯人がわからない以上、手の打ちようがない。しかし、こうしている間にも、手がかりは消えていく一方なのだ。何か行動を起こさない事には何にもならない。
チャルはシストに目を向けた。
「シスト、お前はとりあえず、マスクォールに戻れ」
「しかしっ」
驚いて声を荒げるシストを、チャルは右手をあげて制した。
「それで、タストに今回の事を伝えろ。出来る限りはする。だが、保証は出来ない」
相手がシストであり、そしてタストであるからこそ、真実のみをチャルは告げた。適当な事を言って、その場をごまかす事は出来ないし、又、そうするつもりもない。
シストは数秒程考え込み、そして頷いた。決して納得したわけではないのだろう。それでも、チャルのいう事は正しいとわかっているはずだ。
頼む、と告げるとシストは真摯な表情を向けて頷いた。
もし、今回の事件にマスクォールではなく、カルゼアンが関わっていたとなると、国際問題に発展するだろう。そうなれば、チャルの計画がおじゃんになってしまう。チャルはそれを危惧していた。
「何もこんな時期に……」
せめて、もう少し後だったら。そう思ってしまうのも仕方がない。チャルの計画は、すでに引き返せない所まで来ている。計画を遂行するしか、チャルに道は残されていない。しかし、それには、まずマスクォールの協力が必要なのだ。
「何をしてでも助け出す」
信じてくれ、とチャルは言った。チャルを信用する事が出来ないだろうという事はわかっていて、それでも、誠意は見せたくて、チャルはただ真剣な表情をシストに向けた。
「わかりました。よろしくお願いします、チャル様、アザード様」
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