朝日の昇る丘






  大地は、太陽の光を受け、鈍く輝いている。その昔は、採掘場であったそこには、今も鉄鉱石が砂鉄という形で埋まっているようであった。
  今、カルゼアンでは、鉄を使う事は滅多にない。鉄よりもはるかに多い埋蔵量を誇り、そして鉄よりも高い硬度を誇る鉱物の細工の技術が発達してからは、鉄の需要量が極端に低くなってしまったのだ。そして、結果、多くの採鉄場は見捨てられる事となった。
  チャル達がいるのも、そんな採掘場跡の一つである。洞窟状になった鉱山の入り口に立ち、チャルは待っていた――相手から動いてくれるのを。
  ここが、誘拐犯のアジトだという思いは、そこを実際に目にして、確信に変わった。
  サララは、そして攫われた村の娘は、必ずここにいる。巧妙に隠されてはいるが、明らかに人の気配がするのだ。この採掘場が見捨てられてから、随分と時が経つというのに。
    一歩踏み出すと、砂鉄を含んだ砂がぐしゃりと音を立てた。チャルはわずかに顔をしかめる。 事の他、足が取られて動きにくい。まるで、自分の行方を阻んでいるようだ、と漠然と感じた。
    本来のチャルならば、行方を阻まれていると少しでも感じたならば、間違いなく引き換えしていただろう。 少しでも、危険と感じたものからは、出来うる限り離れていたいのだ。
    しかし、今回ばかりはそうも言っていられない。なんといっても、美しい女性の娘の命がかかっているのだ。 それに、サララを助ける事が出来たならば、マスクォールに借りを作る事も出来るだろう。
    相手が動く気配が無いのに焦れて、鉱山に足を踏み入れると、チャルは軽く息をついた。
「声がしないな」
「本当にここでしょうね」
「違っていたら、俺の身分をお前にくれてやってもいい」
    にやりと笑って言うと、アザードは呆れたようにチャルを見やった。その表情には、僅かに焦り が浮かんでいる。
    彼は騎士としての意識が、盗賊団の誰よりも強い。サララの命を案じての焦りか、それとも、突然 チャルに言われた言葉に動揺したのか――どちらにしても、今抱く感情としては、適切ではないだろう。
    今、必要なのは、自分が正しいのだという絶対的な感情だ。 どんな状況に陥っても、冷静でいなければ ならない。
    チャルは軽く、アザードの肩をたたいて、不敵に笑った。自分は正しいのだ、と、自分の言葉を信じても いいのだ、と。
「違っていたら、お前が俺の名前を継げ」
「そうやって、体よく面倒を押しつけるおつもりですね?」
    本来の調子を取り戻して、アザードは苦笑した。
    こうなれば、アザードは強い。騎士という本来の肩書きに相応しく、冷静に物事を判断出来るだろう。 チャルが口許だけを歪めて笑うと、アザードも口許を歪めた。
「では、絶対的な信頼をチャストル様に捧げましょう。……それで、進みますか?それとも、依然、待機、ですか?」
「……アザードはどうしたい?」
    本当は答えなど望んでいないのに、チャルはアザードにきいた。一応、アザードにも意見を仰いだ のだという事実が欲しかったのだ。そうしておけば、何かおきても、自分一人だけがカールスに責められるという状況だけは回避できる。
    それに気付いているのか、アザードは苦笑して、貴方のお好きなように、と答える。チャルは満足して頷いた。
「剣を抜け、アザード」
    横目でチャルの命令を受けアザードが剣を抜いたのを見て、チャルは前方に目を向ける。
「強行突破する。……暴れれば、あっちも出て来るだろう」
「出てこない方が楽でいいじゃないですか。……私もあまり、剣に血を吸わせたくはありませんし」
「それだと、刺激が少ない!……それに、あちらさんもようやく気付いてくれたみたいだな」
    前方に目を向けたまま、チャルはにやりと笑った。前方には、剣を振り被った男達の姿が見える。
    どう見ても、捨てゴマとなるべく雇われた人間達のようであった。剣を構えてはいるものの、その構えは てんでばらばらで、どう贔屓目に見ても、腕の立つ傭兵だとは思えない。
「雑魚ですね」
    剣を構えて、チャルの横に並んだアザードがぽつりと言った。アザードが言うのだから、やはり自分の考えは 正しかったようだ。
    つまり、あれはただ頭数をそろえるだけの為に雇われた素人達という事だ。
「殺っちゃうと後々面倒でしょうか」
「……いや、いいんじゃないのか?俺は許す」
「……そうですよね。私達は盗賊団なわけですし」
    どこか開き直ったアザードの言葉に、チャルはぎょっとしてアザードの顔を見詰めた。アザードが 壊れてしまったのかと、少々恐怖を感じたのだ。
    しかし、意外にも、アザードの表情はとても落ち着いていた。どこかで今の現状を楽しんでいるのかもしれない。
(意外と怖い奴だったんだな……、アザードって……)
    これからは、なるべく怒らせないでしようと、チャルは心に誓った。
    やがて、目の前に敵が迫って来て、チャルは意識をそちらに向けた。アザードがチャルの前に立ち、剣を構える。
その構えに、敵の素人剣士達は僅かに怯んだようだった。
「あらら〜、怖がっちゃってるわけ?僕ちゃん達」
「チャストル様……変に刺激をしないで下さい。素人の動きっていうのは、意外と予測が付かないんですから。……なるべく、殺さないつもりですけど、相手の出方によっては、殺してしまうかもしれないんですから」
「お前等、もしかして俺達を馬鹿にしているのか!」
    アザードはにっこりと微笑んだ。横で見ていたチャルでさえ、あまりにも穏やかすぎて、逆に恐怖をおぼえてしまうほどのものだ。
「そういう台詞は、素人さんレベルから卒業して言って下さいね」
    チャルは思わず後退した。