日本にイサク奉献伝承!?

 巨大な柱に何人もの男がまたがり、一気に急な坂をすべり降りる諏訪大社の『御柱祭(おんばしらさい)』は有名じゃのお。 実は、諏訪大社には『御頭祭(おんとうさい)』という古来から重んじられていた祭りもあるのじゃ。そして、この祭りが聖書にあるアブラハムがイサクを神にささげたという記述(創世記22章)と酷似しておる。
 今では一部の風習はすたれておるが、もともとこの祭りでは、「おこう」と呼ばれる少年が「御贄柱(おにえばしら)」と呼ばれる柱に縛りつけられ、柱ごと竹のむしろの上に押し上げられる。小刀が柱の上に置かれ、その後、諏訪の国の司(つかさ)からの使者が現われると、縛られていた少年は解放される。また、この祭りでは、日本には珍しく動物(鹿)のいけにえがささげられておった。中でも耳の裂けた鹿は「神の矛にかかった鹿」として特別視されておったということじゃ。
 聖書では、神はアブラハムの信仰を試すため、ひとり息子イサクをささげるよう言われた。アブラハムはイサクを連れてモリヤの山へ行き、彼を縛り上げてたきぎの上に乗せ、小刀を振り上げて彼をほふろうとするのじゃ。そこに神の使いが現われ、アブラハムを止める。彼の神への従順がよくわかったからじゃな。イサクは縄を解かれ、アブラハムは神が備えてくださった「角をやぶにひっかけている雄羊」を見つけて、それを神にささげたのじゃ。よく似ておるじゃろ?
 しかも驚くべきことに、諏訪大社は守屋(もりや)山という山のふもとにあるのじゃ。「もりや」は「守矢」、「洩矢」とも書かれることから、はじめに音があり後で漢字が当てはめられた可能性が高いのお。しかも「ひとり子イサク」の「ひとり子」はヘブル語で「ヤアコウ」と言い、「おこう」に似ておる。
 ある研究家は、御頭祭の神「ミサクチ神」は「ミ(御)・イサク・チ(蛇)」に違いないと言っておる。つまりヤハウェ信仰の人たちによって伝えられたイサクの伝承が、次第に諏訪の蛇神と融合しイサクが神格化されてしまったのじゃろうというのじゃ。
 イサク伝承にしても、神道にしても、日本に伝えられたものに、他のものが混入されて行ったと考えられるのではないでんしょうかのお。もとの純粋なものに帰ろうではないか。

参考:「諏訪大社に伝わるイサク奉献伝承」(月刊『レムナント』第96号)
   マーヴィン・トケイヤー著「日本・ユダヤ封印の古代史」(徳間書店)


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