The Perfect Excuse
[後編]
僕は修練場に添えつけられているベンチに腰を落ち着けて、両手で顔を覆った。
アルデは、どうやら仕事があるらしく、数分前に部下らしき騎士に呼ばれて、修練場を後にしていた。
アルデがいると、恐ろしく時の流れを早く感じる。目を閉じて、一瞬きすれば一時間は過ぎているような、そんな感覚。だから、彼女が居なくなれば、歪められた時の流れが本来の流れを取り戻そうとするかのように、一気にその速度を緩めた。
「告白すると思ってたんだが、結局、しなかったのな」
背中に声をかけられて、僕は両手を顔面から離した。
その声の主がキールであることは見なくとも分かってはいたが、無視をするわけにはいかない。
「立ち聞きしてたわけ?……非道だね」
「立ち聞きしていて面白い話題がありゃあいいけどな。結局、何もしなかったんなら、面白くもなんともないだろ」
僕はキールに目を向けずに、口の中だけで舌打ちをした。
キールにまともな答えを望んだ、自分が間違っていたのだろう。
「告白は……やっぱり、メラフィにきちんと言ってからじゃないと」
僕が呟くように言うと、キールはどうやら口の端を歪めて笑ったようだ。
「言えるのか?」
「言うよ」
僕は即答する。一拍の間もおく必要はなかった。
アルデと会って、僕は改めて自分の気持ちを理解した。
僕はやっぱり、アルデの事が好きだ。だから、メラフィと意味のない婚約を続けていくわけにはいかない。
僕はまっすぐ真正面から、キールの顔を見た。
「メラフィに、きちんと言う」
「ふん?」
キールはにやりと笑った。
「姫さんが泣いてもか?――お前がアルデに振られるかもしれないのに、か?」
僕は頷いた。
確かに、キールの言っている事は理解できる。それでも――
「誰も傷つけないってのは、理想だよね。まあ、僕は正直、他人がどうなろうと知った事ではないけれど、でも、メラフィの事は認めているから、泣かれるのは辛い」
キールは頷く事で、僕の言葉を促した。
「けど、自分が内向的に傷付くのは、もっと嫌なんだ」
自己中心的で、自分さえよければそれでいい。その考えを思いっきり前面に押し出した僕の呟きを、けれど、キールは否定しなかった。
もしかしたら、キール自身が僕以上に自己中心的だから、僕が言った事が正しいと思ったのかもしれない。
人間的に非道な事ですら、軽くやってしまえるキールの事だ。それもあながち間違いではないだろう。
けれど、僕はキールが黙って僕を否定しないでいてくれるから、続けて言葉を紡いだ。
「メラフィが泣いても、メラフィが傷付いても、僕はアルデの事を好きでいるのは、やめられないよ」
だろうな、とキールは返してきた。
別に、キールの答えを望んでいたわけではないから、僕は驚いた。そんな僕を見て、キールはふっと笑った。
「すげぇ顔してんぞ、お前」
きっと、驚いた顔をしている僕が珍しいのだろう。それは、僕自身も分かっていたから、僕はそれに対しては何も返事をしなかった。
何しろ、ここで変に認めたら、後々からかわれるに決まっているのだ。
「ところで、キール。……やっぱり、男は顔だと思う?」
僕の急激な話題の転換についていけなかったのか、今度はキールがおかしな顔をした。
その後、それに気付いたのか、困惑したような表情で、頬をさすっている。
「それとも、財産とか?」
「お前ね……」
「何?」
僕は努めて可愛らしい笑顔を作って、首を傾げてみる。キールはがくりと脱力して、肩を落とした。
「お前、いい性格しているよ」
それは褒め言葉としてとることにした。何しろ、キールの性格からしてまともではないのだ。そのキールに「お前ってほんとまともだよな」と言われる方がショックだろう。
「うん。それで、男は何で勝負なんだろう」
キールは顎に手を添えて、遠くを見詰めた。
「男には、理想を求めているんじゃないのか?」
意味が分からなくて、キールを見詰めると、キールは僕に目を向けることもなく、ふと苦笑を浮かべた。
「完璧なのがいいんだろ、きっと」
……それって、僕は駄目じゃないか。
何しろ、僕は魔法使いの血を引いていながら、魔法は一つも使えない。賢者ではあるけれど、どこかと契約を結ぶ気もない。甘いものにはつられやすいし、意外に流されやすいし。と、欠点を並び上げればきりがない。
僕が唸っていると、キールは僕に目を向けて、くつくつと笑い始めた。
「何?」
「いや、人が悩んでいるのって面白いなってな」
キールはにやりと笑って、きびすを返して、修練場を後にしようと歩き始めた。
「ああ、そうだ」
ふと、足を止めると、僕を振り返って、
「蓼食う虫も好き好きってな」
「どういう意味?」
キールはにやりと笑って、再びまっすぐ前に視線を戻した。
「人の好みには個人差があるらしい」
僕はキールの後姿を見詰めながら、内心で首を傾げた。
……それって、僕にも可能性があるって事?