どれくらい僕は眠っていたんだろう。気がついた時には日が暮れていた。 ベッドの傍にあるカーテンをめくってみて、窓の外を眺めてみた。やっぱり夜だ。 もぞもぞと動いて時計を探した。部屋の中は真っ暗で、よく見えない。仕方ないから僕はベッドから降りて、部屋の電気をつけた。 調子はまだよくないみたいだった。なんでだろう。酒をちょっと多く飲んだだけなのに。頭痛はもうなくなってたけど、気分は少し悪かった。 時計は六時前だった。冬だから、この時間はもう真っ暗だ。 よかった……まだ七時じゃない。 スッキリするために僕は顔を洗おうと思ったけど、相沢に会うんだからと考え直してシャワーを浴びた。部屋は暖房が効いていたから少しも寒くない。僕は着て行く服を選びながら、そういやまだ何も食べてないって気づいた。 尾崎さんが何か作っていってくれたみたいだけど、食べてる暇はなかった。ここから駅までどれくらいかかったかな。 財布とか鍵とか必要な物を持って、僕は部屋から出ようとした。ちょうどその時だった、電話がかかってきたのは。 「はい、尾崎です」 「悟瑠くん」 尾崎さんの声だった。 「あれ、仕事終わったんですか? 擦れ違いですね。僕、これから相沢と会う約束があるから、ちょっと出かけなくちゃないんですけど」 「ああ、それなら、俺が断わったから。電話で」 「……え?」 一瞬、何を聞いたのか理解ができなかった。 「きみの体調が優れないみたいだったし、無理をしてまで出かけさせられなかったからね。きみのことだから彼に自分から断わることなど出来ないだろうと思って。勝手な行動だとは思ったけど、俺が断わった。また後日にしてくれってね。実際、まだきみの体調はよくなっていないだろう?」 その通りだったけど……。 でも……。 「……なんで、そんなことしたんですか。相沢に会えること、僕は楽しみにしてたんですよ。昨日の約束だって破っちゃったし、それを今日まで破ったりしたら、相沢にすごく悪いじゃないですか」 思わず責める口調になった。 「それに、昨日僕が酔いつぶれちゃったのも、二日酔いになったのも、僕が悪いんです。相沢は何にも悪いことしてないのに、二回も続けて約束すっぽかすなんて、そんなことしたくないんです、僕は」 「……ごめん。やっぱり余計なことをしたね」 ため息まじりの尾崎さんの声が聞こえた。 「謝らなくてもいいです。僕、今日帰りませんから。どうしても相沢に会いたいんです」 なんでこれを昨日言えなかったんだろう。 尾崎さんの気持ちは痛いくらいわかってるつもりだけど、僕が相沢を好きだという気持ちは抑えられない。 そんなこと、自分が一番よく知ってる。 世話になっておいて、傷つけてるかもしれない。 尾崎さんに、すごくひどいこと言ってるのかもしれない。 それでも。 やっぱり好きなのは相沢だった。 受話器を置いて、僕は上着をはおって部屋から飛び出した。 相沢は駅にいないかもしれない。 それならそれで、直接相沢の家に行く。 彼の母親に妨害されたってかまうもんか。 雪が降っていた。 クリスマスのネオンの中で。 まるで少女マンガか、恋愛ドラマみたいだ。 なんて都合のいい日に降ったりするんだろう。 ようやく駅についた僕は、相沢の姿を目で探した。 それらしい姿はどこにもなかった。 少し、落胆した。 尾崎さんの声で断わりの電話が入ったくらいで、相沢があっさりと引き下がるなんて思いたくなかった。 僕はしつこく駅の周辺を見回した。切符まで買って、駅の構内に入った。 どこにも相沢は見当たらない。 ため息をついて、僕はホームのベンチに座った。こうなったら、直接相沢の家に行くしかない。 そう決意した時。 いきなり横から肩を叩かれた。 驚いて見上げると、目の前に相沢が立っている。 夢か幻かと思った。 あんなに探したのに……。 「悪い、隠れてた」 「え?」 「おまえが来たの見えて、急いで隠れたんだ」 なんで? バツが悪そうに顔をしかめて、相沢はなんだか言いにくそうに口を開く。 「まさか、ホントに来るなんて思わなかったから……」 「なんでだよ。どうしてそう思うの? 来るに決まってるだろ?」 「尾崎さんの電話で、おまえの体調悪いから今日行けないって言われて……迷ったんだ。来ないかもしれないって。なんで体調悪いのかって考えてるうちに、変なこと思いついちまって、必死でその考え打ち消して、おまえが来るか来ないかで考え直そうって思ったり……なんか、何言ってんだか自分でもわかんなくなってるけど」 「酒、飲みすぎて、……昨日。それで二日酔いでぶっ倒れてたんだよ。でももう治ったから。元気になったから」 相沢が来てくれててよかった。なんだかすごく、ホッとする。 「おまえが俺のこと探してくれてるの見て、俺……嬉しかった。なんかそうやってずっと、俺を探してるおまえを見てたくて、なかなか出て来れなかったんだ」 「悪趣味だなぁ」 僕たちは同時に笑った。 それからどこに行くかふたりで話をした。 「尾崎さんのマンションには、やっぱり行けないな。なにしろ恋敵の家だし。……まだ何もされてないんだろうな?」 「大丈夫だよ。まだね」 キスされたなんて、絶対に言えなかった。 でももし言ったら、相沢はどんな反応をするんだろう。 「貞操は守れよ、絶対」 「うん」 今さら守っても無意味な貞操かもしれないけど……。ちょっと前まで数え切れないほどの男と寝てた奴だから。 相沢はそのこと、気になってないのかな。 今の僕が相沢のものなら、それでいいのかな。 相沢のことは大好きだけど、考えてることのすべてがわかるわけじゃない。どの程度僕のことを好きでいてくれてるのかとか、あんな仕事をしてた僕をどこまで信用してくれてるのかとか。 そういうこと、相沢は言わないし。 「……アパート引き払わなきゃよかったね。そしたら行くとこあったのに」 相沢の家は無理。尾崎さんの家も駄目。一緒にいられればどこでもよかったけど、やっぱり人目のつかない場所がいい。 「夕飯は食べた?」 「まだだよ」 夕飯どころじゃない。朝も昼も何も食べてなかった。 「じゃあ、まず食べに行くか」 相沢の意見に賛成して、僕はベンチから立ち上がった。 とりあえず僕らは電車に乗って違う街に行った。それでも近場だけど。 昨日とは違って、レストランなんかじゃない。だいたい高校生の年代ふたりで行くとこじゃないし。結局、ファミレスとなった。 「こういうとこで働いてると食えなくなるって聞いたけど」 店に入る前に相沢が念のためって感じで訊いてきた。確かにそういう噂って多いけど、僕は平気だった。 店に入って、僕はとりあえず胃に優しいメニューを頼んだ。まだ身体の方は不調だったからだ。二日酔いが原因ってところが情けないけど。 店は結構混んでいて、ここでもやっぱりカップル系が多い。あとは男女のまざったグループとか、男ばっかでつるんでるのとか、女の子の団体とか。家族連れもいたから、さまざまなのか。 そんなに久しぶりじゃないのに、なんだか相沢と会うのが久しぶりに感じる。 「前はいつでも僕の部屋でふたりきりになれたのにね」 「今でもふたりになる方法はいくらでもあるさ」 「たとえばホテルとか?」 僕が言うと、相沢がちょっと難しそうな顔をした。 「ホテルだと、そういうのが目的みたいだからちょっと嫌だな」 「でもどうせ、するでしょ?」 両手で頬づえついたまま相沢を覗き込むようにして見て、いたずらっぽく僕は言ってみた。相沢が困ったように顔をそむけた。ちょっと顔が赤い。 「……そうかも、しれないけど」 「でもお金かかるから、頻繁に行くのはよした方がいいよね」 ホテル以外にふたりきりでそういうことのできる場所なんて、なかなかないよね。免許なんてどっちも持ってないから車も駄目だし。公園だとそのまま寝れないし。 相沢が真剣な顔でこっちを見た。 「金なら持ってきてる」 「親のだろ?」 相沢が口をつぐんだ。やっぱり図星だ。 「お小遣いだって元をただせば親の金だよね。でも相沢は受験生だからバイトなんてしないでよ。幾らもらってるか知らないけど、こんなことに親からもらったお金使うの、なんかすごく変だと思わない?」 「じゃあ、どうしろっていうんだよ」 「僕が払うよ。働いてるから」 「……」 相沢は納得してない顔をした。正直に心が顔に出る奴だなぁ。 「いいじゃない。僕が働いてておまえが学生なのは、どうにもならないことなんだし。そういうの許せないとかって学校やめて働きだしたりしないでよ。僕が重荷になるから。僕ができなかった分、おまえにはちゃんと卒業して就職してもらいたいし。高校中退ってね、やっぱり辛いんだよ。バイトならまだ問題ないけど、きちんと就職しようと思ったら、すごく難しいんだよ。どこの会社もさ、高卒以上って条件つけてる。大卒以上だって珍しくない。今の世の中それが普通なんだよ。履歴書見せて、高校を中退してるってことわかった時点で、こっちを見る目が変わるんだ。まるで中退が悪いことのようにね」 ここまで言って、僕はハッとした。高校中退の話なんて、相沢には全然関係のないことだった。もうすぐ卒業する相沢には。 相沢はじっと僕のこと見つめていた。余計なこと、何も言わなかった。 「……ごめん、相沢には関係のない話だった」 「わかった……。ちゃんと大学行くから。それから、ちゃんと就職する」 相沢が噛みしめるようにそう言った時、頼んだ料理がテーブルに運ばれてきた。 シャワーを浴びて身体があったまった。部屋の温度も適温だから、寒くない。外はまだ雪がちらついてて、そろそろ積もりはじめている。 結局、僕たちはホテルの世話になっていた。目的は泊まることよりエッチだから、どうしてもラブのつくホテルになる。その方が部屋の外、声とか音とか気にしないですむし。 僕がシャワーを終えて出てくると、今度は相沢が浴びに行った。どうせなら、ふたりで入ってもいいんだけどなーと思ったけど、まあいいか。 ベッドはふかふかで気持ちがよかった。待ってる間に寝ちゃったら、相沢はどんな顔するだろう。 その考えが可笑しくて、僕はひとりでクスクスと笑っていた。 でも僕は眠ったりしなかった。しばらくして相沢が出てきた。僕と同じバスローブ姿で。 「悟瑠」 ベッドに座りながら相沢が口を開いた。 「ちょっと思ったんだけど、なんで俺たち当り前にこんなことしてんだろうな」 「え?」 きょとんとして僕は相沢の顔を覗き込む。 「こんなことって? これからすることのこと?」 「うん。ちょっと前までは、おまえはそういう対象じゃなくて、そんな目で見ることなんてできなかったんだ。それがいつの間にかこんなことになってて、当り前に抱き合ってる」 「やなの?」 僕が訊くと、相沢は左右に首を振った。 「そうじゃないけど、最初おまえにそういうのヤメロって言ったの、俺だよなって思ったら、すごく変な感じがしてさ。全然人のこと言えねーじゃんって思って」 「なに変なこと気にしてんの? 相沢はべつにお金払ってこんなことしてるわけじゃないんだし、第一僕が許してるわけだし、何の問題もないと思うけど?」 「そうだよな」 深刻そうだったわりには実にあっさりと納得して、相沢が身体をこっちに向けた。ベッドの真ん中に座ってた僕に、思い切り抱きつく。そのままバスローブをはぎとって、感情のおもむくままに僕を抱いた。 |