聖書のある番人の生活
今、番人の使っている聖書は二冊。「新改訳」と「口語訳」ってやつ。
口語訳は、教会で使ってる小さめの。
新改訳は、おうちで毎日読んでる大きめのやつ。
どう違うかというと・・・口語訳は少し古めかしい訳で、新改訳は
わかりやすくて新しいってコトかな。
番人と夫は、毎晩寝る前にダイニングテーブルに座り、
お茶とか入れてから(おいおい、寝る前にお茶飲むなってばよ)、
おもむろに聖書を一冊ずつ開きます。
そして、毎日きのうの続きを一章ずつ、それぞれ読むのです。
読み終わったら、いろいろ話します。
「この人ってサー」と、登場人物について。
「神さまはさぁ・・・」と、その箇所の神さまのお考えについて。
それから、毎日交代でどちらかが祈って、ねんね。
聖書を読まないと、ご飯を食べなかった人のように
力が出なくて、のどが渇いて、
とても不安になります。
「わたしは命のパンである」とイエスさまは言われました。
毎日、神さまのことばを聞いて、
その日一日をどう過ごすべきか、
その問題に対する神さまのお考えとお答えはどうかを
いただいて生きているのが、
クリスチャンという生物であります。
神さまが何を考えていようが、私には関係ない。
神さまなんかいなくたって、別に困んないもん。
なんでいちいち、神さまにお伺い立てなくちゃいけないのよ。
あたしの人生、あたしの好きなように生きるわ。
自分の人生は、自分の力で切り開いていくもんだ。
・・・聖書は、こういう考え方を「罪」と呼びます。
知ってました!!!???