風が強く吹いた。その風に、ラルフォンは瞳を細めた。
風はただ暖かく、乾いた空気を運んできている。この調子だと、この先数日は雨に悩まされることもないだろう。
ラルフォンはそっと安堵のため息をもらした。
ラルフォンは朝から憂鬱な気分に悩まされていた。ディファンやローラとの話がやはりまだこたえているのだ。
精霊が消えた。口にすればそれだけの事なのに、それは何よりも不自然で、否応無しにラルフォンの不安を掻立てる。
しかし、その不安を夢から覚めたリーナスや光の精霊の手前、口にする事はできなかった。
二人を悪戯に不安がらせたくはない。まだ、何もわかっていないのだから。
ラルフォンはふと光の精霊に目を向けた。光の精霊はリーナスと楽しそうに遊んでいる。
もともとリーナスの精神年令は光の精霊と同じくらい幼いのだろう。リーナスは光の精霊を目にして、すんなりと友達として受け入れてしまった。
光の精霊も光の精霊で、リーナス達をラルフォンの仲間だと理解したからか、騒ぐことなく自分の状況を受け入れてしまったようだ。
それとも、精霊というものはもともと適応力が高いのだろうか。
「ラルフ様、そろそろ出発しますか?」ラルフォンは、尋ねられて、考え込んでいた顔をあげた。
ディファンが伺うような目線を向けてくる。「もうそろそろ出発しないと、いつまで経っても目的地には着きませんが」
ラルフォンは小さく頷いた。
今日中に森を抜けなければ、また今夜も森の中で野宿をする羽目になってしまう。
リーナスは、まだキャンプ気分で楽しんではいるが、ラルフォンは野宿というものが苦手だった。
決して繊細というわけではないことは、ラルフォン自身が一番よくわかっている。
ただ、純粋にラルフォンは恐怖を感じるのだ。いや、情緒不安定になってしまう、といった方が正しいかもしれない。
魔王であるというのに、否、魔王であるからこそ、包み込まれそうな自然の闇から逃げ出したくなるのだ。
その事を、ディファンは知っている。
本人に直接聞いて確かめたわけではないが、おそらくは知っているのだろうと思う。
そして、きっと理由すら。「そうだな。とりあえず、出発するか」
まずは、神樹の情報を集めなくてはならない。
ラルフォンもリーナスも、神樹がどこにあるのか知らないのだ。
神樹は、勇者の力の源なのだと言われているが、それが事実なのか、ラルフォンにはわからない。
けれど、神樹を見つけ出していないリーナスは勇者ではあるものの、勇者としての力を持っていなくて、そして、前勇者であるリーナスの母親は、まだ勇者としての力を保持したままなのは紛れもない事実である。
「けど、なんで俺、リーナスの旅につきあってんだろうな」ラルフォンは思わずため息をつく。
そもそも、敵対関係にはないといえ、勇者が力を手に入れる手伝いを、何故ラルフォンがしなければならないのだ。
とはいえ、今更旅を止めるつもりはないのだが。「そもそも、神樹と守宝って何なんだよ」
「それは、魔王様も、勇者様もまだ知る必要のないことです」呟いた言葉に返事か返ってきて、ラルフォンは驚いて声の主に目を向けた。
ローラは現在、ラルフォンのまわりで神樹と守宝の真実を知る唯一の人物である。
彼女は前の勇者の神樹探しの旅に同行しているのだ。知らない方がおかしい。
しかし、彼女が神樹のある場所をリーナスに告げないだろうと言うことは分かっていた。
おそらく、これはリーナスに課せられた試練なのだ。
人でありながら、魔王と匹敵する程の力を手に入れるための。「リーナスが神樹を求めるわけって……」
ラルフォンはふと思い当たったことがあって、ローラに真摯な眼差しを向けた。
「俺を……魔王の力の暴走を止める為、か?」
ラルフォンの問いに、ローラは僅かに首をかしげた。
その横では、様子をうかがうようにディファンが心配そうな表情を向けてくる。
どちらを心配しているのだろう。ローラの答えか、それともラルフォンの反応か。「魔王様、勇者様は……前の勇者様も、今の勇者様も、ですけど……勇者様は魔王様の本来の力の事について一切知りません」
「知っておいたほうが楽なんじゃないのか?隠していてもいずれはばれる」
「魔王様……。前の魔王様の亡くなられた日から、その力を持つ者は世界でたった一人。魔王様だけなのですよ」ラルフォンは、ローラやディファンには自分の傷付いた表情を見られてくなくて、思わず俯いた。
そのまま、深いため息を漏らす。
きっと、ローラ達も恐れているのだ。ラルフォンの持つ、真の魔王の力を。
けれど、ローラは分かってくれない。本当にその力を恐れているのは、他ならぬラルフォン自身であることを。
きっと、誰よりも近くにいたディファンにはばれているのだろう。
しかし、ディファンはラルフォンが言わないことをわざわざ口にする事はしない。ラルフォンは、もう一度深くため息をついて、苦笑を浮かべて顔をあげた。
もう、先ほどまでの表情はラルフォンの顔には浮かんでいない。
ラルフォンは魔族の主である魔王なのだ。
恐怖や不安の表情を見せてはいけない。「よしっ、とりあえず森を抜けよう!リーナス、精霊、いくぞ」
ラルフォンはいつものラルフォンを装って、ラルフォン達から離れたところで遊んでいたリーナスと精霊を呼んだ。
しばらくは考えないようにしよう、と強く心に刻み込んで。
TAKO TAKO PAGE
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