日展に入選したら帰ると父君に約束して東京に出た奥平君は、程なく毎日書道展第五部<特に新傾向のもの>で特選をとり、新聞の「時の人」という欄に大きく彼の写真がでた。反日展派の道を歩んだため、日展入選の約束は果たせなかったが、毎日書道展特選で彼は故郷へ錦を飾った。そして、ついに故郷へは帰らず終いのようだ。かれの説によれば、地方でこつこつ努力している書家などは、何十年もかけて日展に入選するのを一生の夢とする場合が多いけれども、東京へ出て然るべき大先生に入門すれば、よほど才能が無い場合を除いて、大抵は三十才位までに日展くらいは入選するそうで、多くの書道展は、どちらかといえば大先生方のお手盛りで出品する前に、既に入選が決っているらしい。
彼の属する圭星会というのは三田か篠山か何処かその辺り出身の上田桑鳩という先年物故した書家が創った在野書道団体であって、桑鳩先生の没後はたぶんその一番弟子の宇野雪村氏が主宰しているのではないだろうか。 そして奥平君は雪村氏の弟分であると私は解釈している。書画には在野団体が多い。 在野というのは官につかないで野に在る人の意であるから、在野という言葉があるところには官制があるわけである。 表面上民間団体ということになってはいるが、日展が官制団体であると解釈して大きく違わない。そして、その他は在野団体ということになる。元来、在野の精神というものは<高まい>なものである。 純粋で若い燃えるような情熱がなくては出来ないものである。しかし、長い年月の間にはその純粋さも情熱もいつか希薄になってくるのが常識である。 それはいつか初志を忘れてしまうからである。 在野団体が年期を経て勢力を強め、そして反対に官展が競争相手としての力を持たなくなると、必然のこと在野が権威主義に変貌してくる。<高まい>なるべき在野団体の精神が、地位と名声に固執する方向に移行し始めると、その在野団体からまた新しい在野団体が生まれる。