<出でよ 人形遣い>(最終試験 不合格)
byFukusuke2

「さてと、、、そろそろね、、それっ」

二世の声と話し方が途中から女性のそれに変わったのを由希は不思議にも思っていなかった、、、と言うより、蒸し風呂のような灼熱地獄と上半身に食い込む厳しい戒めに、それどころではなかったのだ。二世はそんな事にはお構いなく、カーナビにディスクをセットしていた。

ピーーーーピッピッピッピッ、、次の交差点を左折して下さい、、、
管区警察学校生徒による訓練検問が実施されています、、、、次の、、、

「ここを左に曲がった先と、、、やった。由希ちゃん、ほら!警察の検問よ。あっちも「見習いおまわりさん」のテストなのよ。そのドールスキンのテストに調度いいじゃない。でも バレたりしたら アナタだけ放り出して逃げますからね。あの子達と違って、アナタには追試はないのよ。ふふふふふふ」

はて?何か事件でもあったのか?2人を乗せた車は東京タワーの手前で、警察の一斉検問で止められた。二世は半ば楽しみながら車のウインドーを開けた。

「はい、ご苦労様ですね。免許を拝見します。」

取り繕った無表情で、若い警察官が二世にそう言う。二世は含み笑いしながら免許証をさし出した。警察官はその免許証と変身した二世の顔とを見比べながら、

「違反とかはありませんね、、、これから どちらまで?」

そう質問しながら免許証を二世に返した。

「従姉妹が東京に出てきましたので、都内観光ですわ。なんですか 東京タワーに
昇ってみたいんですって。」

「そちらさんが?」

「はい、従姉妹です。まだ恋人いないんですけど、おまわりさん独身ですか?よかったら従姉妹のボーイフレンドになってあげてくださらない?」

「あ、は、、はぁ、、その、、ご面倒さまでした。お気をつけて」

その警察官のドギマギした態度と言葉に、二世は内心でニンマリしながら車を発進させた。

「あっははははは、面白かったなぁ、、あの警察官の顔ったら、わははははは、しかしそのドールスキンでも充分だとはね。どうだね 合格の ご感想は?ん、、どうした?そんなに震えて・・・・・お前、、恐かったのか?」

その車の中の2人の女性、、それは常識で考えたらとても信じられないだろう。どうみても魅力的な若い女性助手席の女性に男の声で話をしているのだから。説明するまでもなくそれは福助グループが極秘で開発してきたドールスキンを着せられて強制女性させられた由希と、福助二世の姿だった。だが由希の心は たった今の体験で萎縮しきっていた。

「今からそんな事でどうする!!」

どう見ても20歳半ばの女性の口から飛び出す罵声に、由希の心は乱れ、今にも泣出しそうになっていた。二世は自分の言葉に黙ってうつむく由希の姿を見て、興奮していた自分に戸惑い、恥じると声のトーンを落としていた。冷酷無比、感情など露わにした事などなかった二世も又、自分の変化に戸惑っていたのだ。

「俺は思っている。このドールスキンは由希?お前にとったら、単純に男性の外見を女性化するだけのパーツではないんだ。大事なのは「女の心」を持ち、心から女になる事なんだぞ。」

「ふっふうううぅ」

「世間には、こんな簡単な理屈も分からない妥協だらけの女装で、表面だけちょこ
ちょこっと変えればそれでオンナだと勘違いしている奴等もゴロゴロしている。お前はそんな事で満足するような奴じゃない筈だな!(だからこそ俺はお前の事
を、、、、)」

だからこそ俺はお前の事を、、、、二世は目の前に近づく東京タワーに眼をおいたまま、その言葉を飲みこんでいた。

「由希ちゃん。このテレビ塔はね、柱の一本をこの増上寺のお墓をつぶして建ててあるのよ。人間って普段はやれ墓参りだの ご先祖様だの言っていながら、いざとなったら、そんなものなの。だから私は信仰とか宗教なんて物は、お金の洗濯の時以外は何の興味もないのよ。」

二世は そんな他愛のない世間話で その場を取り繕うと、車を東洋一の台鉄塔のパーキングに停めた。そして さも観光旅行のように由希を連れまわすと、次々に記念撮影を始めた。今、その当時の写真を見たとしても、そのフレームのどこにも不自然さはない。

その日の為に用意されたダミーの両腕が、ビザール趣味丸出しのエナメルコートの下で、由希の肩口に取り付けられたアタッチメントに装着され、それを見た限りでは、その女體を引き千切るようにロープが食い込んでいるとは思えない。暑さと苦痛による苦痛の表情は、ドールスキンマスクに刻印された、しごく自然で、どこか物静かな表情で包み隠されている。そんな見た目からはだれにも想像も出来ない、だが実際には、被写体である由希にとって、その写真撮影は まさに妖魔による拷問だった。

コツ、チュ、、カツ、ビキュ、コツカツ、ヂュキュ、、コツ、ビキュ

「ほらほら由希ちゃん、テレビで見てるより大きいのねぇ、早く早く、こっちこっ
ちぃ。」

雪のように真っ白な由希の太股まで飲み込んだ、極端にヒールアップされているブーツは、由希に爪先立ちを強制し、ただ普通に立っているだけでも苦痛だと言うのに、二世はそれを楽しんでいるのか、軽い笑い声まであげて無邪気に振る舞い続けている。

たかが歩行の度に、エナメルコーティングされたビザールウェアから布擦れの鼻濁音が起きて、爪先から足首は何かに噛み付かれたようにジンジン痛み、カモシカのような股の筋肉はすでにコムラがえり寸前になっている、何枚かの写真を撮り、ようやく車に戻った時、由希は疲れきって助手席に倒れ込んでしまった。


二世はそんな由希にシートベルトをさせるとイグニッションをスタートさせながら、カーナビを見た。

ピーーーーピッピッピッピッ、、ピキユュュゥゥゥゥゥゥ、、、、国会議事堂及び、その周辺は方面機動隊による警備体制がひかれています。


「ふ〜ん、今日の当番は知る人ぞ知る警視庁機動隊さんか。さてと、、それじゃ美人2人で腕利きのおまわりさんに ご挨拶とシャレ込みますか。由希ちゃんのお披露目だぞ〜、おかっ引きども、頭が高いっ!ってね。ふふふふふふ。」


異様な程、はしゃぐ二世の、だがその真の表情はフェイスマスクの下で笑ってはいなかった、、ここで「牧瀬少年」扮する、由希に優しい言葉をかけてやるのは容易い。だが初代が築きあげた「福助組」の流れに、初の女性(精神的な)が、その一翼を荷おうというのだ。

それを受け注ぐ事で、これまでの「行動」が消えるのではない。むしろ多大なプレッシャーに押しつぶされそうにはなったとしても、けして楽になる事はない。だからこそ二世は「牧瀬少年」に対して 必要以上に接して来た、、、にもかかわらず「由希」を名乗る自由を与えられた「牧瀬少年」はそんな思いを込めた 二世の特訓を黙々と受け止め、見事にこなして来たのだ。


ピーーーーピッピッピッピッ、、ピキユュュゥゥゥゥゥゥ、、、、追加情報、、国会議事堂の周辺警備は方面機動隊、、変わらず、、、ただし、、、国会議事堂の警備においては「ゼロ科中」が担当、、、

「なに?!ゼロ科中、、だと、、なぜ連中が、、議事堂の門番など・・・・」

はしゃいでいた二世は 男性の声でつぶやいた。<ゼロ科中>・・・二世を絶句させる程の警察集団<ゼロ科中>とは?

<ゼロ科中>・・・その正式名称を【警視庁 警備部「第0機動隊:特科中隊」】と言い.、警視庁の政治警察機構である警備部所属の「SAT」として様々な任務につく。その隊員は全員が「警部補」、または「警部」の階級を与えられ、その場に応じ国家公務員、司法警察官として指揮権を持つ事を許されていた。だが小隊規模や人員数は、秘匿中の秘匿であった。


「たしかにな、、、あの襟章と足首に巻いている、GSG9の物を日本人の足に合うようにフルコピーした革のレギンスは 間違いなく、<ゼロ科中>の連中だ。、、でもなんで?」

ピーーーーピッピッピッピッ、、ピキユュュゥゥゥゥゥゥ、、、、こちら二代目!、、、、おい二世?、、なぜ連中がそこにいるのか情報が得られない。CTR訓練の継続についての判断は現場に一任するが、HRUの起動は期待しないでくれ。以上、、ピキユュュゥゥゥゥゥゥ

それまでのコンピューターボイスなどではない何か切迫したような二代目の声が、カーナビのスピーカーから飛び出した。しかもその内容は(Close Target Reconnaissance.)「近距離目標の偵察訓練」は すべて二世の判断に任せる。と言うもの・・・・それは一見当たり前のコトにも思える指令だが二代目の緊迫した肉声は、さらにHRU(Hostage Rescue Unit.)人質救出部隊の出動は期待するな。そう断言しているのだ。.現実には事態は悠長なものではない、、、二世は痛い程それを感じ取っていた。

「由希!あのパトカーを見ろ。ありゃ、羊の皮を被った狼だぞ、、くそ、、あの車体の沈み込みは車体の防弾が一般のパトカーとは違う事を示している、恐らくはガラスも全部 防弾だろうな。それに、あのアイドリング音は並みの車のものじゃない、あの車重補って、さらに高速での移動を可能にしているに違いない。。。」

二世は待機用スペースでアイドリングをしたままの2台のパトカーを横目で、チラっと見ただけなのに そこまで見抜いた事に由希は驚いていた。重苦しい沈黙が車内を支配しようとした時、再び二世が口を開いた。

「もしかしたら こちらの動きがバレたのかも知れない、情報では奴等の携帯火器は、ニューナンブだけではなくH&K社の MP5−JPD仕様も装備している。由希?どうする?、俺は負ける気などないが、お前が恐かったら今日はここで止めておくか?」

H&K?それは独逸の銃器メーカーのヘッケラー&コックの事か?
たしかに日本含めた世界の特殊部隊がそのメーカーの製品を採用している事は由希
も これまでの教育で覚えていたし操作も体験していた。だが、そんな物を装備した警察官など・・・・ここはアメリカじゃないのに・・・・そしてそんな物を必要とする警察組織の役割とは・・・・由希は自分の膝がガクガク震えるのを禁じる事が出来なかった。

だが・・・・

どん、、どんどん、、、

由希は言葉で伝えられないその代わりに、自分の身体を助手席にぶつける事で、訓練続行を二世にアピールした。

「よし!いくぞ」

二世は自身の緊張を隠そうともせずに 低い声で言うと、決心したように車を降りると、ふらふらな由希の身体を抱えるようにして助手席から降ろした。

瞬時にして道路の反対側のパトカーに待機していた警察官の視線が2人に集まる。す数人の警察官はドアの取っ手に手をかけて今にも車外に飛び出しそうにも見えた。

だが 由希はモデルのようなスラっとした体躯をさらに強調するかのように背筋を伸ばし、議事堂に向って歩き始めていた。

「ゆ、、由希ちゃん、その辺、、そう、、そこが良いんじゃない?ちょうど議事堂がバックに入るし、、そこで2、3枚撮りましょうよ、代議士だった おじい様、きっと大喜びよ。」

二世は由希の思い切った行動に 感心しながら必死にフォローした。成功だ!そんな二世のフォローにパトカーの中の警察官達の表情が揺るんだ。ホッとした二世の心は同時に視野が限定されている由希にも伝わったのか、由希の行動は大胆になっていった。

議事堂をバックにして大胆なポーズを取ったかと思えば、嬉々とした足取りで、鉄柵を挟んでなんと待機中のパトカーを背にして悩殺的なポーズで撮影される事を望む・・・・

これはどういう事だ?
二世はフェイスマスクの下でなかば呆れた表情で由希の行動を見ていた、、が、、

バドムッ、、バドッ、バドム、バタン
ガザッガツンザッザジッ

なかば挑発とも取れる由希の仕種に、ついにパトカーのドアが開き、腰のホルスターのストラップは解除され特種装備だろうか いぶし銀のガバメントに手をかけ、濃紺の防弾チョッキで武装した警察官が次々に降り、足早に由希に近づいて来る、、、万事休す、、、

「な、、何?、、、」

かつて、動揺とか驚くなどと言う言葉は、二世の辞書にはなかった、、だが、そんな二世の目の前で由希が取った行動に、二世はドギモを抜かれていた。無理もない、由希を包囲するかのようにして近寄ってくる警官の1人に、話し掛けるような仕種をした由希は、なんとその警官の頬にキスをしたのだ!

「お?おっおほう、、こ、、こりゃ、、そ、、その、、二世、、、すまん!」

二世だと?・・・・・さっきまでの二世の驚きは、突然、由希にキスをされた警官のその声で、さらに増幅されて読者に伝染する事になる。だが読者の驚きはさらに連発する。

「なんの二代目、よし、訓練終了っ!すみやかに撤収する、全員乗車っ!」

なんと居並ぶ武装警察官達に その号令を下したのは他の誰でもない、二世本人だった。

「二世、後はよろしくっ!、、撤収っ!」

由希にキスされた武装警察官のリーダーは、走り出したパトカーの車中から、二世にそう声をかけながら夕暮れの街に消えていった。なんと、あれは二代目の変装だったと言うのか、、、

「、、、どこで芝居だと解ったんだ?」

車に戻り、由希のドールスキンのマスクと猿轡を外しながら、気のせいか、ややふてくされたような口調で責めるかのように由希に質問する二世に、呼吸を整える間もなく、由希は答えた。

「はぁはぁ、、まず、、最初に変だと感じたのは、、ふうぅぅ、そのカーナビ、、への二代目からの無線でした。あの内容はいかに緊急とは言っても重用な「機密事項取り扱い資格.A」だと思いますが、それにしたら暗号化もされていませんでした。」

少しずつ乱れた呼吸を整えながら、そう二世に答える由希に、二世はまだ仏張づらのままで問い返す。

「では、由希ならどうする?待て、そのままでは汗が眼に入る。」

二世は 由希の額に流れる汗を拭きながら質問を続けた。

「私ならブラッシュ・コンタクト(すれ違い接触) などのライブ・ドロップ.手段がなかったとしたら、情報を緊急用のコンピューターに読み込ませて「Coed化」するか「Scipher(サイファー)化」ぐらいは、して送信します。そうするキマリですよね。」

「うむ、、その通り、、だが、、それだけかな?」

「いいえ、まだありました。あれほどの「COMINT情報」を前もって入手もせずに
こんな暴挙をする二世ではない筈ですし、、、」

「ふっ、たしかに、事前の、、.COMmunications INTelligence. (通信傍受諜報活動)の重要性は教えた、、.あんな状態でそこまで把握したのは上出来だ、、」

「でも決め手は『資産』の運用のミスです。一般の巡査ならともかく、ゼロ科中にしては動作が鈍いと感じました。由希なら見破れないと甘くみられたのでは?」

「ああエキストラか、、いくら二代目が指導したとは言っても、やはり大部屋の俳優ではあんなものかもなぁ.。かと言って誤解するなよ。けして お前を甘く見た訳ではないのだ。 我々はこの業界で,『資産』と呼ぶ「諜報活動」や「秘密工作」に動かせる「個人・団体・機器等」のストックの豊富さでは他のどんな機関にも負けないが、今回は海外に散っている『資産』が戻ってこれない状況があったのだ。で個人については臨時雇用者で頭数を合せるしかなかったのさ。すまんな、、」.

「いいえ、、そんな、、」

「100点満点で合格だ!おめでとう 由希!」

「いいえ!まだです、まだ、、、」

「な、、なんだと?、、、どうして?」

表情なき怪人、、福助二世はたった今、ただの人間の感情を露わにして、ドールフェイスの仮面など足元にも及ばない、由希の可憐な表情を 見つめた二世は、その輝く瞳の奥に妖霧を立ち昇らせて燃え盛る業火を見た。

「二世は言いました。由希の幼い性愛は、これからの仕事の妨げにはなってもプラスにはならない、と。この快感増幅されたドールスキンは まだ調整すら満足ではありません。それが完了するまでは、この試験は成立しません。、、、二世?、、、今 二世が怒っている理由は もしかしたら さっきの、、二代目さまとの、、」

「むっ!そ、、、そんな、、なぜ、この俺が、、あんなキスなど、マスク越しの、、キスなど」

「では、、、それでは、、教えていただけますね。邪魔なマスクなど ない本物の・・・」

「・・・・由希、本日の試験、不合格っ!、これより追試、、」

「はぅ、むぅ!?あふううぅぅぅ 」

2人を乗せた車は、血のような夕焼けを通り過ぎ、何かに塞がれて途切れた由希の声とともに、鴉の濡れ羽色を連想させる漆黒に包まれていった。

≪出でよ 人形遣い≫<最終試験 不合格>
<完>

<完>
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