D右尻の激痛

まだつわりがある3ヶ月目の終わり頃から、新たな悩みが生じた。
右の尻の骨が痛いのである。
妊婦はお腹が大きくなるため、腰痛に悩む人が多いのだが、わたしの場合は腰ではなく明らかに お尻であり、だいいちまだお腹が全然大きくなってない時期であった。
痛くなり始めた頃、朝から晩までずっと痛みがあった。でもそれは「う〜〜痛いなあ」ぐらいの、 まだかわいい痛みであった。でも、痛いことは痛いので、わたしはなるべく安静にして、無理な格好を しないようにした。そうすればそのうち治ってくれるかな、と気軽に考えていた。

しばらくすると、朝起きた時に「痛みがなくなってる!」ということに気付いた。ああよかった、一安心、 と思っていたら、落とし穴があったのだ。ちょっとかがんだ姿勢になると、右のお尻にズキッ という痛みが走る。または、しばらく立ち仕事をしていると、ものすごく痛くなる。痛くない時は 痛くないけれど、痛い時の痛みのレベルは以前よりもずっと上である。
しばらくすると、痛い時は、座るだけで、「あいたたたた、痛いよ〜」と声をあげるほど痛くなった。 どうしよう。わたしは泣きそうになった。いや、痛いから泣きそうになったのではない。
わたしは、どちらかというと、痛みには強い方だと思う。というか、わたしの中では、「痛み」よりも 「吐き気」「嘔吐」「発熱」などのほうが「体の不快な症状ベストテン」の上位にランクインされている のだ。痛みというのは、適切な処置さえすれば、後は耐えていればやがて去っていく。そう 言えるのは、耐えがたいほどの痛みを味わったことがないからかもしれないが。(わたしの中で一番痛かった 記憶として残っているものは、幼稚園で、友達に両側から腕をひっぱられ、片方の肩が脱臼したことで ある。かなり痛かったが、耐えて泣かなかった。出産を経験してからは、出産が「一番痛かった記憶」 になったけれど。)だから、わたしはお産の痛みに対しても、それほどの 恐怖は感じなかった。古今東西の母親がみんな耐えているのだ。わたしに耐えられないことはないだろう。 もし耐えがたいほどの痛みがあって、わたしの体に異変が起こるなら、現代は何らかの医学的処置がなされる はずだし、お産ぐらいは大丈夫、だと思っていた。

そんなふうに、お産さえ大丈夫さ、と思っているわたしが尻の痛みごときで泣くはずはない。 泣きそうになったのは、「この痛みをずっと抱えたままだったらどうしよう」という不安からである。
まず、お腹が大きくなってくると腰に負担がかかるため、それまでなんともなかった人でも、腰痛に なるという。わたしはこのまま、尻痛+腰痛持ち妊婦になってしまうのか。
そして、いずれはお産を迎える。 ただでさえ痛いのがお産、その時にこの飛び上がるほどの尻の痛みが同時に襲ってきたらどうしよう。 いきもうとしてもこの痛みのせいでいきめなかったらどうしよう。
それに、一般的に初産は時間がかかると言われるが、安産を望むなら(誰だってそうだろうが)、適度な運動 をすることなどで、ある程度の効果はあるという。しかし、尻の痛みのせいで運動をできないわたしは、 ものすごく長い時間苦痛に耐える難産になってしまうのではないか。
そう、痛みは耐えればいいと思いつつ、痛み×痛みのダブルパンチは恐ろしかったのだ。それに、この 尻の痛みは適切な処置がなされていないので、いつ治るかということも分からない。さらに、4ヶ月に入って かなりつわりがおさまったにも関わらず、尻の痛みのせいで安静を続けていては、家事も何もできなくなって しまうという実質的な問題もあった。

骨といえば、やはりカイロプラクティックだろう。ということで、わたしはカイロプラクティックに 行くことを考えた。でも、わたしはもともとカイロプラクティックに対して非常におそろしい イメージを持っていた。それは、以前カイロプラクティックに通っていた妹が、「ボキッ、ボキッていう すごい音がする」と語り、わたしに恐怖を植え付けたからだ。それに、恐いだけじゃなくて、 強く押したりするのは、お腹のちびちびちゃんに悪いのではないか、と思ったのである。妊娠情報誌を 見ると、「妊娠中のエアロビクス」「マタニティビクス」などのスポーツ、または「妊娠中にコンサート に行っても大丈夫?」などの情報は載っているが、「妊娠中にカイロプラクティック行っても大丈夫?」 などという項目はなかった。そんなことを考える妊婦は、わたしぐらいなのだろう。
でも、このままぐずぐず悩んでいるうちにお腹が本当に大きくなって、余計に治療が無理になったら、 後で苦しむのはわたしだ。もしかしてもう遅いのかもしれなけれど、まだ間に合うのかもしれない。 聞いてみなければ分からないではないか。幸い、わたしが行っている美容院では、カイロプラクティック もやっている。5ヶ月目に入って、やっと美容院に行っても大丈夫というぐらいに体調が戻り、そろそろ 行こうと思っていたところだったので、ついでに聞いてみよう。

そこには日本人女性のカイロプラクターがいるということを知っていたので、そのおかげで、 「気軽に聞いてみよう」という決心もしやすかった。 まあ英語しか通じないなら、なんとか英語で症状を伝えるぐらいのことは 多分できると思っていたので、別に日本人じゃなきゃいや、というわけではなかったが、体を触られるので、 やはり女性がよかった。さらによかったのは、家から歩いていける距離にあるので、頻繁に通うことに なっても、無理なく続けられる。そして、わたしは問い合わせの電話を かけた。

電話をかけた相手は、Sさんという女性。初めての電話で、もちろん実際に診なければ分からない だろうに、症状を話すと、考えうる限りの原因などを話してくれた。妊娠していることを告げたら、 「もしホルモンのせいで痛みがあるなら、治療ができないかもしれないけれど、できるかどうか 診てみないと分からないので、一度いらっしゃいませんか」と言われ、会うことにした。
電話から、とても親切な人だということがよく分かり、好感を持ったが、一度会っただけで、わたしは Sさんのことが大好きになった。
キリリとした感じの美人で、なによりも、誇りと責任を持って誠実に仕事をしている様がとても 美しかった。わたしは、真面目できちんとしている人が好きだ。信頼できるから。 始めに、わたしの話を熱心に聞いてくれて、わたしの骨格をチェックした後、一体どこがどうなって 痛いのか、とても丁寧に分かりやすく話してくれた。
医者と患者と言えども 人間同士。カイロプラクターとしての腕を知るより先に、わたしはSさんの人柄にひかれた。

わたしは「叱るお医者さん」というのが嫌いだ。 医者のいいつけを守らないで飲酒した人を叱る、とかいうは当然だけど、 そうではなくて、医者に来る原因となった症状が出るに至った過程を話したりするだけで、叱るお医者さん というのも世の中にはいる。
もちろん医者の立場に立てば、自分の体を大事にしない人ばかり診なくてはいけなくて うんざりしているのかもしれないけれど、あくまでもそれは医者の立場からの言い分である。患者から 言わせてもらうと、医者に行くということは、自分の体の悪いところを人にさらけ出すのだ。他の人は どうか知らないが、わたしは医者に行くということを決意するのにも勇気が要る。だから、誉められこそ すれ、叱られるいわれは全くないのである。患者は症状が出ているだけで、程度の差こそあれ、精神的に 参っているのだから、患者の立場に立って、親身になって話を聞いてくれたり、やさしく励ますのが いいお医者さんである、とわたしは思っている。

そういう点から考えると、Sさんは、いいお医者さんである。精神的に緊張していると治りが悪いということ をよく知っている。しかも腕がいい。一度治療を受けただけで、 右の尻の「激痛」はただの「痛み」になった。尻だけではなく体全体が歪んでいたので、もちろん 1回で完全によくなるというわけではなかったが、あの激痛がなくなっただけでも、本当にうれしかった。 それから、もちろんお腹のちびちびのことを考えて、あまり強い力がかからないように やってくれた。しかも、全然痛くなかった。マッサージみたいなこともやってくれるし、 気持ちいいとさえ思った。わたしは、
「な〜んだ、もっと早く来ればよかった。」
と思った。

体全体の歪みを治すため、しばらく通うことにした。3回矯正してもらった時点で、ほぼ健康な時の 状態に戻り、多少無理な姿勢もとれるようになった。Sさんは、カイロプラクターになる前は スポーツ関係の仕事をされていたそうで、体のことに詳しく、よく健康相談にものってもらった。

こうして、つわりが終わりかけた頃にわたしを襲った思わぬ体の不調は、救われた。尻の激痛が消え、 寝たきりの生活をしている間に衰えた筋肉も、少しずつ体を動かし始めたことで、取り返すことが できた。みるみる健康を取り戻していくことが実感でき、6ヶ月に入る頃には、家事も犬の散歩も 元通りできるようになった。

普段は何もしていなくて大丈夫でも、妊娠中は思わぬことが体に起こるもの。それを実感したわたしは、 いつもより健康に気を使うようになった。床の上の物を拾う時は、かがむのではなくしゃがむ。 歯磨きを毎食後やって、夜にはデンタルフロスを使う。などなど。もちろん妊娠中だけでなく、すべて 普段からやるべきことなのだが、妊娠中は特に気をつけたほうがいい。

そして、妊娠前と全く同じとはいかなくても健康を取り戻したと思っていたこの時のわたしには、 その後またトラブルが襲ってきたり(Fマイナートラブルズ 参照)、出産後に歯医者にいくはめになるなどとは知る由もなかった・・・。

Oct 15, 2004

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