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かぼちゃの馬車の行方は
[その2:学院祭二日前、シャルズ]


「申請受理証明書?」

 僕は、キールに渡された紙を見て、思わず声をあげた。

 ここは、歴史編集室、略して歴編室。僕の仕事場だ。キールの執務室からは、目と鼻の先という事もあって、キールがここへ来るのは珍しい事ではなかった。

「学院祭のですか?」

 キールの突然の来訪に慣れきった僕の部下、ハウェルがキールと僕の前にコーヒーの入ったカップを置きながら、首を傾げた。
 彼が僕の部下に任命されてすぐの頃は、いろいろとあったものだけれど、今では僕のコーヒーの好みを把握してくれるぐらいには仲良くなっている。だからってわけではないのだけれど、最近は年上の彼がコーヒーを淹れてくれても恐縮する事がない。

「学院祭?」

 僕はハウェルが淹れてくれたミルク多めのコーヒーを口に運びつつ、カレンダーに目を向けた。
 本日は10月29日。成る程、学院祭は二日後だ。

「で、学院祭の申請証明って何?」
「シャルズの大会出場」

 僕の言葉に、キールがしれっと言葉を返してくる。僕は、コーヒーのカップをテーブルの上に置いて、もう一度「申請受理証明書」と印刷された紙を手にした。

「これってさ、僕の名前が書いてあるけど、こういう大会って本人じゃないと申請すら出来ないんじゃなかったっけ?」

 少なくとも、僕の知る限りの王国法では、そうなっている。トラブルを未然に防ぐためだか何だかで、申請書等は、本人が行かないと受理してもらえないのだ。

「ノープロブレム。ほら、俺はキール様だしな」

 ――。
 …………。
 ずずっ。

 僕とハウェルは同時にコーヒーをすすった。口の中を香ばしいコーヒーの香りが包みこむ。やはり、いい豆を使っている。
 僅かの間、現実逃避して、僕は気を取り直して、キールに目を向けた。

「で、大会って?」

 つっこむべき所と、そうでない所は、キールとの長いとも短いともいえない付き合いの長さの中で把握した。今回は、当然、後者である。

 僕があえてキールの言葉を無視した事が分かったのか、キールはコーヒーをすすってにやりと笑った。

「大会は、カソー大会」

 下層、家相、仮想、火葬。
 幾つかの漢字が僕の頭の中をぴょんぴょんと飛び跳ねては去っていく。やがて、一つの漢字とキールの発した音がぴったりと重なった。

「仮装大会?」
「そ。何か面白そうだったし、出場申請しといてやった」

 ありがたく思え、といわんばかりにキールが言う。僕はぶんぶんとかぶりを振った。

「やだ。出ない。大体、僕は学院の生徒じゃない」
「問題なし。学院のアイドル、で登録しといたから」

 学院のアイドル、のフレーズに僕はますます激しく頭を振った。そう呼ばれたことは、過去に何度かあるが、賢者と呼ばれる以上に嫌な呼ばれ方だ。

「学院のアイドル以外にも、まだまだあるぞ。――蛍姫、月光の天使、白月の乙女……」
「それっ……」

 どうして、キールがその名前を知っているんだ。僕はぎょっとしてキールに目を向けた。

 僕は、別に女の子みたいだね、と言われる事も、かわいいね、と言われる事も嫌じゃない。ただ、それにも限度があるだけで。

「他にも沢山あるよな?」
「分かったよ。分かりました!」

 それ以上の名前をリストされるのは嫌だ。僕は観念して、ため息をつく。

「で、キールは僕に何をさせたいわけ?」
「だから、大会出場」

 キールの言葉に、僕は唸り声を上げた。

 仮装大会は嫌だ。仮装なんてすると、僕の可愛さが僕の限度を超えて目立ってしまうだろう。流石に、それは我慢できない。

「室長、よろしいじゃありませんか」

 尚も考え込む僕に見かねてか、それまで傍観していたハウェルが突然声をあげた。

「筆頭もここまでおっしゃっていられるのですし……大会の一つや二つ」

 ハウェルの奴、上司を売りやがった。
 ぎろりとにらみつけると、ハウェルは何故か頬を染めて、明後日の方向を向いてしまう。僕は、それでも暫くの間ハウェルをにらみ続け、そして、深い深いため息を一つ、地面に落とした。

「仮に出場はOKとして……今更、衣装も間に合わないよ」
「心配ない」

 最後のあがきとばかりに僕が言葉を紡ぐと、すぐさまキールがにやりと笑って、数着の洋服を取り出した。

「セーラー服にメイド服。浴衣に着物にウェディングドレスまで――各種取り揃えてある」

 どうして、全部女性服なんだよ……。
僕は呆然とキールの持ってきた服を見つめる。どこで、これを調達したのか、そういう疑問も浮かびはするけれど、それにしても、これのどれかを着ろというのだろうか。うちの筆頭魔法使いは……。

「室長」

 疲れ切った僕を前に、ハウェルがすかさずメイド服を手にした。

「自分、これが一番室長にお似合いだと思います。ウェディングドレスも捨てがたいのですが、自分、その日は仕事が入っていて、エスコートできませんので」
「……エスコートって……ハウェル?」
「自分、室長の唯一無二の腹心です。自分がエスコート出来ぬ以上、ウェディングドレスを認める事は出来ません」

 何故か、ハウェルの意志は固いらしい。僕は首を傾げた。

「ハウェル……腹心って、君、僕が上司になる事が嫌で、僕に刃を向けた事があるじゃないか」

 それは、ハウェルが僕の部下に任命されてすぐの事。ガキのお守りは出来ません、と僕に脅しをかけてきたのだ。
 今でも、僕が上司だって事に納得していないと思っていたのだけど……

「心外です、室長。自分は、永遠に室長の腹心であります。室長以外の部下になる気はありません」

 だから、どうして真っ赤になって言うんだよ。しかも、思いっきり力を込めて。

 学院祭まで、あと二日。

 ……本当に、僕が出なきゃ駄目?




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