光降る街の隅で
Dancing with the Evil King
2.幼い勇者
魔王ラルフォンは、星空を見上げてため息をついた。
一体、いつからだったのだろう…。
横で眠っている勇者リーナスの寝顔を見て、ラルフォンは自嘲気味に笑う。
自覚なんてなかった。自覚云々よりも、ありえない事だと、思い込んでいたのだ。
…好きになってしまったのかもしれない…。
毎日毎日追い掛け回されて、自分の気でも狂ってしまったのだろうか。
ラルフォンは、荷物袋の中から商売道具である竪琴を取り出し、そっと弦に触れた。
ただ弦に触れているだけで、何故かひどく安心する。
人の住む世界に来て、吟遊詩人を職業に選んだのも、竪琴に心置きなく触れていられるからだ。
ラルフォンは、決して歌が得意なわけではない。
けれど、ラルフォンの奏でる竪琴の音色は、他の誰が奏でる音色よりも純粋で、その音に魅了された人
間も多い。
その事実に、ラルフォンも気付いており、ともすれば、本業の魔王よりも、吟遊詩人のほうが自分にあ
っているんじゃないかと、思ってしまう程だ。
ラルフォンは、竪琴を奏で始める。
澄んだ音色は、夜の闇に溶けていき、その感覚が心地いい。
初めて竪琴を見たのは、ラルフォンがまだ幼い頃。
酷く落ち込んでいたラルフォンを元気付けようと、ディファンが演奏してくれたのが竪琴だった。
だからかもしれない。
だから、ラルフォンの竪琴が何よりも純粋な音色を奏でるのかもしれない。
ラルフォンにとって、竪琴の音色は、幼い頃の記憶そのものだから。
「……」
何か声を聞いた気がして、ラルフォンは手を止めた。
ディファンだろうか…そう思ってあたりを探ってみるが、ディファンの気配はない。
だったら、リーナスに付いて来ているローラだろうか。
しかし、彼女の気配もなく、ラルフォンは気のせいだったのかと首をひねる。
その時、ラルフォンの周りを小さな光が舞った。
夜の闇の中で、静かに存在を主張するそれに、ラルフォンは、ほんの少し顔をしかめる。
だけど、それは一瞬のことで、ラルフォンはため息をつくと、柔らかい微笑を浮かべた。
「竪琴に惹かれてきたのか?」
光が肯定するように、強く輝く。
「光の精霊…か?夜の闇の中、ここまで来るとは、勇気がある」
手を伸ばすと、光はラルフォンの手の上で動きを止めた。
よく見ると、人間の姿によく似ている。
闇に属する魔族である為か、そう何度も精霊を目にしたことがあるわけではなかったが、それでも、普
通の人間よりは見慣れている。
そう驚きもせず、自分を受け入れてくれたラルフォンが珍しかったのか、光の精霊は無邪気に笑った。
恐らくは、まだ幼い精霊なのだろう。
ラルフォンが魔王であることに、全く気付いていないようだ。
「一人で闇の中、うろうろしていたらいけない。君は、光に属する者なんだから。仲間はどこだ?」
ラルフォンの問いに、光の精霊はラルフォンの手の中でふるふるとかぶりを振った。
確かに、あたりに光の精霊達の気配はない。
他の精霊達に聞こうにも、夜の闇は彼ら達を夢の中へ誘っており、気配すら感じられない。
「どこから来たんだ?」
再び、光の精霊はかぶりを振る。
不安そうに顔を見上げる精霊に、ラルフォンは困ったような笑みを向けると、精霊に気付かれないよう
にため息をついた。
自分は、厄災の中心にいるのだろうか…と本気で考えたことがある。
それは、つい数日前。リーナスが、神樹探しの旅について来いといった頃から、なんとなく感じていた
のだが…。
「今度は、迷子の精霊か…」
つい声に出してしまったラルフォンを見上げて、精霊は泣きそうな顔をした。
「…心配するな…。とはいえ、どうすれば…」
「探せばいいんだよ」
突然声がして、ラルフォンは精霊から顔を上げた。
「守宝に会えばいいんだよ、勇者の従者さん」
見ると、自分と同い年位の少年が、微笑して立っている。
見たこともない少年だった。
「厄災パート3…か?」
「え?」
少年は訝しげにまゆをひそめる。
ラルフォンは、かぶりを振って、精霊に目を向けた。
精霊は、突然現れた少年に怯えた表情を向けている。
それはそうだろう。ラルフォンとて、この得体のしれない少年を訝しく思っているのだから。
ましてや、能力を隠しているラルフォンと違って、周りからの影響を色濃く受けてしまう幼い精霊にと
って、なおさらであろう。
「なにぶつぶつ言ってんのさ。とにかく、その精霊のガキをなんとかしたくなくても、したくても、神
樹を探しているならば、会わないとならない相手だしね」
「お前、何者だ…?…リーナスが勇者である事を知る人物はいたとしても…その旅の目的を何故しって
いる?」
少年は、右手を顎に添え、可笑しそうに笑う。
それは、ラルフォンの神経を逆撫でしたのだが、ラルフォンは平静を装って少年を睨みつけた。
「そんなこと、どうでもいいじゃないか」
どうでもよくない!心の中で叫んで、ラルフォンは尚一層少年を睨みつける。
少年の黒髪が、静かに風になびいた。
「ま、どちらにしろ、また会おう。忠実な勇者の従者さん」
少年の声があたりに響いて、突風が起きる。
反射的に目を瞑ったラルフォンが、次に見たものは先ほどとかわりのない静かな世界であった。
星は、何事もなかったかのように瞬いている。
ふと、自分の手に視線を移すと、震えている精霊の姿が目に飛び込んできた。
夢ではないようだ。
何かが起こる前兆のような気がした。
いや、気のせいではないだろう。リーナスが…勇者が魔王に恋をして、魔王も勇者に恋をしてしまった
時から、何かが狂いだしているのかもしれない。
いや、本当はもっと昔から…。
「それにしても……」
あの少年は、自分が魔王である事に全く気がついていなかった…。
いや、あの少年だけではない。
ようやく震えの収まった、手の中の幼い光の精霊も。
その事実に、ほんの少しショックを受け、ラルフォンは大きくため息をついた。
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