<出でよ 人形遣い>(魔界の移植手術:薔薇色口紅はささやいた)
by Fukusuke 2&(NO)
すでに【手術中】グリーンのランプの光が点灯してしまった。残念だが、これで あ
まりくわしい説明をする時間はなくなってしまった。だが、そのオペ室の中の光景は私達が普段、テレビや映画などでイメージしている、あの光景とはかなり異なっていた。患者は手術台に横たわるのではなく、まるで美容室の椅子でも座るようにして、電気椅子のような金属剥き出しの椅子に、手足、胴体、そして首と額のやや下の部分を金属のベルトで固定されていたのだ。
男性?それとも女性?青々と剃り上げられた頭部からでは、2人の性別は分からないが、その表情からは2人は女性のようであった。そんな2人の周囲には、、、医師?、、手術衣に身を包んで2人を取り囲む多数の者がいた。
ヒンヤリとした空気に緊張と静寂が入り交じった重苦しい雰囲気オペルームに
男の声が響いた。
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Dr
「今回の状況は予断を許さない、まさに時間との勝負になる。解っていると思うが、その[献体]が脳死の診断を受けてから、すでに10分が経過してしまっている。時間はけして足りるとは言えないが、その分、オペと並行して報告を聞きながらサポートには全力を注ぐ。いいな?」
St.1
「解りました。Dr! 執刀準備、すべて完了です。【母体】[献体]の頭髪、すべ
て剃毛と消毒済み。嘴管チュープより脳髄支溶液の注入準備よし、」
Dr
「OK!、運動及び言語の異常・意識障害の検査結果は?」
St.2
「レントゲン、CTおよび血液検査による異常は一切ありません。血液型適合試験はすべて完了、[ターゲット献体]【母体】ともに血液型はRHプラス・B型事前検査による相性よし。」
Dr
「よし、集学的医療検査の結果はどうか?」
St3
「脳血流スヘ゜クト、脳波検査に異常反応なし。カテーテルを前提とした3度のMRでも異常なし。なお[献体]は今だ処女。妊娠の兆候なし!」
Dr
「解った!手術の開始以後、交感神経の一時的な信号途絶によって、神経機能の低下に伴ない、筋肉の劣化が起こる。スタッフは劣化の防圧に勤めてくれ。」
オペルームに走った緊張は、恐怖などではなかった。居並ぶスタッフは無言でDrの次の言葉を待った。Drは やや間をおいて、自信のこもった号令を発した。
Dr
「これより 人類初の 脳移植手術を始める。」
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「脳」は人間の体の中で最も神秘的な臓器である。体内のあらゆる臓器を支配しており、同時に高次精神活動の座でもある。いかなる人の人間性も「脳」があってこそ発揮される。従って、この「脳」の手術とその成否は瞬時にして、その患者の生命を脅かすのみならず、その患者がそれまでの人生で培ってきた人間性を一瞬にして崩壊させてしまう可能性をも持っている。
そんな生命や人間性の危機に対して最も直接的に関わる最高度の手術を、自ら求め、必要とする者は世界中に数多いが、今、その手術は、「その成否による患者の将来」は同じ条件であるにせよ、その目的と内容は 地獄の悪鬼羅刹すら震撼させる摂理への挑戦であった。
それに立ち向かえるのは高度な脳神経医学の知識を持った世界有数の医師だけであ
り、同時に患者には、自身の信じ求めるものへの真摯な精神が要求される。だがその高度な技術を持った医師を信じ、自分の全人生を託したのは、大いなる信奉者としての自負。自分を理解してくれる者の片腕となる事を生涯の目標にしたい、という断固たる意思で、脳交換手術を受ける覚悟を決めた患者がいてこそ この手術は行われた事を忘れてはならない。
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St.2
「【母体】脳幹部に対して、放射線投与。脳内アドレナリン沈静中、、、 四肢、麻
酔効果を確認、、、」
St.1
「[献体]仮 球麻痺、発生、、発語中枢 沈静開始、、、四肢の完全麻酔を確
認、、、」
Dr
「【母体】[献体]同時に頭蓋切開を始める。頭蓋、切開の後、速やかに脳髄を摘出する。」
St.2
「[献体]からの脳髄摘出を開始。小脳髄から全脳脊髄への神経機能に対して放射線照射!、、運動神経、視神経を守れ!防圧開始!」
St.1
「[献体]の心拍停止!、電気パルスにより心拍を強制復旧する。」
Dr
「【母体】脳髄を摘出!脳髄溶液に浸ける。小脳髄端子から全脳脊髄端子への神経機能を[献体]にショートカット。神経繊維縫合の後パルス同調を調整の上、送信開始っ」
St.3
「【母体】の心拍停止!、」
St.2
「[献体]の脈拍、著しく低下!ジスキネジアの消失が始まります。淡蒼球正常」
Dr
「脳髄の着床を急げ!摘出した脳髄を長時間、空気中に触れさせるな!自己副腎の移植は不要。」
St.3
「防圧効果は長続きしません。 合成胎児脳の移植は?」
Dr
「まだだ!いや、必要ない。パルスゲージを見ろ!」
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俺は微笑むのは、苦手だった。
いや、、もっと正確に今、本心を言うなら言うなら、
意識的に微笑むことが・・・・・・
それは 俺が福助二世として生きる上では、最も不要であり、
無駄な投資でしかなかったからだ。
なぜなら 二世が 本心から微笑む相手などいないのだから。
でも、今、この瞬間ばかりは、それが必要だと二世は思った。
安心させなくてはいけない人間が、今、二世にはいた。
それが例え、どんなにギコチなくとも、ほんの少しでも。
マスクには頼らず、どうにか微笑みだと思える「モノ」を思い出して
必死に顔に浮かべる。
誰がどうみても、乾麺神経痛による痙攣だと思われても
何もしないよりはマシだと心に言い聞かせて、
二世はオペマスクの下で 手術の成功を
神に願う代わりに 必死で微笑む練習を繰り返していた。
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St,1.2.3
「Dr?!!!【母体】脳波パルス、[献体]の根幹神経と同調!、、、オペ成功です!」
Dr
「まだだ!まだ油断するなよ!一度に多量の投薬はするな!副作用が起きる可能性が高い」
St.3
「わかりました。症状の改善反応は 現在68% 。ジスキネジア反応ゼロ、染色体に影響なし。」
St.1
「【献体】【母体】両者の神経細胞が融合中、ドパミン製造神経細胞は、なおも活性化!脳内アドレナリン 活性中!他の神経細胞の負担も軽減しています。」
Dr
「オペ完了!頭蓋縫合っ!」
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時は少しだけ過去に、そして場所も変わる。
あれからの数ヶ月、牧瀬少年自身の精神状態も含めて、その環境は大きく変わっていた。通学していた私立校には牧瀬少年に変装した二世の部下が通い、両親は父の勤務先が、二世の経営する外資系の企業との提携(強制的な吸収)により、イギリス支社の支社長に抜擢され、母ともども日本から引き離されていった。
そして訓練は熾烈を極めた・・・・・
SAS、スペヅナス、GSG−9、、US MARINES、C I A、CDC、自
衛隊レンジャー、、世界中のあらゆる戦闘と知略のプロの技術の習得は机上ではな
く、常に実践が伴なった。だが育ち盛りの牧瀬少年には、それらの格闘技をマスターして行く上での肉体的成長は認められてはいなかった。
相反して求められる肉体への変化を、二世はヨガや鍼、中国拳法などの東洋医療
を持ってその矛盾を克服させてしまう。これには牧瀬少年も信じられなかった。
恐るべき事に たった数ヶ月を経ただけで、少年には両親でも解らないだろう「美少
女」の外見とそれに見合う、優雅な立ち振る舞いに包まれていたのだ。
「さあ今日は久しぶりに 外出訓練だ。準備は良いかね?」
{は、、はい、、でも これを着たままですか?}
「ん?何か疑問でも?良く似合っていると思うが・・・・」
{ええ、私もこのコスチュームは気に入っていますけど、、、でも、、今は夏
で、、}
「我々に季節など関係はないさ、真夏だろうと真冬だろうとね、第一今が真冬だったしとても、まさかその上にミンクのコートを羽織る訳にもいくまい?」
{わかりました・・・・}
「それから、、これはペナルティだよ。君はこの私の命令に逆らったのだからね。
さぁ口を大きく開けるんだ。由希!」
{!!?、、あ、ああっぐ、こふうっ?}
「知っていたよ。君が「由希」と言う名前で自分を呼んでいた事はね、だが、私は
知らないフリをしていた。君はどう思っているかは知らないが、当時の私は 別に君
に期待なんかしていなかったのだからね、、、、」
(嘘ばっかり・・・・)牧瀬少年、、いや もう「由希」と呼ぶ事にしよう、由希は
知っていたのだから、、、あの時の 二世の気持ちも・・・・
今、由希は二世の手から ペナルティのボールギャグを装着されながら、あの日の事
を思い出していた。
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ここで時系列は、再び さかのぼり、あの日の、あの部屋に戻る。
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「赤いドア」を選んだ君は、逆に元の世界に戻る事は出来ない。君は今の世界との交流を一切切り捨ててこの二世の教育を受けてもらい「仮面」を被った生活を送ってもらう事になる。 それはもしかしたら「二世の為の生きた人形」としての人生になるかも知れない。
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このドアの説明を読んだ当初、牧瀬少年の心は葛藤の渦の中にあった。なぜなら
それは 牧瀬少年の心がデリケートであるが故に 沸き上がる自分への反目であり、
それはけして自虐ではない真摯な美への憧れと、それにふさわしい女體への果てる
事なき憧れと追求の姿勢に過ぎなかったのだから、、、だが・・・
「え?・・・・これ・・・・」
それは まったくの偶然としか思えない、いや、これがもし緻密な計算の上に成り
立っていたとしたら、私達は かの”初代福助”の英知をもしのぐ狡猾と冷酷を、この二世に見る事になろう、、、なぜなら、そのメモファイルの真っ白な用紙には、一見する限り他の文章は一言も書かれてはいなかったし、事実「二世」もそのような事をする筈もなかった。だが!
くどいようだが、それは まったくの偶然の上でおこった。それは何気無く自分の唇
に触れていた牧瀬少年の指がそのメモファイルの片隅を軽くかするように流れた瞬間だった。
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我は待つ、共に歩んでくれる事を。
我に唯一盗めぬ もの、それはMの笑顔なり。
顔は盗めても、Mのその心、今だ 我が手に触れず。
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本来の説明文章に並行にではなく、一部、本文にかかるようなナナメに書かれた
走り書きの凹凸は、それが追加の文書でない事を明白に物語っていた。
恐らく「二世」は本文のファイルメモの用紙の上にあった、別な紙に、それを走り書きしたものではなかろうか、通常なら「牧瀬少年」でなくとも見落としてしまうだろう、その用紙の凹凸、しかし その凹凸の上を流れるようにかすった指には、かすかだが「牧瀬少年」の唇に残っていた薔薇色の口紅が付着していたのだ。
その紅の色は真っ白な用紙の上で、いっそう鮮克に際立ち 隠されていた「二世」の
筆跡の凹凸を浮かび上がらせたのだ。そしてその瞬間、薔薇色の口紅は二世の
「かたくな」を打ち砕いてしまったのだ。「牧瀬少年」は、決心したように唇を
噛むと、そのファイルメモを抱きしめて立ち上がり 「赤いドア」に向かって歩き
出していた。
過酷な訓練を耐え抜いた筈の、由希が躊躇を見せた コスチュームとは?
そして自然の摂理を無視した魔界のオペのクランケの正体とその運命は?
次回を待て!
<出でよ 人形遣い>
(魔界の移植手術:薔薇色口紅はささやいた)
<完>
【前へ】
【続く】
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