都市成長境界線拡大の意思決定プロセス

1997年10月23日のメトロ議会において、都市成長境界線を1,600〜1900ヘクタール(4,100〜4,800エーカー)拡大するという法案が5対2の賛成多数により議会決定されました。この決定は、メトロを中心に自治体、住民、環境グループ、産業など、メトロ地域の土地利用に利害関係を持つあらゆる団体を巻き混んで、長年に渡り白熱した議論を踏まえたものでした。そして、メトロ地域のまちづくりプロセスを凝縮したものでした。

議論にあたって考慮すべき事項には、

  1. 今後の都市成長予測に基づく土地開発需要
  2. 不動産価格と土地供給の関連性
  3. 農地や森林の保全の在り方
  4. 公共施設やインフラストラクチャーへの投資能力
などが含まれ、メトロの職員は現時点の試算による住宅約29,000戸分の不足(業務開発用地の不足はほぼゼロ)を収めるのに必要十分な土地である約2,000ヘクタールの拡大を議会に提案しました。この提案に対し各利害グループが独自に検討を重ねた結果、大きく以下の3つの主張が行なわれました。
  1. ほぼゼロ拡大:都心部自治体及び住民(ポートランド市、グレシャム市など)、農業団体、林業団体、環境保護団体
  2. 約2,000ha:中間部自治体及び住民(ビーバートン市など)、メトロ知事および職員
  3. 約4,000ha:郊外部自治体及び住民(クラカマス郡、テュアラティン市など)不動産業界、住宅業界、経済団体、ジ・オレゴニアン(地域最大の新聞)
第1グループは自然保護を重視しつつ、今後の成長は既存の境界線内部に収まるという主張です。第3グループは、貧困層の生活を圧迫している不動産価格の急騰は土地供給の不足によるためであり、これを解決するには大幅な拡大が不可欠である、という主張です。第2グループは中間的なバランスを重視しています。各団体の価値観を見ればその主張は自明でありますが、今回は保守的なジ・オレゴニアンが大幅拡大を明確に支持したのが大きな話題でした。なお、最大でも約4,000ヘクタールという他都市から見ればゼロに等しい議論は、オレゴン州ならではの保守的な価値観を反映していますが、ここではこの幅が大問題なのです。

ここで重要なのは、各主体がデータ再検討や都市計画および不動産に関する研究を行ない、問題の再整理と解決策の提案を理論的に行なったことです。それぞれの価値観が異なることは皆が理解した上で(モリセット議員の口癖は「思想的な違い」でした)、異なる意見に対してはあらゆる機会を活かして理性的な説得を試みたのです。コンサルタントや職員を挟んだ打ち合わせ、公聴会、諮問委員会、議会証言などは勿論、新聞の社説や投書欄なども議決直前はこの問題一色でした。それぞれの主張の隔たりは大きく、結局歩み寄りの無いままの議会投票でしたが、問題の認識が広まったことは確実です。そして、この議論は論点を住宅問題に移しながら継続されており、12月11日のフレームワーク・プランの議会制定にも大きな影響を与えました(この件は、後日追記します)。

私は、このプロセスを大変高く評価しています。まちづくりは常に政治と科学の間で行なわれており、科学だけで正解を出せるものではありません。しかし、政治的な問題を可能な限り科学的に議論するという発想は、異なる価値観を持つ人々の間で議論を行なう際には不可欠ですし、これなしでは今後のまちづくりに関する科学の発展もありません。実際、このプロセスから住宅政策に関する議論が大きく深化しました。もう一つ見落としてはならないのは、最終決定権は直接選挙で選ばれた議会にあった点です。各議員は支持団体や選挙区民の要望に応えるのは、次の選挙で落選させられないためにも当然ですが、24市および3郡を管轄する地域政府メトロの議員の立場では、地域全体の利益を考慮せざるを得ません。そのため、時には選挙区民に反対してでも、自分が正しいと信じる票を投じる場面が出てきます。これも、責任の主体が明確であり選挙という洗礼がきちんと機能していることの証明です。政治的駆け引きがあるのは世界中どこも共通です。ただし、駆け引きのルールに関しては、日本がアメリカから学ぶべき点は多いと思います。

参考までに、ジ・オレゴニアンに寄せられた各議員の声をご紹介します。選挙区の特色や支持団体を見れば、投票の賛否は明らかです(ちなみに、今回の反対票はいずれもがより大きな拡大を求める立場のもので、より小さな拡大を求める反対票はありませんでした)。

スーザン・マクレイン議員:(賛成)
選挙区4(ヒルズボロ市など)、議会成長管理小委員会委員長
「この決定は、土地を有効に利用し農地や森林を守るというトム・マッコール議員の使命を支える。」

ドン・モリセット議員:(反対)
選挙区2(クラカマス郡など)、デベロッパー出身
「この投票の帰結は3年以内の経済状況の悪化であろうと確信している。」

ジョン・クヴィスタッド議員:(反対)
選挙区3(テュアラティン市など)、デベロッパー出身
「我々が今日ここで行なったことは、安易であり正しいことではない。」

エド・ワシントン議員:(賛成)
選挙区5(ポートランド市都心など)、貧困層のリーダー
「私の選挙区では過去40年間で初めて再開発が進んでおり、我々はこれを失いたくない。」

リサ・ネイトー議員:(賛成)
選挙区6(ポートランド市郊外など)、議会成長管理小委員会委員
「これは誰も幸せにしない投票だ。開発産業は不満であり、これでは不十分だと言っている。私の選挙区民は、如何なる拡大も行なうべきではないと主張しているが、それは選択肢に含まれていない。」

パトリシア・マッカイグ議員:(賛成)
選挙区7(ポートランド市都心など)、議会成長管理小委員会委員
「もしも、我々が再開発(redevelopment & infill)を増やすことを望んでいるなら、拡大は小さく抑えねばならない。」

ルース・マクファーランド議員:(賛成)
選挙区1(グレシャム市など)
「私はこの問題について多くの人々と話し合ってきたが、最も説得力のある議論は(拡大慎重派の)グレシャム市長であるグシー・マクロバート氏のものだった。」

なお、責任を果たした議員達は、投票後は皆笑顔で退出しました。


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